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其の拾弐

 「ミストレス?」

普段はきびきびと動く紫乃が黙り込んだままなのを心配してか、玄が首を傾げる。

「神木」

「どうかしたの?」

「私は」

大きく息を吸う。理性が叫ぶ制止に耳を塞いで、強く言い切った。

「私は、護られるだけのお姫様じゃないわ」

「え、あっ!」

きょとんとした顔の玄から腕を振りほどき、窓枠に飛び乗る。その勢いを殺さぬよう、飛び上がった。

「追ってきなさい! 正門で待ってるわ!」

肩越しに叫んで、しばし落下する。ここは二階だ、普段ならば足が折れる可能性だってあるが、今は魔力を活性化したまま。この程度ならなんてことはない。

 着地と同時に地面を蹴り、渡り廊下を飛び越える。数歩、全力で加速するだけで、すぐに正門前にたどり着いた。玄の言った通り、魔力を活性化させた大人十人程度が、抜刀して進んでいる。その正面で、急ブレーキを掛けた。

「止まりなさい! 何の御用か伺うわ」

努めて平静を装う。実戦を模した訓練は重ねてきたし、大人相手に模擬戦で勝利したこともある。大丈夫、この程度なんてことはない。

 腰のレイピアを抜き、構える。

「ふむ、潰せ」

最後尾の、隊長らしき男が一言呟く。瞬間、先頭の男たちが左手を伸ばした。掌が、紫乃に向けられる。

「『雷槍呪(らいそうじゅ)』」

「『雷龍呪(らいりゅうじゅ)』」

初めて向けられる敵意に、足が竦む。雷槍呪は軌道が直線だから左右に大きく跳べばいい。雷龍呪は軌道が不規則だから、バックステップで距離を取って見切る必要がある。それは頭では理解しているのに、体が動かない。咄嗟の反応で掌を伸ばし、叫んだ。

「『閃光結界呪(せんこうけっかいじゅ)』ッ!」

左掌を中心に、正門から続く道の横幅全てを塞ぐ白い結界が生まれる。三つの基礎防御呪文のうち最高強度を誇る鉄壁の呪文。故に、あの程度の魔法を防ぐ用途で使う事はまずない。二倍の威力もしくは数で、初めて使われるものだ。明らかな過剰防御。失策だ。

 だが、反省の時間はない。すぐさま気持ちを立て直し、防御から攻撃に切り替える。

「『雷陣呪(らいじんじゅ)』!」

敵の部隊全員を、雷の檻に閉じ込める。威力は基礎攻撃呪文で最低だが、足止めに関しては最高の効果を持つ。けれど、直接攻撃しない事が既に、紫乃の腰が引けている事の最大の証明だった。

「『焔装呪(えんそうじゅ)』」

「『雷装呪(らいそうじゅ)』」

前衛の二人が刀を抜き、檻を切り裂く。その瞬間、片方の右肩から血が噴き出した。

 バックステップで一度間合いを開け、レイピアを構え直す。手の震えを左手で抑えて、自身を鼓舞するように絶叫した。

「『風装呪(ふうそうじゅ)』ッ!」

武器の切れ味や強度、魔力耐性、そういった要素を強化する武装呪は、纏う系統によって各要素の強さが変わる。焔系統や雷系統は攻撃に関する部分が、水系統や光系統は防御や支援に関する部分が、といった具合に。その中で紫乃が選択するのは、攻撃と防御満遍なく、そして唯一武器を『軽く』する特徴を持った、風系統だった。

「やあああああああっ!」

強く、前に踏み込む。急激に加速する体の速度を殺さぬよう、右肩、左肩、膝、脇腹など、命に支障がない部位で、かつ戦闘の続行を不可能にする部分を狙って突きを繰り出す。連続で、相手に反撃の暇を与えないように。

 ただ無心で、右腕を突き出し、左右に移動しもう一度突き出す。時にフェイントを交え、時に斬る動作を含め、ただただ、敵を追い詰めていく。肉を斬る感覚を、感じぬように。

「ッ! 焔弾呪!」

大振りな敵の攻撃を避け、至近距離から火炎の弾をぶつける。これで、一人。横合いから振り下ろされた刀を避け、一度距離を置く。

 最後尾の隊長が、右腕を振り上げた。

「B班! 予定通り前進しろ! このガキはA班が引き受ける!」

よほど訓練されているのか、隊長が指示を言い終えた途端、B班と呼ばれた五人ほどが紫乃を迂回して校舎の方へと進んでいく。それでは、紫乃が勇んだ意味がない。

「行かせないわよ!」

「それはこっちの台詞だ」

振り向きざまに足止めしようとした紫乃を、数個の火炎球が襲う。

「『暴風反照呪(ぼうふうはんしょうじゅ)』!」

風の結界で敵の攻撃を防ぎ、衝撃波として反射する。直線軌道だが、せめて牽制にはなるだろう。

 そう判断し、改めてB班に向けて左手を伸ばした紫乃の耳に、声が届いた。

「古来より永きに渡りて世を治めたる八百万の神々が一柱、『火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)』よ。我が魂を贄(にえ)とし、その力の一片(ひとひら)を我が力として貸し与へ給へ」

「嘘ッ!」

基礎呪文は、詠唱を必要としない。自分が発動するイメージを掴むために術名を口にするが、それだけだ。

 対して、必要とする呪文もある。各系統に一つずつだけ存在する、『固有魔法』。いわば奥義のようなもので、長ったらしい詠唱や消費する魔力の量など、発動までの手間は大きいものの、それに伴って威力も他とは一線を画す。系統にもよるが、基礎攻撃呪文の中で最大の威力を誇る『武装呪』すらも凌ぐのだから。

 敵の詠唱に耳を澄ます。敵は、『火之迦具土神』と言った。その神は焔系統を司る神。ならば、敵の魔法は焔系統固有魔法、『不知火(しらぬい)』――――。

「『不知火』」

「『閃光結界呪』!」

その一瞬で判断し、防御呪文を展開する。巨大な火球を十個前後、対象目がけて飛ばす呪文を防ぐには、巨大かつ高強度の防御呪文しかない。紫乃の魔力を許容量ぎりぎりまで注ぎ込み、純白の壁を作り出す。

 直後、無数の火球が壁にぶつかり、盛大な火花と轟音を散らした。

「ぐううううう!」

これを突破されれば、紫乃は死ぬ。『鎧装呪(がいそうじゅ)』を展開していない以上、紫乃は生身だ。一つでも直撃すれば、いくら身体性能が上昇しているとはいえ一たまりもない。

 永遠にも思える時間が過ぎ、場違いな花火が止む。ほっとして呪文を解いた紫乃の眼前には、鈍く煌く白刃があった。

「ッ!」

 振り上げた右腕は、力不足。反射で目を瞑った。

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