71 戦争という現実
「うわぁ、人がいっぱいだね」
「上から見た時にわかっていたつもりでしたが、同じ高さで見ると圧迫感が違いますね」
クリスさんの言葉に周りを見渡せば、集合場所――最前線に続いているという門の周りには既に大勢の兵士さんが武器を手に持ち集まっていた。
砦攻略戦の時は馬車の中にいたから実感がなかったけど、人が多いと熱気が直に伝わってくる。
「縁殿、その、今回の戦いの事なのですが……」
その中で、クリスさんは僕に振り返り、心配そうな表情で呟きを漏らした。
多分、僕が逃げた話のことだよね。
それなら、僕が言うべき台詞は決まっている。
「クリスさん、今度は大丈夫だよ。僕は人を助けることから逃げないって決めたから、野戦病院でもちゃんと頑張って、皆を助ける」
僕は安心させるために、クリスさんに向けてそう宣言した。
きっと、今回の戦いでも、僕は皆の後ろにいることを求められて、怪我した人を治すことになると思う。
だけど、戦争が嫌だからって、間違ってるかもしれないからって逃げたら……前の失敗を繰り返すだけだ。
戦争自体がもう止められないのなら、その中で1人でも多くの人を助けることができる選択を僕は取りたい。
「もし、危なくなったら、その時は――って、クリスさん?どうしたの?」
だけど、クリスさんの反応は思っていたのと違っていて。
僕はもっと喜んでくれると思っていたのに、何故かクリスさんは僕とは目を合わせずに小さく震えていた。
今思えば――それは、“後悔”だったんだと思う。
でも、この時の僕は何も気づけなくて、ただいつもと違う様子に首を傾げているだけで。
本当に、何もわかっていなかったんだ。
「ん?おぉ!これはこれは勇者様、よくぞこの場へと来てくださいました」
「ふぇ?」
唐突に聞こえてきた声に振り向けば、少しだけ離れた位置で数日前に見た偉そうな騎士さん――サミュエルさんが満面の笑みで立っていた。
確か、ラーファに酷い噂を流されたとか言われていたけど、笑顔って事は大丈夫だったのかな?
満面過ぎる笑みに不安を覚えつつ会釈を返すと、サミュエルさんは笑顔を崩さずにものすごい早さで僕達の元まで近づいてきて――突然、僕の腕を掴み上げてきた。
「また森へ向かわれたのではないかと、すこーしだけ心配しておりましたが、杞憂だったようですね?」
「あのっ!?何で引っ張るんですかっ!?く、クリスさん……!」
痛いほどに掴まれた腕と何処かへと引きずろうとする様子に、僕はとっさにクリスさんへと助けを求める。
「っ!?その手を放しなさ――」
「黙りなさいラインハルト上五位、これは命令です」
けれど、サミュエルさんの“命令”に、クリスさんは動きを止めて。
その隙に、サミュエルさんは僕を大勢の兵士さん達の前へと連れだすと、腕を掴んだまま声を張り上げた。
「皆様、こちらに御座す、この方こそが世界を救うため、帝国を救うために現れた勇者――『マドカ ユカリ』様にございます。どうか拍手を、どうか喝采を!此度の戦は既に勝ったも同然!愚かなリベリアの軍に正義の鉄槌を下してやろうじゃありませんか!」
サミュエルさんの言葉に呼応するかのように、ものすごい数の拍手と叫びが砦内に響き渡る。
だけど、正義なんて……僕は自分が正しくないってことを、身をもって知っている。
それに僕は帝国を救うために、この世界へと来たわけじゃない。
「僕はそんなんじゃ――」
「女神様の加護を賜った勇者様であれば、憎きリベリア軍など、英雄など、悉く打ち滅ぼされることでしょう!トント村での勝利こそがその証!恐れるな!我らには勇者がついている!リベリア軍など皆殺しだ!」
皆殺しって、何でそんな話になってるの!?
