06 初めての戦闘訓練
「え、戦闘訓練?」
「はい、明日から私と共に参加してもらいます。よろしいですね?」
自己紹介の後、クリスさんから飛び出した言葉に僕は驚きを隠せなかった。
まさかまさかの戦闘訓練、しかも明日から。
展開が早い、早すぎるよ。
僕の体感的には昨日死んで、さっき生き返ったみたいな感じなのに、いきなり訓練なんて怒涛の展開すぎるんじゃないかなぁ……。
「いいけど、その、僕あんまりうまくできないかも……」
「ふふふ、心配しなくても平気です縁様。いくら勇者様と言えど、最初は戦う力を持っていないことが多かったと聞いています。気負いはせず、徐々に慣れていきましょう」
あ、歴代の勇者さん達にも戦えない人っていたんだ。
恐らく僕の運動できないレベルは誰よりも上だろうけど……それでも、ちょっと安心した。
「うっわ、猫被ってますよこの偽メイド――熱っ!?」
「うわぁ!大丈夫!?」
クリスさんの大声にびっくりして目を向ければ、何故かその手には熱々の紅茶がかかっていて、その横ではセーノさんが申し訳なさそうな表情でティーカップを傾けていた。
「あぁ、すみませんラインハルト上級騎士様。少し手を滑らせてしまいまして、冷やすモノをお持ちするので少々お待ちください」
どうやら、セーノさんの手が滑ってしまったらしい。
セーノさんはクリスさんの耳元で何かを呟いた後、素早く退室していった。
「「……」」
そうなると当然、部屋には不機嫌そうなクリスさんと僕の二人きりになるわけで。
そこに会話なんてあるはずもなく、結果としてとても気まずい感じになってしまった。
うっ、何か話さないと……よ、よーし!
「あの、手は大丈夫――」
「そ、そういえば勇者殿はどういった武器を使うのでしょうか?」
え、武器?
同時に話し始めちゃったせいで、僕はすぐに反応することができなかった。
早く答えないと――あ、でも変なことを言ったら怒られるかもしれない。
どういう風に答えるべきか、顎に手を当て唸っていると、
「……」
「ひえっ!?」
お、怒ってる!?
僕が返答に悩んでいる内に、いつの間にかクリスさんの眉間には皴が増え、雰囲気も怖いものへと変わっていた。
こ、これは悩んでる場合じゃない……!
焦った僕は正直に、ありのままを答えることにした。
「ぶ、武器なんて使ったことない、です……」
「は?ない?では、素手で?」
「いえ、戦ったこともない、です……」
僕の言葉にクリスさんは目を見開いて驚くと、何やら考え込んでしまった。
どうしよう、まずいことを言っちゃったかな。
「……では、最初は剣がよさそうですね。ここでは一番使われる武器ですし、覚えて損はないでしょうから」
「へ?怒らないの?」
てっきり怒られるかと思ってたのに、想像とは違ってクリスさんの言葉は優しいものだった。
「むしろ正直に話してくれて助かりました。自分の実力に見栄を張るほど愚かなことはありませんし、最初は誰もが初心者なのです。あの偽――ではなく、メイドが言っていた通り、焦る必要はありませんよ」
あれ、もしかしてクリスさんって、怖い人じゃない?
“とある”期待を抱きながら、僕は勇気を出してクリスさんに話し掛けた。
「あ、あの、質問なんだけど、護衛騎士って何?専属ってことは、これからも一緒にいるってこと?」
「護衛騎士とは――あぁ、そういえば勇者殿は別の場所から来たのでしたか。では、帝国における騎士の扱いから教えましょう」
クリスさんは人差し指を立てながら微笑むと、騎士について教えてくれた。
曰く、帝国における騎士とは前世でいうところの貴族のような特権階級のことであり、皇帝陛下の命令に従って国を動かすのを仕事にしている偉い人達を指す言葉らしい。
ただし、血筋を重視する貴族とは違って帝国騎士は完全な実力主義。
武勲を立てた家だろうと王族だろうと、弱ければ排斥されるのが常の怖い世界なんだとか。
「まぁ、実力といっても強さの事だけではなくて政治力や経済力も含まれますから。皆、自分の強みを活かして上を目指すことになります。あ、“上”というのは階級の事でして、帝国騎士には下級と上級、その後に壱位から五位までの位があり、数字が若くなるほど身分が上になるのです」
ふむふむ、それに照らし合わせるとクリスさんは上級五位だから、半分より少しだけ上ってことになるのかな?
と、少しの疑問を感じたところで、クリスさんの説明がちょうどその辺りに触れてくれた。
「ちなみにですが下級壱位と上級五位には大きな壁があります。階級としては近いのですが、求められるものに戦力面での強さが加わり、上級への認定試験では武力、指揮能力とあらゆるものが問われることになります。私の場合は腕前のみで突破しましたが……基本は総合的に判断されるようですね」
腕前のみって。
僕は戸惑いながら、クリスさんの体をまじまじと観察する。
背は僕よりも頭一つ分高いけど、体も細いのに……どこにそんな力があるんだろう。
「話を戻しますが、護衛騎士とは騎士の中でも個人のお付きや護衛などを任される役職の一つです。本来なら上級騎士がやるような役職ではないのですが、私は……」
そこまで話して、クリスさんは憂鬱そうに溜息をついてしまった。
もしかしたら、僕にはわからない不満があるのかもしれないけど……。
今の話を聞く限り、クリスさんは腕前もすごくて、上級騎士で、役職も貰ってるってことだよね?
