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70 砦防衛戦

「え、リベリア軍が攻めてきてるの?」


「はい、しっかりとこの目で確認してきたので間違いありません。テントの数を見る限り、同規模程度の軍が既に展開を開始しているようです」


 砦へと帰還してラーファの怖い一面を知ってから、その翌日のこと。

 ラーファやサラと部屋でのんびりしていた僕の元に届けられたのは、緊張を顔に浮かべたクリスさんからの衝撃的な報告だった。


「あんなにボロボロにされてた癖に、もう集まってきたわけ?」


 お菓子に伸ばしたはずの手をさまよわせたサラがクリスさんに質問した。

 いつもならムシャムシャしながら話すのに、珍しい。


「遠目で見たところ傭兵の数が多かったので、正規の軍人は足りてなさそうでしたが……。どちらにせよ、私のやることは変わりません。何人集まろうと斬り捨てるのみです」


「ふふん、珍しく意見が合ったわね。あたしも今度こそ大活躍――」

「サラはラーファ様の護衛として最も後方に配属される予定なので戦う必要はありません。例え誰かに命令されたとしても、危ないことをしてはダメですからね。トント村の時みたいに怖ーい思いはしたくないでしょう?」


「なにが『怖ーい』よ、バカにしてるでしょ!というか、トント村のはちょっと負け――じゃなくて、油断したってだけなのに、納得できないわ!」


 不満げなサラをクリスさんが宥める。

 それだけを見ればいつもの光景だけど……やはりというか、話す内容は相手を倒すとか、殺すとか、そういう感じになってしまっていた。

 それが絶対に間違っているとか、気持ち悪いとかは、もう思わない。

 でも……。


「ゆ、縁様、大丈夫ですか?気分が優れないのであれば、わたくしが2人をお止めしますが……」


 震えるようなラーファの声に、ハッとして“顔を上げる”。

 いつの間に顔を伏せていたことに、自分でも気づかなかった。


「大丈夫、もう“あんなこと”はしないから。心配かけて、ごめんね」


「え?いや、その、わたくしは縁様がああなっても当然だと思っているというか、間違っているのは縁様の教義に沿わない世界の方に違いないというか――ふぇ!?」


 聞き取れないほどの早口で慌て始めたラーファに微笑んでから、心配させないようにその頭を撫でる。

 そうだ、僕は前科があるから――今の態度は心配させて当然だったんだ。

 特にラーファには振り払う時に怪我までさせて……。

 トント村の時も、今も、僕はラーファに迷惑ばかりかけてるんだよね。


「ありがとう、ラーファ。『ラーファを守る』って約束すら守れてないのに優しくしてくれて」


「ありがとうなんて、そんなのこちらの台詞です。縁様はわたくしとの約束をちゃんと守ってくれています。だからこそ、こうして今も一緒にいられるんですから!ずっと、ずっと一緒ですからね、えへ、えへへへへ」


 自分でもふがいないと思うくらいなのに。

 それでもラーファは優しい笑みを浮かべて、一緒にいたいと言ってくれた。

 年下の女の子がこんなに頑張ってるんだから、いつまでも暗くなってるわけにはいかないよね。


「見て、クリス。またラーファが猫被ってるわよ」


「令嬢にとっての猫被りはマナーのようなものですから。むしろ、あれで縁殿が救われているという事実に私達は感謝しなければなりませんよ。まぁ、私に関しては同じ役目が上から期待されていただけに……少しだけ悲しいというか、申し訳ないというか、微妙な気持ちになってしまうのですが」


