第三話 宝物
翌年、ランが死んだ。
葬式には、カイが来た。
タクも来た。
二人は、並んで立っていた。
何も言わなかった。
言うことが、なかった。
東の島国が、去っていた。
共通の敵が、いなくなった。
積年の恨みが、吹き出した。
タクは、もう党を抑えられなかった。
抑える理由が、なくなっていたからだった。
工場で死んだ者の家が、覚えていた。
金で口を塞がれたことも、覚えていた。
カイのほうも、同じだった。
外に敵がいるあいだは、まとまっていた。
いなくなると、束ねる理由がなくなった。
言うことを聞かない組が出てきた。
勝手に動く組が出てきた。
ガクの組も、戦った。
東北の地を取り返すために、五年待たされた組だった。
島国は、もういない。
残っているのは、党だけだった。
サクの組も、戦った。
桝が山盛りなのはおかしい、と言った男の組だった。
言うやつが消える国を、変えるつもりでいた。
棚上げにしたものが、全部下ろされた。
泣かれては困る女が、いなくなっていた。
タクにも、カイにも、いなくなっていた。
容赦が、要らなくなった。
経済が、おかしくなった。
青い星の国は、初めのうちは助けた。
赤い色が広がるのを、嫌がっていたからだった。
物も来た。金も来た。
だが、途中で消えるのだった。
誰かが取っていた。
誰が取ったのかは、誰にも言えなかった。
組と政府の区別が、もうつかなかったからだった。
束ねる者が、いなくなっていた。
外に敵がいたころは、みな言うことを聞いた。
いなくなると、取れるものを取るようになった。
カイには、それが止められなかった。
やがて、援助が来なくなった。
注いでも無駄だと思われたのだった。
それでも、兵に払う金はいる。
役所に払う金もいる。
取れる税は、もうなかった。
畑は焼け、工場は取られていた。
ないものは、取れない。
外から来るものも、なくなった。
だから、刷った。
紙と印さえあれば、いくらでも作れた。
札は増えた。
米は増えなかった。
同じ米に、前より多い札を出せる者が出てくる。
値が上がった。
値が上がると、その分だけ札が足りなくなる。
足りないから、また刷った。
刷るから、また上がった。
朝と夕方で、米の値が違うようになった。
給金を受け取った者は、走った。
その足で買わないと、明日には買える量が減っている。
誰も、札を持っていたがらなくなった。
持って一晩眠ると、減っているからだった。
やがて、店が札を見なくなった。
米と塩、塩と布。
物と物を、直接交換するようになった。
村では、昔からそうしていた。
街が、村に戻った。
カイは、帳面をつけた。
つければ、分かった。
このやり方では、もたない。
やめれば、明日もたない。
どちらにしても、もたなかった。
党の軍は、攻めた。
容赦がなかった。
民から取り上げた金で、民が飢えている。
それが、党のいちばん嫌うものだった。
村が、党についた。
街も、党についた。
札が紙屑になったのは、あちらの政府のせいだった。
誰にでも分かる話だった。
党の兵が、増えた。
行く先々で、飯が出るようになった。
勢いが、変わった。
武器は、島国の軍が置いていったものだった。
東北の地に、そのまま残っていた。
間隔の開いた、独特の音のする機関銃。
先端が四角い羽根の細身の飛行機。
兵は、その音をよく覚えていた。
隠れて聞いた音だった。
印だけが、書き換えられていた。
赤い星になっていた。
同じ武器が、今度はこちらを撃った。
カイの兵が、隠れる番だった。
昼のあいだは、動けなかった。
夜になると、出てきた。
それしか、やりようがなかった。
カイは、タクを殺せとは言わなかった。
一度も言わなかった。
訊いた者がいた。
答えなかった。
タクも、カイを殺せとは言わなかった。
訊いた者がいた。
答えなかった。
そのあいだに、兵が死んだ。
両方の兵が、いくらでも死んだ。
誰も、間違ったことをしていなかった。
残ったのは、シャンだけになった。
港へ、荷が運ばれた。
都の城から持ち出した宝物だった。
内陸へ入るとき、車に積んだものだった。
今度は、船に積んだ。
組の者が、順に乗った。
五十年、この街で商売をした。
その街から、出ていくことになった。
事務所は、そのままにした。
畳みもしなかった。
荷を出して、人が出ていっただけだった。
帳面も、卓も、湯呑みも、置いてあった。
誰もいなくなった部屋だけが、残った。
タクは、シャンへは行かなかった。
都の奥にいた。
行けなかった。
党の連中を、抑えられなかった。
抑えるつもりで四十年やってきて、最後に抑えられなかった。
合わせる顔が、なかった。
カイは、タイの島へ渡った。
前の王朝のとき、負けて取られた島だった。
島国が持っていった。
その兵が、街を青い星の軍に焼かれて、帰っていった。
だから、戻ってきていた。
戦って取り返したのではない島に、逃げ込むことになった。
そのうち、本土から手紙が来た。
党からの、正式なものだった。
都の城の宝物は、この国のものである。
持ち去ったものを、返せ。
筋の通った話だった。
周りの者は、そう読んだ。
カイも、一度は読んだ。
それから、もう一度読んだ。
書いてあったのは、それだけではなかった。
「宝物を返せ」
その一行だけが、他と字が違った。
カイは、城の宝物は返さなかった。
返す筋がなかった。
あれは、この国のものだった。
宝物を持っているものが、カンの国の王であるあかしだった。
それから、荷の底から箱を出した。
大陸から持って出た荷だった。
車に積み、船に積み、ここまで運んできたものだった。
カイは、蓋を開けなかった。
何も書かなかった。
そのまま、送り返した。
都の奥で、タクが箱を受け取った。
小さな箱だった。
海の向こうから、それだけが返ってきた。
蓋を開けた。
中に、髪が入っていた。
束ねて、編んである。
四十年前、自分の頭から出たものだった。
あの日、店主が持ち上げてみせた束だった。
爪の先ほどしか剃っていないのに、これだけ取れた。
立派すぎませんか、と店主が言った。
姉ちゃんが、笑っていた。
兄さんが、鏡を見て、悪くない、と言った。
タクは、それを取り出した。
両手で持った。
思っていたより、重かった。
先に、赤い紐が結んであった。
色は褪せていた。
結び目は、そのままだった。
四十年、誰も解かなかったのだった。
タクは、その紐を見た。
水場の朝が、戻ってきた。
耳の上の両側で、髪を丸めて、赤い紐で結んでいた。
背中に乗ると、白い分け目が見えた。
汗をかいていて、髪から匂いがした。
重いよう、と姉ちゃんが笑った。
涙が出た。村を出てから、二度目だ。
何も言わなかった。
髪を、握った。
それから、南の窓へ行った。
窓の外は、都の屋根が続いていた。
海は、見えなかった。
その先に、島がある。
兄さんが、いる。
タクは、そこを見ていた。
このエピソードで、この物語は終了となります。ありがとうございました。