そう主張したかったけど、サミュエルさんの演説の前には僕の言葉なんて誰にも届かなくて。
「では、勇者様、“最前線での武勲”を大いに期待しておりますので。くれぐれも、よろしく頼みますね?私にはこれから大事な準備があるので、失礼」
「あっ、ちょっと……!」
訂正しようにも、サミュエルさんはすぐにその場を立ち去ってしまい。
気付けばもう、時刻は軍が出陣する直前になっていた。
「縁殿、申し訳ありません……」
「いや、さっきのは仕方ないと思う、けど。最前線って、嘘だよね?」
申し訳なさそうに近づいてきたクリスさんに話しかけると、クリスさんは悲痛な表情を浮かべながら僕の腕を掴んで歩き出した。
向かう先を見れば、そこには“あの”門があって。
僕はさっきの言葉が本当だったのだと思うのと同時に――既に矢と魔法が飛び交う地獄の戦場へと足を踏み入れた。
「“対魔法粉塵”を散布後――つまり、今行われている“牽制”が終わり次第、我らも前進します。先ほどは最前線配置と言われていましたが、縁殿は前線部隊の少し後方を維持して動けばよいので、前の兵士が倒れたらリバージョンで治してあげてください」
「い、一番前じゃなくて、いいの?」
「縁殿は勇者様です。あの“ゴミ男”の命令なんて聞く必要はありません。……心配しないでください、縁殿の分は私が戦いますから」
クリスさんが代わりに戦うって、そんなの。
「さて、無駄話はこれくらいにして――ここからは集中ですよ、縁殿。この規模では流石に、私だけでは守り切れませんから」
『守り切れない』
その命のやり取りを意識させる言葉に、僕は下に向きかけていた視線を前へと向けた。
そうだ、今は……何かを考えていられるほど、余裕なんてない。
僕が動かないと、それだけクリスさんが危険になってしまうんだから。
もう、僕を庇ったせいで誰かが死ぬのは――絶対に、嫌なんだ。
僕は震えそうになる足にグッと力を入れて、兵士さん達と一緒に戦場へと向かう。
けれど、意気込んで踏み出したはずの、その場所は、戦場というモノは。
――僕が思っていたモノなんかよりも、ずっと恐ろしい場所だった。
「ぐぅっ!」
「っ、リバージョン!」
目の前にいた兵士さんに魔法が直撃したのを見て、反射的にリバージョンを使う。
しかし、そうしている間にも前方にいた兵士さん達には火球が降り注ぎ、後続の兵士さんがそれを助けようとした瞬間、その周囲すべてに雷が落ちてきた。
「助けないとっ!」
その惨状に駆け寄ろうと、足を向ける。
けれど、クリスさんに腕を引かれ――
瞬間、僕が踏み出そうとした先には大量の氷槍が突き刺さり……その向こうにいた人達は、既に動かなくなっていた。
「縁殿、落ち着いてください!」
クリスさんにそう言われるも、僕は何を落ち着けばいいのかすらわからなくなっていた。
目まぐるしく変わる状況、前後がわからなくなる感覚、どこから攻撃が飛んでくるかわからない緊張感。
そして、1秒後には死ぬかもしれないという、絶対的な恐怖。
今居る場所は一番前じゃないはずなのに、目の前に底の見えない崖が広がっているかのように錯覚してしまう。
「死ねぇえええ!!!」
「っ!」
叫び声に目を向ければ、そこには全身に炎をまとった男が前線の数人を吹き飛ばしながらこちらに駆けてくる光景があった。
明らかに僕を見ている、僕を攻撃しようとしている、剣先が僕の胸に向いている。
そう認識した瞬間、僕は不壊の剣を振り上げて――何の手加減もせずに、飛びこんできたその男を横薙ぎに吹き飛ばしていた。
「ぐぅっ……!?」
男の全身から響くたくさんの“何か”が砕ける音に、吹き飛ばされた先で首が落とされたその光景に、勝手に身体が震え始めた。
なにこれ、なんなのこれ。
誰も殺さないようにだとか、できれば手加減して倒すだけにしたいとか、言ってられない、余裕がない。
戦わないと死ぬ、必死じゃないと死ぬ。
クリスさんはこれを大規模の戦争だと言ったけど、前の時とはあまりにも違う。
僕は今まで、戦争が何なのかを理解した“つもり”になっていただけだった。
