可愛い妹は俺のアレをはむはむしないと安心しないらしい。
「……お、お兄ちゃん、しっかりして!!」
誰かが俺の身体を激しく揺さぶっていた、この声は……。妹の未祐なのか!?
妙にくぐもって遠くから聞こえてくるような未祐の呼びかけに俺、赤星拓也は不思議な違和感を覚えた。
「……本当にゴメンなさい 私が変なお願いをしたばっかりに拓也お兄ちゃんをこんなぼろぼろの廃人みたいにしちゃって!!」
未祐の泣きじゃくる声が遠くから聞こえてくるが、俺は視界を何かに完全に奪われているようで自分の身に何が起こったのか見当も付かない、もしかして俺はずっと気絶していたのか!?
「み、未祐、一体俺はどんな状況なんだ……!?」
「拓也お兄ちゃんは熱中症の疑いがあるから、あまり喋っちゃ駄目!! 今すぐ、着ぐるみのエアフォースわんこタイプRの頭を外して楽にしてあげるから……」
え、えあふぉーすわんこって、いったい未祐は何を言っているんだ!? 意味が分らない……。
かぽっ!! っと軽い音を立てて俺が頭に装着していたモノが外された。
真っ暗だった視界にやっと光が差し込んでくる、窓から差し込む日差しがまぶしくて目がくらむ。乾いた自分の唇の感触がとても不快で無性にのどの乾きを覚えた。
俺は妹からのお願いを聞いて、着ぐるみに入って熱中症になってしまったのか!?
そう言えば身体中が汗でびっしょりだ、頭に巻かれたタオル地のバンダナもじっとりと汗を含んで額に張り付いている、一時的に記憶が混乱しているな、それだけじゃない、自分の手足にまったく力が入らない、まるで電池の切れたおもちゃの人形みたいだ……。
「拓也お兄ちゃん!! 未祐の言葉が聞こえたら二回、瞼を閉じて……」
……救助する対象者の意識確認、二回瞼を閉じて意識があるか確認するか。懐かしい符号だ、子供のころ俺と未祐はボーイスカウトの救護訓練に参加してそこで教わったんだよな、未祐もそんな昔のことをまだ覚えていたんだ……。
かろうじて二回瞼を動かすことが出来た、未祐が心配そうに俺の顔を覗き込む。
その黒目がちな瞳に安堵の色が浮かんだ。
「意識障害なしなら水分補給は可能なはずだよね……」
未祐がひとりごとを呟きながら、同時にズキズキと刺すように痛む俺の頭を優しく腕枕してくれた。
「拓也お兄ちゃん、スポーツドリンクを用意したよ、ゆっくりでいいから飲んでみて……」
ペットボトルに差したストローの先端を俺に咥えさせようとするが、
上手くストローから飲むことが出来ない、必死に吸い込もうとするが、自分の意志とは裏腹に口だけじゃなく全身の自由が効かない。
俺は想像以上に具合が悪いのか……!?
ダラダラとストローの先から溢れた飲料水が俺の顎を濡らした、
未祐の表情に影が射す。その焦りがこちらまで伝わってくるようだ。
「どうしたらいいの!? このままじゃお兄ちゃんが死んじゃうよぉ……」
「ううっ、あっつ……」
自分の口から漏れた言葉に驚いた、しゃがれた喉の前に舌が詰まってうめき声みたいになってしまった、これじゃあ未祐を余計に混乱させてしまう……。
「拓也お兄ちゃん、しっかりして!!」
未祐の手のひらが俺の頬に触れる、手のひらがこんなに熱いなんて……。
違う、これは俺の身体が発熱しているんだ。
「……はぁ、はぁ」
さらに呼吸が荒くなっていくのが感じられる、いくら生唾を飲み込もうとしてもカラカラの喉にはそれすら出来ない。
「……お兄ちゃん待ってて、未祐が助けるから、絶対にお兄ちゃんを助けるんだ!!」
そう言うやいなや、未祐はペットボトルのストローを自らの唇に咥え、勢いよくスポーツドリンクを吸い上げ口に含んだ。
な、何をする気なんだ未祐は……!?
