星1つのシステム
全自動スケジューラへの批判は日を追う毎に大きくなっていった。大きな問題点2つ。
1つ目は全自動スケジューラによる日程調整機能によって、間接的だが他人に勝手にスケジュールの空き状況を教えているという批判だ。
全自動スケジューラは、設定を「オン」にした相手とだけ調整を図るため、勝手に教えているというのは本来的外れな指摘だ。
しかし、設定を「オン」にするのが一般的な相手に対してスケジュールを知られたくない、つまり何かやましいところがある人たちにとっては、このシステムは非常に問題だ。特に、全自動スケジューラによってやましい何かが発覚してしまった人たちにとって、このシステムは自分の責任を転嫁して八つ当たりをするのにうってつけの相手だった。
当然、こういう主張をする人間の大半は自業自得とみなされて相手にされなかったため、仕組み自体の根幹を揺るがすようなムーヴメントにはならなかった。
ただ、もう一つの問題点は、それほど楽観的な話ではなかった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ行くぞ。せーの、送信!」
高校生の間では、全自動スケジューラを用いた自動グルーピング、通称「ドリームマッチング」が流行していた。
全員が同じ時刻でそれぞれ行きたい場所をスケジューリングして、同時に全員にスケジューラを飛ばすと、自動的に一緒に行きたい人同士がグループ化され、その中で1番行きたい人が多い場所へとスケジュールされる。
人と場所とを同時に決めてくれるこの仕組みによって、例えばカラオケが苦手だったらその時だけ別のグループと遊ぶといった事が簡単にできるようになり、グループの付き合いで無理に行きたくない所に行ったり、合わない人間と一緒したりといった人付き合いの煩わしさから彼らは解放された、はずだった……
◇ ◇ ◇
今日も一人。昨日も一人。
マッチングがクラス全員に拡がってからというもの、スケジューラは全く埋まらなくなった。
クラス替えがあってからすぐは、席が近い同士で遊んでたから、スケジュールが埋まらないということはなかったのに。そのときにちゃんと友達を作っておくべきだったのだ。
時間が経ち、マッチングするグループが大きくなればなるほど、自分はだれにも必要とされなくなっていく。みんなクラスの中心になっている上野君のグループや伊藤さんのグループと遊ぼうとする。そうでない人たちも、趣味のグループができていて、毎日のようにそれぞれの趣味に没頭してるらしい。
そんなにハマる趣味もなく、友人も作れなかった自分とは誰も遊びたくないとのことです……
自分がこうやって一人で帰ってる間もクラスメイトは親交を深めて、ますます自分とは遊んでくれなくなるんだろう。
家に帰って夕食を済ませ、湯船につかりながらクラスの事を考える。
どうしたらいい? 自動でスケジュールを組まれる限り、声をかけることもままならない。声をかけたら遊んでくれるくらいなら、スケジューラにすでに組み込まれているはずだ。もうどうしようもないのかもしれない。休み時間中に誰かに話しかけるとかしないといけないのか。
「おはよう!」
翌日、いつものように早めに行って席に座ってぼーっとしていると、隣の席の宇奈月さんがあいさつをしてくれた。彼女に朝の挨拶をしてもらうために早めに学校来ている気さえする。
「うん、おはよう」
うれしい気持ちを抑えてなるべくフラットな感じで返事をする。別に恋とかそういうんじゃない。ほとんど話す人がいない自分にとっては、こういう挨拶をしてくれるというだけでもほんの少し救われる。
宇奈月さんは挨拶が終わると、カバンを置いて伊藤さんの元へ向かっていった。彼女は女子最上位カーストの伊藤さんグループで伊藤さんの親友ポジションを獲得しているのだ。本来僕なんかが気やすく話しかけられるような相手じゃない。
朝の挨拶に満足してしまって、昨晩湯船で考えていた「休み時間に誰かに話しかける」という目標をすっかりなかったことにして昼休みを過ごしていると、珍しくスケジューラからの通知。放課後、校舎裏、……宇奈月さん!?
驚いて椅子から飛び上がって教室を見渡す。どうやら彼女は教室にはいないようだ。どういうことだ。なんかのいたずらの可能性が高いけど、彼女がそんなことに参加するだろうか?
