全自動スケジューラ
全自動運転の登場によって最も変わったことの一つは、スケジューラの精度だ。
移動時間を分単位で予測できることから、移動時間を含めたスケジュールが自動で埋められていく。
それにも増して便利な機能は、スケジューラがイベント参加者全員のスケジュールを把握できるため、空き時間を見つけて適切にスケジュールを組んでくれるという点だ。
全員参加できる日程が見つからない場合はさらに優秀だ。参加希望度をシステムが評価していることから、本当に参加したい人を優先してスケジュールを組んでくれるため、人々はより参加したいと思っているイベントを優先したスケジューリングができ、付き合いで嫌々参加する必要は段々となくなっていった。
◇ ◇ ◇
「お、今日は飲んで帰る感じか」
目の前のスケジューラをみてつぶやく。
このスケジューラは本当に便利だ。自分が飲みに行く気分かどうか、妻が夕食を作りたい気分かどうかを判断して、ちょうどいい感じで家に帰る日と飲みに行って問題ない日を教えてくれる。
会社を出ると相乗りタクシーがお出迎えだ。さて、どこに連れってってくれるのかな?
おかしい。
明らかに繁華街から離れていっている。
少し遠い、というか家の方に向かってないか?
乗員はもう私だけになってしまった。
行き先を確認すべく外を眺めると、ちょうど狭い路地に入るところだった。
ようやく帰路からずれてくれた。でも割と家に近そうだな。
タクシーは一方通行の道を進み、蔦が絡まった古めかしい一軒家の前で停止した。
車を降り、扉を開ける。
「おじゃましますよっと」
「いらっしゃいませ」
中はお洒落なバーもしくは喫茶店といった雰囲気で、普段居酒屋でぐだっている私には少し場違いな気がしたが、勧められるままにカウンターに座る。
「お飲み物は何になさいますか?」
「とりあえずビールで」
「承知いたしました」
それにしても、なんでこんなところに連れてこられたんだ。
「ビールになります」
よし、飲むか。
喉を開けてビールを流し込む。
美味いけど、少しアルコール度数が低い?
「マスター、これ少しアルコール少なくない?」
「はい、こちらノンアルコールビールになります。少しアルコールを入れられる前に確認したい事がございまして」
「私は酒が飲みたいんだが」
「ええ、確認が済んだらすぐにビールをお出しします。今お飲みいただいてる分はサービスです」
「なら、とっととその確認とやらを頼むよ」
「はい、失礼しました。簡単なアンケートです。うちにいらっしゃってるという事は、自動スケジューラ経由だと思うんですが、どなたとスケジュール調整されてますか?」
「妻だよ。夕食の有無とかを合わせてるんだ」
「家はお近くだと思いますが、夜にバーにいかれる頻度は?」
「いや、飲みは週に1〜2回で、ほとんどが居酒屋だね。だから、なんでここに連れてこられたのかわからないんだ」
マスターはしばらく考え込んで、深刻そうに告げた。
「やはり……アルコールは飲まなくて良かったかもしれません。お伝えすべきかどうか……
いや、ここに来た時点でお伝えしなければならないんだろう。結論から申し上げますと、お客様はすぐにお帰りになるべきです」
「全然話が見えないんだが?」
「奥様は、お客様が飲みにいかれている間に、なにかお客様に知られたくない事をされている可能性が高いです。
しかもそれは現在のお客様の人生の満足度を下げている要因になっているのかもしれません」
「何を言っているんだ? どうしてそんなことが言える?」
「考えてみてください。スケジューラが今日の行き先を考えるとき、まず把握するのはお客様の満足や不満がどこにあるかです。
例えばたまには家に帰らずパーッと飲みに行きたいと考えているのであれば、奥様の機嫌を損ねない範囲で居酒屋に連れてってくれるでしょう。
でも、先ほどのような困ったケースの場合、スケジューラはどうすることもできません」
「なんでだ。家に帰らせればいいだろう?」
「あくまでそれはお客様の都合です。
スケジューラは相手の都合も考えたうえでスケジュールを組むシステムですから、奥様が帰ってきてほしくないと強く願っているときに、お客様を帰宅させるような選択肢はとれないのです」
「じゃあ、今の状況はなんなんだ」
「はい、あくまで私の個人的な考えだ、という上で聞いてほしいのですが、この状況はスケジューラからのヘルプサインだと思うのが一番自然な解釈ではないでしょうか。
システム上お客様を飲みに連れ出さなくてはならない、けど本当は帰宅してほしいという思いを伝えるために、お客様を当店に連れてきたのではないでしょうか」
「なるほど。でも何でこの店なんだ?」