未祐の華奢な二の腕に力が込められ、俺の頭を持ち上げる。
そしてまったく躊躇いもなく唇を重ねてきた。
はむっ、と俺の唇を噛むように未祐はキスをしてきた。
液体を少しでも漏らさぬようにしっかりと唇と唇の隙間を塞いでいる。
無我夢中な口唇の柔らかい動きに俺は戸惑いを覚えてしまった……。
俺の乾いた口腔に少しずつスポーツドリンクの甘い液体が流れ込んでくる。
世話をぜず枯れていくだけの花に天の恵みが与えられたかのように、身体の奥にまで水分が吸収されるのが感じられた。
喉の渇いた犬が夢中で水を飲むように俺はゴクゴクと喉を鳴らしてしまった。
俺たちはどれ位、お互いの唇を重ねていたんだろう……。
「んぐっ、んぐっ、ぷはあっ!!」
熱を持った未祐の唇が引き離される。
スポーツドリンクがお互いの口元に滴りの水滴を作った。
「……まだ全然足りないよ、お兄ちゃんにもっとちゃんと飲ませなきゃ!!」
未祐が自分で含んだ液体全てを俺に口移ししてくれる。
いったん俺から離れ、ペットボトルのストローを口に咥えて音を立てて吸い込んだ。その膨らんだ頬が子リス的な小動物を連想させて愛くるしく思える。
水分補給したおかげかぼんやりした思考が次第にハッキリとしてくる。
ありがたいな、口移しで水分補給って……。
【えっ、口移しで水分補給だと!?】
間髪入れずに第二波の補給が来た。
目をきゅっ、と閉じた未祐の顔が間近にどんどん迫ってくる。
「ま、待て、未祐、お兄ちゃんはもう大丈夫だ!! 俺たち兄妹でチューをしちゃっていいのか!?」
……俺の叫びは間に合わなかった。
ちゅ、はむっ。
唇を重ねた次の瞬間、未祐がそれまで固く閉じていた目を見開いた。
俺の視界の隅に映る未優の耳が真っ赤に染まるのが見て取れた。
どくどくどくどくっ!!
「ぶ、ぶはっっ!?」
俺の口腔内に勢いよくスポーツドリンクが流れ込んてくる。
危うく俺は全てを未祐の顔にリバースしてしまいそうになったが、
何とかそれを飲み干すことに成功した。
「わ、私が、お、お兄ちゃんとチュウって……。キスしてたの!?」
「み、未祐っ、お前本当に大丈夫か!!」
「私たちの無理なお願いを聞いてくれて、わんこの着ぐるみを着たまま、交接の模擬演習も必死で手伝ってくれたんだよ。そして先取先生って作品の絡みが上手く描写出来なくて悩んでいた千穂ちゃんのリクエストに応えて大江戸四十八手の体位を、可愛いモフモフわんこの着ぐるみを着込んだまま熱演したんだ、何とか絡みの写真や動画を撮って狂乱の宴は終了したけど、拓也お兄ちゃんは熱中症になってしまったの……」
そうか、断片的だが理解して来たぞ。俺はお願いを聞いて未祐の所属するアニメ同好会のお手伝いをしたんだ。しかし何で女子高生が浮世絵の艶本に出てくるような四十八手の模擬演習をやらなきゃならないんだ”!?
うーむ謎多き女子校のアニメ同好会侮りがたし!!
それに先取先生って作品は何なんだ……。
「暑い着ぐるみの中で、お兄ちゃんは一言も文句も言わず未祐の部活動のために尽力してくれたんだ……。お兄ちゃんが倒れて私、死んじゃうんじゃないかって、そう思ったら自分でも無我夢中になって気がついたら、お兄ちゃんに口移しでスポーツドリンクを飲ませていたの……」
未祐が次第に自分のしたことの詳細を思い出してきたようだ。
先ほどまで重ねていた唇をそっとなぞる未祐の細い指先がワナワナと震え出した。
「わ、私、二回もお兄ちゃんとキスしちゃった……」
「み、未祐!?」
……今度は未祐が倒れる番だった。
ぷつり、と緊張の糸が切れたように俺にむかってしなだれ掛かってくる。
この時ばかりはもふもふな着ぐるみに入っていたことに神に感謝した。
可愛らしい肉球のついた手でしっかりと未祐の身体を抱きとめる……。
『今夜、お兄ちゃんと一緒の布団で眠りたい、そして昔みたいにお兄ちゃんの手を握らせて……』
なぜだか今朝、俺の部屋で聞いた未祐の言葉が俺の脳裏に蘇ってくる。
未祐は思い詰めた顔をしていた、そして猫のムギに邪魔されなかったら、あの時、妹は何を俺に言いたかったんだろうか……!?
今夜ロフトベッドの上で未祐にすべてを確かめよう。
兄妹が一緒に寝ていたあの日に戻って……。
次回に続く。