万に一つだけど、『告白』という可能性もゼロではない。
今の告白の主流は全自動スケジューラだ。好きな相手とスケジューラを共有することができれば、告白したいと思っていればなんとなくいい感じの場所と時間をセットしてくれるらしい。お互いに憎からず思っていれば、今みたいな感じで二人になる時間を生んでくれるのだ。
本当に万に一つだけど……どうしても期待してしまう。
いたずらの可能性が高くても、行かないという選択肢がとれない。
午後の授業が始まり、彼女が隣の席に戻ってくる。目を合わせられなくて、今彼女がどんな顔をしているのかわからなかった。
放課後。僕は急ぎ足で校舎裏に向かう。校舎裏は、使われなくなってずいぶん経つ焼却炉が置いてあるだけで、人気は全くない。グラウンドから部活動の掛け声が聞こえ始めたタイミングで、ようやく彼女はやってきた。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「いや、全然」
まるでデートの待ち合わせであるかのような挨拶を交わす。いたずらの可能性が高いとわかっていても心臓がドキドキする。
「あ、あのね……」
「うん」
宇奈月さんの顔が赤い。否が応でも期待してしまう。
「ごめんなさい! 全然そういうつもりじゃなかったの。席が隣だったから話しかけてたけど、気を持たせようとか、好きになってほしいとか、そんなことは全然考えてなかった。もし勘違いさせたんだったら、本当にごめんなさい」
は......? 何を言っているんだ? そんなことは分かってる。何に謝られているのかわからず困惑する。
「はい、そういう事だから。大人しく恵ちゃんは諦めてくれよな」
突然背後から声がして、振り返ると左耳のピアスが特徴的なクラスメイト。クラスで一番派手なグループの波戸君だ。隣には伊藤さんもいる。
「オレ、見ちゃったんだよね、お前がずーーっと恵ちゃんのこと目で追ってるの。なんかあぶねー気がしたから恵ちゃんに気を付けるよう言ったんだけど、恵ちゃん人がいいから全然信じねーんだわ、これが。だから一華に相談して、ちょっと試させてもらったんよ」
一華? そこにいる伊藤さんの事か。
「た、試すってなにを……」
「おめーの気持ちだよ。知ってんだろ? マッチングは複数人のスケジュールが被ってると、一番好きな相手を選ぶって。そんで一華のグループみんなで同じ時間に被らせてお前にスケジュールを送ったんだよ。そしたらどうだ。案の定お前のスケジューラは恵ちゃんを選択したんだ。言い訳はできねーだろ」
は? 何を言っているんだ。全自動スケジューラで好きな人がわかる?
いや、別に好きというわけではないけど?
「ご、誤解だよ。そんなわけないじゃないか」
それを聞いて、伊藤さんが激昂する。
「言い訳すんな。ストーカーとかキモいから。今後恵に話しかけないでよ!」
「一華、そこまでは......」
「恵もそうやって甘い顔するからつけあがるんだよ。何かあってからじゃ遅いんだよ」
「そうだぜ恵ちゃん、今のうちにきつく言っとくことが大事なんだって」
あまりに想定外の出来事が起こるととっさに反応できなくなる、というのは本当だった。意味の分からないロジックでストーカーに仕立て上げられた僕は、何もいう事ができなかった。
「というわけだから、今後変なことは考えないでくれよ。まあ、なんかしようとしても今回みたいにオレが恵ちゃんを守るけどな!」
波戸君が何か言っているが、頭に入ってこない。
僕は何も言えず、一目散に逃げ出した。
◇ ◇ ◇
あれから三日、僕は学校にいけずにずっと布団にくるまっている。
全然意味が分からない。いたずらならまだよかった。
突然罪を押し付けられて糾弾されて。証拠まで用意された。
全自動スケジューラで相手の心が読めてしまう?
気付いていなかっただけで僕は本当は宇奈月さんの事好きだったのか?
ストーカーなんてする気はなかったけど、ずっとキモいと思われてたのか?