「流石、勇者様だ。ありがとうございます!」
「おぉ、我らには勇者様がいる!勝てるぞ!」
さっきの攻撃を見た最前線の兵士さんが次々に声を上げて、盾を構えながら横並びで突撃していく。
隣の人が倒れても止まらず、早歩きのような速度で。
まるで壁が動くかのような圧倒的な行進。
けれど、それは相手も同じだった。
数秒後、帝国軍とリベリア軍の前線が真っ向からぶつかり合い、けたたましい金属音と様々な咆哮が戦場全体に向けて響き渡った。
「くらえ、畜生共め!」
「死ね、帝国の犬がっ!」
兵士さんはたくさんの血を流しながらもお互いを殺し合い、血でぬかるんだ地面は土砂降りの雨が降ったかのようだった。
僕のいる数メートル先の光景なのに、まるで現実感がない。
「り、リバージョン。リバー、ジョン」
馬車で見た時よりも近くて、目の前で、たくさんの人が死んでいく。
さっき『ありがとう』って言ってくれた人も、声を上げて豪快に笑っていた人も次々と倒れて。
僕は手の届く限りの人達を全力で治したけど――その人達の武器は、当然リベリアの人達へと突き刺さることになった。
噴き出す血潮、絶望に染まった絶叫と共に、たくさんの命が枯れていく。
僕はそれを見ているだけ――なんかじゃない、そうじゃない。
野戦病院で死にそうな人たちを治した時、僕は人を救えるんだって満足感に溢れていた。
今だって、最初は人を救えてよかったと思っていた。
だけど、僕が兵士さんを助ければ、代わりに“相手が死ぬ”。
助けなければ兵士さんが死んで、その後に僕達が死ぬことになる。
リベリア貴族の私兵部隊を倒した時のように、“敵を殺すことで味方を救っている”。
そんなの違うって、そんな救いは間違ってるって。
わかっているのに――いや、わかっていても、助ける手は止められない。
『戦争とは――戦いとは、何かを選択することです。例え選び取った先に受け入れがたい現実があったとしても、それを認めねば先へとは進めません』
そうホルトンさんが言っていたように。
僕は名も知らないリベリアの人達が死ぬことよりも、友達や知り合いが死んでしまうことの方が、嫌だったから。
それが僕の選択、だったから。
きっと、皆こうだったんだ。
殺さなければ、大事なモノが、自分が、殺されていた。
皆そう思って、戦うしかない状況で、どうしようもないから相手を殺すしかない。
それを悪者扱いなんて、どうしてできるだろう。
こんな現実を前に、皆を助けるなんて。
絵本の勇者のように全員を救うだなんて綺麗事、言えるわけが――
「うぐっ!?」
突如走った強烈な悪寒と胸の痛みに驚いて、自分の体に目を向ける。
傷はないから魔法とか矢で攻撃されたわけじゃなさそうだけど……なんか、普通じゃない気がする。
「そういえば前にもこんなことがあったような?」と、思いながら視線を戦場へと移せば。
「え?」
思わず声を上げた僕のすぐ近くに――男がいた。
いつの間にか“まばら”になっていた兵士さん達の間をすり抜けたのか、体中を血塗れにした男が剣を突き出しながら目の前に迫っていた。
突然の不調に気が抜けていた僕はそれに対して反射的に、訓練通りに、カインさんと戦った時みたいに、とっさに動いて。
気付けばその人は僕の足元で仰向けに倒れていて。
そして、すぐに駆け寄ってくれたクリスさんが――素早く、その首に剣を突き立てた。
「何で、こんな」
言葉を漏らしながら、自分の手にある不壊の剣を見る。
その剣に血は一滴も付いていなかったけど、魔王復活を止めるためにと砦の人達やリベリアの人達を襲い、今もリベリア軍との戦争に参加している僕は……周りの兵士さん達と何も変わらない。
血が付いていようと、なかろうと、この人は僕が殺したようなモノだ。
だけど、野戦病院に引きこもって支援に徹していたとしても、きっと僕の代わりの誰かが同じことをしただけで。
治った人が、誰かを殺しに行くだけで。
僕は人を助けたかっただけなのに、死ぬ人を減らしたかっただけなのに、こんなの結果的に死ぬ人を“入れ替えてる”だけだ
戦ってもダメ、治してもダメなら……一体、僕には何ができるの?
