72 本気の魔法(サラ視点)
今までの投稿を見直し、文体を含めた色々な修正を行いました。
根本的な設定などは変わっていないため矛盾は無いはずですが、ご容赦ください。
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「おー、やっぱり人が多いわね。ワラワラと動いてるわ」
「高い所からだと戦況がわかっていいですね。さて、縁様はどこにいるんでしょう?ヴァンの話によると前線にいるとのことでしたが」
縁を探しながらニコニコと気持ち悪い笑みを浮かべるラーファを横目に、“あたし”は外壁の上から戦場を見下ろした。
ただ見てるだけなんて正直つまらないし、本当ならこんな暇つぶしをする前に、魔法をたくさん撃って縁達を助けてあげたかったんだけど――
「サラちゃん、魔法はダメですからね」
「うっ、ちょっとくらいなら、別に――」
「クリス様に『戦わないように』って言われたこと、もう忘れたんですか?」
むむむ、身を乗り出したらすぐこれよ。
ちらりと視線を向ければ、案の定、ラーファはジトリとした目であたしをにらみつけていた。
まったく、人の事を何だと思ってるのかしら!
「覚えてるわよ!『戦闘訓練を受けるまでは』ってやつでしょ?でも、あたしならここからでも一方的に攻撃できると思うし、訓練なんていらないと思うのよ」
「戦いになる、ならないではなく。サラちゃんが手を出すことが問題なんですよ。……周りを見ればわかる通り、実際に“厄介払い”されていますしね」
厄介払い?どういうこと?
ラーファの言葉に周囲を見渡せば、あたし達以外に誰もいなかった。
案内したやつはいたはずなんだけど、おかしいわね……?
「恐らく、“部外者”であるわたくし達に動かれるのが迷惑なのだと思います。だから、名目上は尊重しつつも隔離しておこうって話になったのでしょうね。良く言えば大切にしてもらっているわけですが、悪く言えば面倒だと宣言されたようなモノ。本当に無礼な国ですよね、ここは」
難しい話は、ちょっとわからないけど……。
ようするに、帝国はあたし達が邪魔だから意地悪をしてきたってことなのよね?
帝国のザコ魔術師部隊に混ぜられるよりはマシだから、そこに文句はないけど、その態度には少しだけムカつきを覚える。
「つまり、あたしは魔法を我慢する必要はないって事よね?今度は巻き込んでやろうかしら」
「なんでそうなるんですか!?仕返しで巻き込むなんて絶対にダメですからね!縁様に怒られますよ!」
先に敵意を向けたのはあっちなんだから、問題ないと思うのだけど、むむむ。
相変わらずダメの基準がわからないけど、怒られるのは嫌なので頷いておく。
パパ――師匠が怒った時なんて、1日抱っこの刑とかいう、地獄のお仕置きをされたものね……。
もしも、あのお仕置きを力がおかしい縁やラーファにされたら、きっと全身の骨が折れちゃうわ。
あたしは嫌な想像に体を震わせながら――ふと、戦場を見つめるラーファの横顔に目を向けた。
相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべているけど、その魔力はわかりやすく“渦巻いている”。
渦巻く魔力は悪いことを考えていたり、たくらんでいたりすると出てくる特徴だ。
つまり、ラーファは悪いこと――噂話であのゴミを攻撃した時のような、何かを考えているということになる。
既に戦いが始まっているこの状況で、何を考えてるのかは知らないけど……なんか、すごく余裕そうよね、こいつ。
トント村で串刺しになって死にかけた癖に、怖くないのかしら。
「ラーファは戦いが怖くないわけ?この前、死にかけたんでしょ?」
問いかけながら、あのトント村での出来事を思い出す。
意味のわからない魔法で攻撃されてクリスに助けられた後、あたしは疲れ切った縁とラーファ、そして二度と起き上がらなくなったホルトンを見た。
地面に寝ていたホルトンは魔力がすごく少なくて動きもなかったから、死んでいるってすぐにわかったはずなのに。
だけど、あたしはそれを一目見て……多分、寝ているだけだと“信じよう”としていた。
村から逃げた後に真実を聞かされたけど、何故かそれすらも信じたくはなかったのだ。
「確かに、死にかけましたけど。だからって、別に怖くないですよ?」
「そう、なの?あたしは……少し、怖いわ」
驚いたような表情を浮かべたラーファから視線を逸らして外壁の上から戦場を見下ろせば、先ほどよりも激しく帝国とリベリアの兵士達が互いに殺し合っていた。
ホルトンと変わらない命、縁やクリス、ラーファとも変わらない命。
けれど、その光景に……やはり、あたしは何も感じなかった。
森にいた時は考えたこともなかったことだけど、やっぱりそういうことなのね。
「自分が死ぬのも怖いけど、仲良しな奴が死ぬのも怖いって、初めて知ったのよ」
森の暮らしには師匠もいたけど、あの時は師匠が負ける姿も死ぬ姿も想像したことがなかった。
何故なら「師匠はあたしよりもずーっと強いんだから死ぬわけない!」って思っていたから。
でもそれは、“ある意味”ではホルトンも同じだったはずだ。
「ホルトンは縁よりも強かったわ。縁が『勝てた!』って騒いでいた時も手加減してたくらいだもの、きっと縁なんて簡単に倒せる奴だったはずよ。それはつまり、縁はいつ死んでもおかしくないってことで……」
確かに、縁のズル技は怪我も全部治るし、すごいと思う。
でも、次に使えるまでの10秒の間に首を落とされたら?ズル技を使う間もなく気絶させられたら?
