全自動営業戦略
全自動タクシーの「相乗り」効果は劇的だった。
一部「相席タクシー」などと揶揄するものもいたが、ガツガツとした出会いが苦手な人、白馬の王子様が迎えに来ると思っている夢女子、食パンを加えた女の子といつか交差点でぶつかると思ってる妄想男子にとって、本来のサービスに含まれていない偶然と必然の境界にあるようなこのシステムは、正に彼らに「出会い方」を供給する素晴らしいサービスだった。
目的地の精度はもちろん、相乗りする相手とのマッチングの満足度を高めるためには、全自動タクシーに少しでも多くの情報を与える必要があった。
結果としてそれは、スマートシステムの爆発的な普及を促したのだった。
スマートシステムとは、脈拍・体温変化等から自身の感情を認識するウェアラブル端末と自宅内での動きを把握するスマートモニタリングから構成され、感情と行動を同時に認識することで、この後何をする予定なのかをより詳細に推測するシステムの事だ。
スマートモニタリングは、単に住人の屋内の動きを追うだけではなく、食料や日用品の在庫管理や小物の位置検索、掃除機や洗濯機への稼働指示など、まさにハウスキーパーとしての役割を担う存在だ。
一方ウェアラブル端末は、様々な商品利用や食事の評価を感情から読み取れるようになったところがエポックメイキングであった。
可能な限りの商品評価を収集することで、個々人が不満を感じるポイントを押さえ、さらにスマートモニタリングの在庫管理システムと連携することで、商品が不足しそうになった際により満足度が高い商品を用意することができるようになった。
トイレットペーパーひとつとっても、ダブルでなければ満足できない人間とシングルで十分なヒトとが峻別されることになったのだ。
◇ ◇ ◇
「ほんと、なんで?」
今月既に3度目の失敗に、俺は途方に暮れていた。
スマートシステムのお陰で個々人のニーズが細かく把握できるようになった現在、保険商品のリコメンドはほぼ機械がやってくれるため、保険会社のリソースのほとんどは個人の評価を上げていく業務に割かれていた。
そんな中、俺たち保険勧誘員の仕事はと言えば、人が直接説明しないと納得できないという一部の人のために往訪することくらいだ。
勿論往訪先は社内マーケティングシステムのリコメンドに従っているから、一般的には失敗が少ないとされている。
それが今月だけで三度失敗……! 俺ヤバいんじゃないかな? 会社に帰れない。
どう言い訳したものかと頭を抱えていると、営業車が普段の道から逸れ始めた。
こいつ、俺の帰社したくない心を汲んでくれたのか?
うちの営業車は、営業車自身が乗客の様子を組んで適宜休憩をとってくれるという、とても素晴らしい車だ。当然休憩を取ったからと言って罰則を受けるようなことはない。
我社はホワイト企業なのだ。
着いたところは小さな喫茶店だ。確かに心を落ち着けることは大事だ。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
カウンター席に案内される。
「ご注文が決まりましたら、お声がけください」
「アイスコーヒー。ブラックで」
営業中の休憩と言えばアイスコーヒー。
とにかく落ち着こう。
落ち着け落ち着けと言っているうちは落ち着いていない証拠だ。
「アイスコーヒーになります」
「あ、どうも」
「顔色がよくありませんが、どうかされましたか?」
珍しく話しかけてくるタイプのマスターらしい。
まあほかに客もいないしな。
「いやー、仕事で少し失敗してしまいまして」
「駐車場に止まっているの、社用車ですよね? 営業の方ですか」
「はい、保険の営業をしております」
「だいぶ珍しくなりましたよね、営業回り。自動運転でかなり効率的に契約が取れる客先を回れるようになったと聞きましたよ」
「そのはずなんですけどね、私がやると中々うまくいかなくて……」
「それは変ですね。失礼ですが、ご説明があまりうまくないとか?」
「そんなことはないと思いますよ。全自動になる前はそこそこ契約取れてましたし」
マスターはしばらく考え、そして私に告げた。
「となると、いくつか可能性がありますね。
一つはマーケティングシステムがやってほしい説明と違う説明をしてしまっているケース。
ただこれは可能性が低いです。
お客様の説明の癖は当然システムは把握してるはずですから、敢えてお客様に行かせる理由があまりない。
となると、もう一つ考えられるのが……」
「一体何ですか?」
「システムがわざと失敗させている、という線です。
例えばお客様の腕を見込んで元々成功確率の低い方のところを紹介しているといったことはあってもおかしくありません。
あとは、例えばまずお客様が勧誘に行って失敗した後に別の方が行くとうまくいく、みたいな戦略がうまくいっていて、システムがその作戦を好んで採用しているとか、ですかね。」
「なんだよそれ……俺は当て馬ってことか? 営業成績どうなるんだよ……」
すると、マスターは優しく諭すように告げた。
「それは大丈夫だと思いますよ。
お車が貴方をここに連れて来たという事は、きっと落ち込んでるから励ましてやってくれって事なんだと思います。
ひょっとしたらいつも迷惑かけてるから少しゆっくりしていってくれ、っていう謝罪の気持ちでここに寄ったのかもしれません」
「そんなもんなんですか。お詳しいですね」
「当店のお客様は、ほとんどが自動運転でしかいらっしゃいませんので、自然と詳しくなりました」
まあ確かに、来た道は一方通行で狭い道だったもんな。
こうやって休ませてもらえてるんだし、もう少しだけ信じてみるか。
「ありがとうございました。少し元気になりましたよ。
戻ったら失敗した相手のその後の成約状況を調べてみます」
「お役に立てたなら何よりです。またのお越しをお待ちしております」
表で待っている営業車に乗り込む。
そういやこいつがねぎらってくれたんだっけ。
「格好悪いところみせてすまないな。これからもよろしく頼むよ」
なんとなく相棒ができた気分になり、少しだけ前向きに仕事に臨んでいけそうな気がした。