自分が何でここにいるのか、何すればいいのかわからなくなっていく。
けれど、そんな時。
「――トントでの借りを返しにきた、恐れを知らないものから向かって来い!俺は全てを迎え撃つ!!」
声が、聞こえた。
忘れようもない、あの元英雄の声が。
「っ!」
顔を上げて、必死に姿を探す。
すると、兵士さんが入り乱れる戦場の中に、その人はいた。
「クソッ、ユカリ!聞いているんだろ!?お前が出てこないと“犠牲が増える”んだよっ!」
周りの兵士さんを薙ぎ倒しながら不敵に笑う元英雄は、トント村での時と何も変わらない。
きっと必要以上に人は殺していないし、魔王復活なんてたくらんではいないんだろう。
あのヴァンさんが信頼するほどだから、本当に英雄なんだと思う。
でも、止められなかった。
「何が犠牲だ!それならあなた達が引けばいいでしょう!」
こんなことが言いたいわけじゃない。
こんな自分勝手な理屈を本気で思っているわけじゃない。
でも、ホルトンさんが死んでしまった時の記憶が強烈に蘇って、身体が言うことを聞かなくなっていた。
「ユカリッ!来ているのならこちらへ来い!お前の好きな犠牲のない戦場だ!!」
この地獄を見ている癖に犠牲のない戦場なんてバカにしてる。
それが誘導するための言葉だとはわかってはいても、挑発しながら手招きをする姿を見て僕は無意識に一歩を踏み出し――いや、ダメだ。
「ここを離れたら、また……」
呟きながら、周りを見る。
“何故か”僕の近くには敵が殆ど来ていないけど、少し先を見れば未だにたくさんの兵士さんが戦っている。
それなら、こんな所で立ち止まってないで、あの人達を助けに行かないとダメなはずなんだ。
そうでないと、また、僕は後悔を――
「縁殿、英雄を追ってください」
「えっ、そんなの、だって……」
「ここは“引き続き”、私が何とかします。あの英雄に聞きたいことがあるのでしょう?こういう時くらい、役に立たせてください」
こういう時くらいって……いつも助けられてるのに、何を言ってるんだろう。
そう言い返したかったけど、戦場の真ん中で会話をしている余裕なんてない。
僕は少しだけ悩んでから――クリスさんの提案を受け入れることにした。
本当は、今すぐにでも前線の兵士さんと合流をするべきかもしれない。
だけど、僕はこれ以上、“誰かを助けたことで違う人が死ぬ”、この光景に耐えられなかった。
この悲劇を根本的に止めないといけない。
戦争が止められないなんて諦めちゃいけなかったんだ。
僕にはわからなかったけど、あの人なら――世界を救った英雄なら、きっとその方法を知っていると思うから。
「クリスさん、ありがとう。すぐに戻ってくるから――」
けれど、僕があの人を追いかけようと足を踏み出した、その時。
突如、周囲に激しい暴風が吹き荒れて。
――戦場の上空に、巨大な“龍”が出現した。