あんなに頑丈で、ズルい能力を持っていたとしても……あっけなく、あたしの日常から消えてしまうかもしれない。
それなのに、あいつはバカなことばっかり言って、あんな場所で戦って。
「もう一度聞くけど、ラーファは怖くないの?縁はあそこで“普通”に死ぬかもしれないのよ?ズル技だって、即死なら意味ないんだから」
縁が助けようとした獣人が襲ってきたように、殺そうとしない人間が死にやすいのなんて当たり前の話だ。
だからこそ、あたしはあの考えで戦いに行く縁を見ていると、どうしても心が落ち着かなくなってしまう。
それはきっと、ラーファもそう思っているはずだと、そう考えていたのだけど――
「死にませんよ。だって、縁様はわたくしの騎士様で、ずっとわたくしを守ってくださるって約束したんですから。運命ある限り、わたくし達は決して離れることはないのです」
その表情は笑顔で、魔力からは嘘を感じられない。
しかし、抱いている感情と、その言葉は、あたしには“理解できない”モノだった。
元々、あたしの魔力視は魔力とその揺らぎを見るだけだから感情はわかっても“心は読めない”し、知らない反応はわからないのだけど。
「それに聖女は死んでも“次”があるので。そうしたら、また縁様と巡り会って……ふへ、ふへへへ」
特にこの“紫色の魔力”については、未だに何もわかってない。
ラーファが縁の話をする時、あたしにベタベタしてくる時、あとはクリスに絡んでる時なんかは大体この色なんだけど……言ってることも相変わらずわけわかんないし、うーん。
とりあえず、一言だけ言えるのは――
「あんたって、割と不気味よね」
「え!?どういう意味ですか!?」
あたしはラーファの魔力から逃げるように少しだけ距離を取りながら、視線を再び戦場へと戻した。
すると、たくさんの人が戦っているはずの戦場で、何故か“円形状”に人が少なくなっている場所がある事に気付いた。
よく見れば、その中心には黒い大剣を持った縁と、縁に近づく奴らを“ことごとく殺している”クリスの姿があって。
しかも、そのクリスの戦いぶりは――なんというか、怖いくらいに圧倒的としか言えないモノだった。
「ねぇ、ラーファ。クリスはあたしの事を化け物だって言うけど、あたしはアイツの方が化け物だと思うのよ」
「へ?あぁ、クリス様は“腕前だけ”は上弐位って噂の人ですからね。“教本通りにしか動けない頭の固さ”さえなければ、今頃は領地くらい貰えていたと思いますよ。というか、サラちゃんは何処を見て――って、縁様が大変の事になってますっ!?ヴァンは何をしてるんですか!?」
……何で、今更焦り始めてるわけ?
意味がわからなくて様子を見ていると、ラーファは大慌てでヴァンを呼びつけた後に、その拳で「早く行け」とばかりにヴァンの体を殴った。
さっきは『縁様は死にませんよ』とか言っていた癖に、どういうことよ。
視線で問いかければ、ラーファはあたしから目を逸らして謎の言い訳を始めた。
「わたくしは、てっきり『ヴァンが側で守ってくれてるだろうなぁ』って思っていたんです。縁様は勇者様ですし、わたくしの“婚約者”となる人ですし、いろいろと大事な御方なので……。まぁ、今にヴァンが助けてくれるはずなので、これで縁様は大丈夫です!わたくし達の運命は再び紡がれました!」
ラーファの隣に視線を移せば、そこには悲しそうな表情で腕を擦りながら立ち去るヴァンの姿があった。
魔力を見る限り、ラーファが心配で側にいてくれただけなのに、哀れだわ。
「あんたの運命って力技なのね……」
一仕事したと言わんばかりに汗を拭うラーファの様子に引きながら、縁の方へと視線を戻す。
さっきから、クリスが一人で戦っているみたいだけど……あいつ、何やってるのよ。
「というか、近くに魔人殺しの姿もありますね。あれは、誰かを誘導しようとしているような?」
『魔人殺し』って、あのおっさんよね?