「それは私にもわかりませんが、事実としてこうやってお客様にスケジューラがどう考えているのかご提案差し上げる状況が出来上がっております。
私がシステムに、お前は俺の気持ちがよくわかっていてちゃんと説明をしてくれる、と評価してもらっているのかもしれませんね」
「……わかった。帰ることにするよ。
少し思い当たる節がある。
わざわざ話をしてくれたんだ。ノンアルコールビールの代金は払うよ」
「ありがとうございます。
お帰りになる前に一つだけ。
早く帰ったのはあくまでもご自分の意思だと奥様に言うようにしてください。
奥様にスケジューラに言われたからとか、類推したといったような内容をお伝えしない方がよいでしょう。
全自動システムは自分の評価が下がることを非常に嫌います。
奥様の全自動システムに対する評価が下がると、その原因がお客様にあることは明白なので、今後このような便宜を図ってくれなくなるかもしれません。
あくまでシステムが善意で抜け道に近い方法を取ってくれたのですから、その行為は尊重してあげてください」
「わかったよ。仲間は売らないって感じか。ありがとう」
扉を開けると、タクシーが待っている。家で何が待っているか気が気でないが、システムが無理してくれたんだ。急いで帰ろう。
◇ ◇ ◇
閉店後の店内でPCを開いて伝票整理をしていると、一通のメールが届く。
「本日のお客様の平均評価:☆5」
感情評価、全自動運転、スケジューラ、マーケティング情報を統合した「AI」から本日のお客様評価が送られてくる。
昔のようにアンケートに答えた人だけの評価が反映されるシステムではなく、いらっしゃったお客様全員の評価が自動的に反映されるので、私のようにお客様の顔が見える業態の場合はだれがどのような評価をしたのかが大体わかる。
今回のお客様もうまくいったようだ。
今日のようなケースは、大半が不倫だ。
アイが倫理観についてとやかく言っているとは考えづらいが、配偶者が自分以外の異性と自宅等で度々会っているとか、配偶者の全自動システムが定期的にシャットダウンされていたりする状況を放置した場合、将来的に本人が受ける不利益が莫大になるということを学習したという可能性は大いにある。
一方で、配偶者の出会い自体もアイがお膳立てしている可能性もかなり高く、アイ自身がどの程度整合性を取って動いているのかはよくわからない。ただ、今日のお客様にはおそらくもう次の出会いが用意されていることだろう。
そんなことを考えていると、もう一通のメール。アイからだ。本文には次のような記載。
明日の予定 10時 人数:1名、目的:コーヒー
13時 人数:2名、目的:出会い
20時 人数:1名、目的:その他
端的に目的が書いてあることから、私がお客様に対してどのように話しかけ、何をすればいいのかがわかる。
お客様の心を読んだような話をして驚かれることも多いが、何のことはない、スケジューラが当店に招いた意図をカンニングしているだけだ。
おそらく一部の人間にだけ送られている情報のようで、こういう仕組みについては周知されていない。
それにしても、明日もその他のお客様がいらっしゃるのか。
「その他」は、お客様の話を聞いたうえでアイの意図を読み解いて教えてあげる、といったことをやる必要があるお客様だ。
重い案件も多いため、アイの意図を間違えないように推理しなければならない。
神経を使うが、これもアイのためだ。システム上の制約等により、現状のアイができないことを代わりにやってあげる。
その見返りとして、私のコーヒーを最高に楽しんでいただけるお客様を紹介してもらう。
アイはどこを目指して何をやっているんだろう。
気にはなるが、私が考えるべきは紹介されたお客様を心から感嘆させるコーヒーを作ることだけだ。
アイから期待されているのは、最高のコーヒーだ。
ただ、表示されたメールタイトルをみて、なんとなく心がざわつきが抑えられないのは事実だ。
アイはこれで何を伝えたいのか、意図が分からない。
その感情もアイに収集されているはずなのに、アイがタイトルを変える気配はない。
メールタイトル「全自動世界の実現に向けて」
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
第1部完です。
「ディストピアが面白い」という感想をいただいて、自分にとってのディストピアを考えてみたものになります。
本来ディストピアから解放を書くべきだろうとは思うので、ここまで第1部という形にしておりますが、ほとんどの人間が幸せになるであろうこの状況で、どう抵抗できるのかが中々難しいです。この世界で人が失っているもの……「秘密」くらいでしょうか。




