其の拾肆
眼鏡を押し上げた茜がマシンガンのように質問を浴びせ去ってから、数分。もしかしたら青一と対峙した時以上かもしれない疲労を感じながら、紫乃はゆっくりと体を倒した。
風邪を引いている身で、長時間来客の相手をするのは予想以上に疲れるものだ。いくら三枝家の魔術使として幼い頃から鍛えられてきたとはいえ、体調不良では元も子もない。
「……ミストレス、少し休んだら?」
「今起きたばかりじゃない。そんなに寝てもいられないわよ」
「そっか」
それっきり、答えはない。以前までならもう少し言い募ってきていただろうに、事件以来、玄は随分と余所余所しかった。
それは紫乃も同じ事。あの事件以来、紫乃は玄との距離を測りかねているのだから。
――――わたしがいるから。迷っても、辛くても、どこへ行っても。わたしはあなたの傍にいるから。
深く考えもせずにその場の勢いで口に出した言葉だが、あの言葉自体は紫乃の本心だ。今まで口にした事などほとんどない、『紫乃』の言葉。『自分を見ろ』と言ったのも、『一生を復讐に費やすくらいなら自分とその周囲のために捧げろ』と言ったのも。全て、紫乃自身が、紫乃自身の言葉で玄にぶつけた言葉だ。
だからこそ、接し方に悩んでしまう。ぼんやりとしているといつも思い出されるそれらの言葉が、告白すら通り越したものに思えて。
玄がなぜ余所余所しいのかはわからない。大方、無様なところを見せたとか、そんなところだろうか。あれだけ泣き喚いたのだ、恥ずかしくなるのもわからなくはない。
だが、玄に避けられてしまえば、紫乃もまた距離を詰めようとも思えず。
つまるところ、ぐるぐると悪循環に陥っているのだ。
大きめにため息を吐く。来客が去ったにも関わらず微笑んだままの玄に、思わず問いかけた。少しでも暇つぶしを見つけるために、そしてそれ以上に玄の事が知りたくて。
「あなたが笑ってるのも、あの男と関係があるのかしら?」
ぼんやりと窓の外を見ている風だった玄が、微笑を消し去った。それは、玄の過去に踏み込んだ事の証明。半端な覚悟で聞く事は許されないという意思表示。
だから、紫乃も真剣に玄を見つめ返す。
「……関係があるといえばあるかな」
その霞がかったような返事に、眉をひそめる。だが、そんな事をしなくても、ごまかすつもりはないようだった。
「僕が笑うのは、自分を保つためだよ。自分を憎むあまり壊れてしまわないように。友達を殺して、お姉ちゃんを見殺しにした僕を、僕はあの男と同じくらい憎んでる。だから、せめてお姉ちゃんが好きだと言ってくれた笑顔を絶やさないで、お姉ちゃんが褒めてくれた髪を伸ばして、僕は僕を保ってる」
聞いていなかった長髪の理由まで教えてくれた。だが、紫乃にその揚げ足を取るつもりはない。
「あなたのお姉さんがそう言ったの?」
「お姉ちゃんは最期に、『笑顔の方が好きだから笑って』って言って死んだ。いつも僕の髪を褒めて、『長く伸ばしたらきっと綺麗だね』って言ってた。だから僕は、お姉ちゃんの願いを叶える事で、僕自身が生きる事を許してるんだよ」
それだけ言い終えると、自嘲するような笑みを浮かべた。いつもの微笑とは違う、片頬だけを引き攣らせるように上げた笑い。
「馬鹿だと思う。救いようの無い道化だなんてわかってるよ。でも、僕にはそれしかなかったんだ」
気に入らないはずだった。その何もかも悟ったような顔も、自分を見ていないその言動も。
なのにどうして、紫乃の胸は締め付けられるように苦しいのだろう。苛立ちとは違う激情を、押さえ込んでいるのだろう。
わからないままに、呟いた。
「そう。喋らせて悪いわね」
「別に、ミストレスなら構わないよ」
またしても、一層胸が締め付けられる。その苦しさを、呼吸に変えて吐き出した。
「……最近は、徹底していないみたいだけど。心境の変化かしら?」
その問いに、玄は笑みを緩め、紫乃を見据えた。
自分の中で当てはまる言葉を探すように、ぽつり、ぽつりと言葉は零れ落ちていく。
「……この笑いは、僕にとって過去への執着そのものだから。少しでも、未来を見るために、復讐から切り替えるために……」
そこではっとしたように視線を逸らした玄は、照れくさそうにおどけた。
「まずは形からかなと思って」
その言葉は、紫乃の叫びを受け入れた証拠。あのときの言葉を、自分の中で解決策として認めたゆえの変化。
それが、どうしようもなく嬉しい。じわりと体の奥から込み上げてくる喜びを悟られないように、寝返りをうった。
「焦りは禁物よ」
「わかってる」
背を向けた先のベッドで、玄が微笑んだ。
そんな気がした。