そう思って探してみれば、縁の近くのリベリア軍側にキラキラと光る武器を持った冴えないおっさん――『カイン・リジル』の姿があった。
「もしかして、縁様を呼んでいるのでしょうか?でも、あの状態じゃ……クリス様を置いていくでもしない限り、前線に穴が開きそうですが」
『クリスを置いていく』とはつまり、縁が1人でおっさんの所に行くということになる。
縁は世界を救う勇者なんて呼ばれていてズル技も持っているけど、それでも本人は弱くて頼りなくて。
現に今も、クリスが守ってなかったらすぐに殺されているような、よわよわ人間だ。
だから、普通ならあんな誘いにのるはずがない。
1人で英雄と戦ったらズル技を使う間もなく殺されてしまうなんて、あいつでもわかるはずだから。
でも――
「縁ってバカだから着いて行っちゃうと思うのよね。自分が死ぬなんて思いもせずに」
きっと、縁はホルトンのこともあったから、おっさんに話したい事とか、ぶつけたい事があるんだと思う。
だって、あたしにもあるもの、そういう気持ち。
なら、あたしがやることなんてもう決まっているようなものだ。
「つまり、前線を何とかすれば、縁とクリスは離れずに済むのよね」
「え、サラちゃん?な、なにする気ですか!?」
焦ったようなラーファの声を聞きながら、魔法の操作線――“魔力線”を空へと伸ばす。
道が伸びる程に魔力の消費量が大きくなるけど、あたしなら問題ない。
これなら縁が教えてくれた通り、空から降ってくる魔法ができるはずだわ。
「あれだけ殺し合ってるんだもの。そりゃ、いつかは知ってる人が死ぬだろうなって思ってたわよ。でも、別にそんなの、当たり前だって思ってたの。思ってたのよ、あたしは」
自分の感情が、魔力を通して伝わってくる。
過去の事を思い出して、どうにもできない事実にムカムカして、その場にいなかった自分にもっとムカムカして。
一度吐き出してしまった気持ちは、止まることなくあたしを動かしていく。
「だから、ホルトンが死んだって聞いた時、驚いたわ。あいつ、あたしに嘘つかない近衛三番隊の中でも特に良いやつだったのに。もう話せないなんて、もう一緒に魔法訓練すらできないなんて――こんな気持ち、あたしは知らなかった」
あれだけ人殺しを嫌ってた縁だから、すごく怒られるかもしれない。
それに、師匠の言いつけも破ることになるから、悪い子になっちゃうかもしれない。
でも、あたしはやるって決めた。
だって、約束したもの。
2人で冒険するって、本当の冒険をするんだって。
それに縁は、“あの時”助けてくれたから。
だから、もう躊躇わない。
もう二度と――本気を出しておけばよかったなんて“後悔”をしたくないから。
「ごめんね、縁。あたしは今から……いっぱい、殺すわ」
《――青龍よ、我の言葉に従い、その幻想の御霊を顕現せよ!》
詠唱と共に空を見上げる。
その瞬間、まるで雲を食い破るかのようにソレは現われた。
「あれは、何、ですか……」
「聖都で見せてあげた青龍の“本体”よ」
家から逃げる時にも使った青龍の本体。
けれど、今回は移動用なんかじゃない。
あんなのよりも魔力を込めた、本気で全力の魔法だ。
……半物質の上級魔法はパパに禁止されてたから、本当は使っちゃダメなんだけど。
「――行け!青龍!」
半物質魔法により、確かな存在を持った巨大な青龍は青白い閃光を放ちながら命令通りに戦場へと突撃した。
当然、リベリアからも反撃の魔法が飛んでくるけど――あんなの、あたしの魔法の前ではゴミでしかない。
なにせ、半物質魔法は物体としての性質を持つ故に、魔法による干渉を受けづらいという特徴があるからだ。
元々魔法は物を燃やしたり、水を凍らせたりと、変化を与えることが苦手なのだけど、この半物質魔法は違う。
物への影響力と魔法への抵抗力を持ったこの魔法は、普通の攻撃魔法のように氷を飛ばしたり、爆発させて衝撃を与えるような“間接的な方法”を取る必要がなく、そのまま対象を殺せてしまう。
たくさんの魔力は必要だけど、これが朱雀なら物を溶かすことだって簡単にできてしまうのだ。
便利な分、制御が難しいから、敵と味方が入り混じる今回は慣れている青龍にしたけど。
まぁ、鱗に触れても大怪我だし、踏み潰されれば即死だろうし、あいつらにはこれで十分よね。
そう、あいつらがどうなろうと、あたしが知ったことではない。
「死ぬかもしれない不幸や危険なんて、いらない。あたし達がそんな目に遭うくらいなら、全部壊してやるんだから!」
リベリア軍の中心で暴れまわるように青龍を制御し続ける。
意外にも抵抗が激しくて青龍が苦戦しているようだったけど、もし消えてしまうようなことがあれば“次”を出せばいい。
あたしにとって魔力量は問題じゃない。
強すぎる魔法は頭に負担を掛けるけど――長い間制御し続けなければ、何度だって化け物を生み出せるのだから。
今までは修行の意味と師匠の言葉もあって手加減してあげていたけど……あたしの本気とはつまり、こういうこと。
さぁ、死になさいリベリア。
あたしに逆らったらどうなるか、わからせてあげるわ!