だとしたら宇奈月さんに申し訳ない。もう学校には行けない。
◇ ◇ ◇
そして一週間。相変わらず学校には行っていないが、少し頭の整理ができてきた。
まず波戸君。彼は宇奈月さんの事が好きなんだ。そもそもほとんど面識がない自分を観察していたこと自体がおかしいんだ。あれは、自分じゃなくて宇奈月さんを観察していたんだ。
そう考えると色々なことが見えてくる。波戸君は隣の席というだけで話しかけてもらえてる自分が疎ましかったに違いない。それで、宇奈月さんに話しかけるのを止めるよう持ち掛けたんだ。でも相手にされなかった。それで、今回の作戦だ。まずは伊藤さんに、自分にストーカー疑惑があって宇奈月さんが危ないと持ち掛ける。友達想いの伊藤さんは何とかしようとするだろうから、自動スケジューラを使って宇奈月さんの危機感を煽る方法を伝えて、実行させたんだ。
次に伊藤さん。彼女は断片的な情報しか教えてもらっていないから、勘違いしても仕方ない部分はある。波戸君の様子を見てたらもう少し色々考えてくれてもいい気がするけど、人間関係に鈍いのかもしれない。
そして宇奈月さん。彼女は完全に被害者だ。波戸君のくだらない嫉妬心で、本来存在しないストーカーにおびえただろうし、それでも責任を感じてこの間も僕に対して謝ってた。あの時は自分がへたれてたせいで彼女に何の弁明もできなかった。堂々と自分の潔白を主張すべきだったのかもしれない。
波戸君や伊藤さんは許せないし、クラスの雰囲気がどうなってるかわからなくて怖いから学校に行く気にはならないけど、宇奈月さんには会って話をしてもいいのかもしれない。
そのとき、スケジューラからの通知。いますぐ、公園……宇奈月さん。
行こう。会って話をすべきだ。
スケジューラをどのくらい信じていいかは分からないけど、絶対に会いたくない波戸君や伊藤さんはいないはずだ。
◇ ◇ ◇
「ごめん、待たせた?」
「ううん。あのね……」
1週間前とは逆に、彼女が先に来て待っていた。公園は見通しが良く、周囲に誰かいる様子はない。宇奈月さんは言葉を続ける。
「この間はごめんなさい! よくわからないうちに、変な事になっちゃって。いや、私が悪いんだ。よく分かってないのに、みんなの言う事を鵜呑みにしちゃって」
「いや、宇奈月さんは悪くないと思うよ」
「でも、あれから吉田君、学校来なくなっちゃって。あのとき吉田君、すごく困惑した顔してた。それで私、ひょっとしたらおっきな勘違いをしてるんじゃないかと思って調べたんだ。
したらさ、こう書いてあったんだ。『全自動スケジューラは、複数のスケジュールが被っているときには、相対的に好感を持っている人や場所を選択する』って。
一華のグループで吉田君と話したことあるの、私だけだからさ。そりゃあ私が選ばれるよね。どんだけ自意識過剰だよって話。ホントにごめんなさい」
再び大きく頭を下げる彼女。地面にはポタポタと滴が落ちていた。
「宇奈月さん、お願いだから泣かないで。気にしてないって言ったらウソになるけど、宇奈月さんは悪くないって思ってるよ。だからここに来たんだ」
宇奈月さんが顔を上げる。涙を流すその瞳に心を奪われてしまう。
「本当に来てくれてありがとう。ずっと来てくれないんじゃないか、ってすごく後悔してた」
「ずっと……?」
「うん、あの後すぐにスケジューラのこと調べたって言ったじゃん。それで知ったんだけど、相手が会いたくないって思ってるときは、どんなにスケジュール送ってもマッチングされないんだって。
だから毎日、ここからスケジュールを送ってたんだ。吉田君が会ってもいいって思ったらタイミングですぐに会えるように。こうやって会えて本当に良かった」
彼女が微笑む。
「一華にはもうこの話はしてて、誤解は解いてあるから安心して。素直な子だからすぐに謝ってくれると思う。
だからお願い。学校に来てくれませんか。吉田君を学校に来れなくした張本人が何を言ってるんだって話だけど、責任を取らせてほしい。
周りに変なことは絶対に言わせない。約束するよ」
なんだそれ。カッコ良すぎだ。女子に言わせていいセリフじゃない。
「ありがとう。分かったよ。
女子にここまで言われてコソコソしてるなんて、男じゃないよね。ちゃんと学校に行くよ」
「わあ、本当に。ありがとう!」
彼女はとても安堵した表情を見せる。相当思い詰めてたみたいだ。
「あんなに酷い事しちゃったのに、吉田君って優しいね。ちゃんと一華に謝ってもらう場を作るから、私の誘い断らないでね!」
僕の手を握って懇願する彼女。今度はすごくあざとい。もうダメだ。
次に同じトラップを仕掛けられたら、今度こそ僕はストーカー扱いされてしまうだろう。
もう「彼女の事好きなんだろう?」と聞かれたときに、上手に困惑した顔ができる気がしないのだから。
◇ ◇ ◇
「人の好意を暴露する」
上手く隠して誤魔化して、なんとか成立している人間関係にとって、この技術は火薬庫に爆弾を放り込むようなものだった。
崩壊した人間関係への嘆きは、システムに対する怨嗟へと変貌していった。
「ドリームマッチング」という通称、なんとかなりませんかね……