「んー、役目とかよくわからないけど元気出しなさいよ。すごく困ったことになっても、あたしが魔法で何とかしてあげるから――」

「うぅ、サラは優しいですね。今更ですが、出会った当初に『顔が可愛いだけの魔物』とか思ってて、ごめんなさい」


「うひゃぁ!?いきなりくっついてきたら驚くじゃない――って、何よそれ!?ふざけるんじゃないわよ!」


 2人が何を話していたのかはよく聞こえなかったけど、あっちも楽しそうだね、うん。

 皆の元気に後押しされるように、僕はネガティブな気持ちを心の底へと押し込んで「よし!」と気合を入れる。

 まだ、考えはまとまっていない。

 それでも、僕は僕らしく――今度は後悔しないように、前へと進むんだ。


 こうして、戦争再開の気配に慌ただしくなった砦内での日々は驚くほど、あっという間に過ぎていき――。



 5日後、遂にその日は訪れた。



「すごい人数だね……」


「本国から拡充された戦力も含めて、今回の戦いで動員されるのは4000人ですからね。大規模、と言ってもよいかと思います」


 クリスさんの言葉を聞きながら窓から外を見下ろしてみれば、砦の中では大勢の人達が戦争に向けての準備をしていた。

 今見えているこの人達は、これから戦争で死んじゃうかもしれないんだよね……。


「せっかく砦にいるんだから、外に出なくてもいいような気がするんだけど。本当に行かなきゃダメなの?」


「その気持ちもわかりますが、“教本によれば”籠城とは援軍が期待できる時に行う時間稼ぎのことらしいのです。今回は兵数で我らが勝っているので、こもる理由がないとか何とか。尤も、我ら帝国軍は平地での戦いを得意としているらしいので……そういう意味でも城では戦いたくないというのが本音なのだと思います、多分」


 戦わずに済むかなって思ったけど、ちゃんと理由があるなら難しそうだね。

 やりきれない気持ちで溜息をついて、僕はもう一度外の兵士さん達を見下ろした。

 槍や剣、盾、見慣れない道具の数々。

 それらを手に持って笑ったり、真剣な表情だったりと、人によって様々だったけど――僕にはその誰しもが、どこか緊張しているように見えていた。


「今見えている通り、戦場に赴く前の兵というのは気が立っていますから、あまり近づかない方がよいでしょう。絡まれたり、難癖をつけてきたりと、男というのはろくでもない者が大多数ですからね。縁殿も気を付けてください」


「クリスさん、僕も男だけど――」

「縁殿は可愛いので大丈夫です」


「可愛いって、関係あるの……?」


 割りこむ勢いで放たれた言葉に首を傾げてみるも、クリスさんは微笑むだけで何も言わなかった。

 前から思っていたけど、クリスさんは可愛さに重きを置きすぎだと思う。

 絶対、サラやラーファの事も可愛いってだけで信用したよね……まぁ、僕が可愛いかどうかは、議論する必要があると思うけど。


「縁様、クリス様。準備は――って、どうされました?」


「おおかた、クリスが気持ち悪いこと言ったのよ。そんな感じの魔力が視えるわ」


「失礼な!私は縁殿が信頼できるという話をしていただけです!」


「そんな話だったっけ?」と、思いながら振り返れば、そこには“いつも通り”のサラとラーファがいた。

 今回、僕とクリスさんは戦うかもしれないから鎧も含めて既に全部着込んでいる状態だけど、改めて見れば2人の服装は戦場に出る予定とは思えないくらいに薄く見える。

 いくら後方に配置されるとはいえ、鎧とか着なくて大丈夫なのかな?


「2人は準備とかしないの?鎧とか、武器とか」


「あたしは魔法があるし、パパ――師匠から貰ったローブもあるから平気よ。破けてもいつの間にか直ってるし、便利なのよ、これ」


 そう言って、サラは自慢げに胸を張った。

 大杖の方はただの棒切れだったらしいからローブもそうなのかと思っていたけど、そっちは魔装具だったんだね。


「わたくしは鎧なんて着たら重くて動けなくなってしまいますから仕方ありません。残念ですが、この司祭服だけで精いっぱいなんです」


「この中で2番目に力持ちな癖して、よく言うわ――」

「サラちゃん、それ以上言ったら今日のクッキーは取り上げますからね」


「お、お菓子を人質にするなんて……!?ズルいわよ、ラーファ!」


 うん、本当にいつも通りだね。

 下で準備をしている人達みたいに緊張することもなくて、僕みたいに不安を感じている様子もない。

 前はそれが気持ち悪く感じたけど、今は少しだけ心強く思える。


「あのクソ野郎――もとい、サミュエル・ジル・ギレット上五位の指示によると、サラとラーファ様は後方で魔術師部隊の支援に回るそうです。恐らく、危険はないでしょうが……2人共、十分に注意してくださいね」


「誰にモノ言ってんのよ。あたしが守るんだから、危険なんてあるはずないわ!」


 サラがまたしても胸を張る――が、その言葉に、僕は不安しか感じなかった。

 “フラグ”っぽいとも思うんだけど、それ以上に……サラはトント村でひどい目に遭ったらしいから。

 クリスさんは出会った頃からサラの事を化け物呼ばわりしていたけど、今はそれも安心する材料には思えないというか……。


「むしろ、心配しないとダメなのはリベリアの方よ。今回はそれなりに本気だしてあげる予定だから、うっかり全滅しちゃうかもしれないわね!」


 あぁ、すごく不安になってきた……!

 今からでも頼んで、僕も後方配置にしてもらおう――なんて、考えは既に遅く。

 作戦開始前の角笛を皮切りに僕とクリスさんは2人と別れ、集合場所へと向かうことになった。

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