何故か“全身を光らせる”光魔法を使い始めたラーファを横目で見ながら、あたしは制御に力を入れていく。
そうして、どれだけ時間が経ったのか。
既に縁とクリスの姿は戦場にはなく、青龍もリベリア軍の反撃を受けて動きが止められてしまっていた頃に――それはやってきた。
「っ!?近くに誰かいるわ!多分、闇魔法で隠れてる!あたしは“動けない”から防御して!」
「ふぇ!?た、確かに、気配があるような……?とりあえず、えいっ!」
あたしの言葉に、ラーファは掛け声と共に周囲に“種のような何か”を撒き始める。
意味がわからずに唖然としながらそれを見ていると――ラーファは種に手を向けて上級光魔法を詠唱した。
「わたくし達を守ってください!」
《――天よ、彼の者らに祝福を与え給え》
瞬間、種は一瞬で芽吹き、枝を伸ばし、葉を生やし、蔓を生やし――え、“蔓”?
何かがおかしいことに気付いて、真っすぐにその植物を見てみれば……何と、それは『アルラウネ』だった。
植物を育てられるのは縁から聞いていたけど、魔物を育てるなんて聞いてないわよ!?
「ら、ラーファ、それはウネウネで襲ってくる危ない奴なのよ!?何してるわけ!?」
「大丈夫ですよ、サラちゃん。植物系の魔物なら女神様の加護で仲間になってくれるって、お母様が言ってました。まぁ、種から育てないと普通に襲ってくるみたいですけど……」
瞬く間に周りが多数のウネウネに囲まれていき、気持ち悪さで意識が飛びそうになる。
青龍の制御はまだできているけど、いつまで保てるのか自信がなくなってきたわ……。
「とりあえず、これで襲撃者も撃退して――え、あれ?1号が既にやられてますっ!?」
ラーファの叫びに“頑張って”視線を向ければ、そこにはグシャグシャに潰されたアルラウネの姿があった。
あたしとラーファが気付かない内にやったんだとしたら、相手の闇魔法の腕はとても高い、と思う。
もしかしたら、師匠の闇魔法と同じくらいかもしれない。
「あわわ、2号も3号もいつの間にか倒れて!?サラちゃん、どうしましょう!?」
まさか、こんな一瞬で?
慌てて周りを見れば、確かにアルラウネは全滅しており――ふと、その向こうに人影が見えた。
それは銀髪で長身で褐色の、黒い皮装備をまとった“エルフ”で、両手には液体が滴ったナイフが握られていて。
その視線と雰囲気、何よりもそれがエルフだということに。
あたしの頭には、あの時の――トント村での出来事が重なって見えて。
「ひぅっ」
喉が引きつる、汗が止まらない。
大丈夫だと思ってたのに、悪い夢も見なくなってたのに。
――殺される。
そう思った瞬間、勝手に魔力線が切れた。
魔力が途切れた青龍は形を保てずに、一瞬でマナへと還ったことだろう。
しかし、今はそれどころじゃない、そんな場合じゃない。
《――朱雀よ、こさせないでっ!》
詠唱はグチャグチャだったけど、ありったけの魔力をこめたソレは、“今度”は発動してくれて。
あたしはラーファの体に抱き着いたまま、周りの全てを壊して欲しいと願い――
そこで意識が、プツリと途切れた。
サラちゃん、スペックは強いのに……。