見た感じ歳も近そうなのに、“僕なんか”とはえらい違いだよね、うん。
「クリスさんって、すごい人なんだね!」
「え、えぇ!?い、いや、私は……」
思わず感激しちゃったけど、クリスさんは遠慮をするように手を振って僕から目を逸らしてしまった。
その姿からは最初に見た時のような威圧感は一切感じられなくて、むしろ優しそうで。
しかも、これからは僕専属の護衛騎士になってくれるって話だし。
これなら、きっと僕の“お願い”も――
「そ、そうです。今の内に明日の訓練についての説明をしてしまいましょう。ということで勇者殿?大丈夫ですか?」
「え、あ、うん!大丈夫だよ!」
でも、いきなり頼むのは……ちょっと勇気が足りない、かも。
焦る気持ちをどうにか抑えて、僕はクリスさんから戦闘訓練についての説明を受けることにした。
――なんて、そんなことがあってからの翌日、僕は寒空の下で大勢の人達に囲まれていた。
「お前ら!今日の訓練はあの勇者様にも参加していただけることになった!だらしない姿を見せるなよ!!!」
「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」
“帝国近衛三番隊”の隊長である『アスカル』さんが、全身鎧を着こんだ騎士さん達と叫びあっている。
自分が勇者なんていう当事者でなければ、その熱気にワクワクすることもあったんだろうけど……。
「は、ははは、お手柔らかにお願いします……」
さっきから騎士さん達の期待というか羨望というか。
とにかく、たくさんの感情がぐちゃぐちゃに混ざりあったような視線が突き刺さってきて、僕の心は早くもくじけそうになっていた。
一応、クリスさんの説明によれば、戦闘訓練といっても最初は体力の確認だったりで、過激なことはしないって話だったんだけどね……。
大勢の人の前に出たことすらない僕に対して、この現実は過酷すぎる。
僕は騎士さん達の視線から思わず目を逸らし――直後、いつの間にか隣へ置いてあった“それ”に一瞬で視線を奪われた。
「では勇者様、これを」
突然手渡されたロングソード(?)を恐る恐る受け取りつつ、僕は隣に置いてあるそれ――木で作られた人形と剣を交互に見比べる。
……あの、これ、もしかして?
「しっかり固定してあるので、そちらの武器で思いっきり攻撃していただいて結構です」
やっぱりそういうやつだった!?
驚きながら話を聞いてみるも、アスカルさんからは「剣を使ってこの木人形を破壊すればいい」という答え以外返ってこなかった。
どうやら、断るという選択肢はないらしい。
「新兵全員が行う儀式のようなものですから、団結力を高めるためにもどうかお願いします」
思ってもみなかった展開に視線を彷徨わせてみたものの、頼みのクリスさんはここにはいない。
なぜなら、クリスさんは別の場所にて訓練中で、あとから合流するって話だったから。
「大丈夫です、勇者様。どちらに転んでも貴方を非難する者などこの場にはいません。むしろ、失敗した方が共感を得られてよいかもしれませんな、ハッハッハ」
「そんなこと言われても……」
楽しそうにしているアスカルさんには悪いけど僕は運動経験ゼロという出来損ないなんです、失敗しかありえないんです……。
「でも、今更そんなことを言える雰囲気じゃないし……」と僕が暗い気持ちになっていると、アスカルさんはひそひそと声を潜めて――失敗してもいい理由を教えてくれた。
「ここだけの話ですが、これは新兵の慢心をへし折るためにあるモノでしてな――」
曰く、この儀式は新兵に失敗させた後にアスカルさんが“お手本”として木人形を粉々にする恒例行事らしく、周りにいる騎士さん達は全員儀式の“経験者”とのことだった。
だから、失敗しても経験の共有と共感が団結を生む?だけになるとか何とか。
「できる方が稀ですから、気負いすることはありません。気楽にです、気楽に」
「気楽に……」
アスカルさんの言葉をそのまま返しながら、ちらりと周りを見てみる。
「勇者様だし、隊長並みにやってくれるんじゃないか?」
「でも、子供だぞ。あまり期待をし過ぎるのもな」
「バカ、見た目で侮るなって。“御伽噺”で散々聞いたことあるだろ」
「勇者様可愛い」
最後の方の声はよく聞き取れなかったけど、すごく期待されてる気がする!?
緊張で痛む胃を抑えながら、僕は木人形の前に立った。
……あっ、こういう時ってやる前に何か一声掛けた方がいいのかな?
「ぅっ、が、がんばります!」
騎士さん達の方を向いて意気込んだ瞬間、視線から飛んでくる感情が更に濃くなったような気がした。
もしかしたら、墓穴を掘ったのかも、やらなきゃよかった。
背中からバシバシと感じる何かを頑張って気にしないようにしつつ、僕は目をつむりながら、ありったけの力をこめて剣を振り下ろした。
「えい!」
「「「は……?」」」
手応え、はあった気がするけど、どうなったの……?
騎士さん達のあ然とした声に、恐る恐る目を開く。
すると、そこには真っ二つになった人形と、へし折れた金属の支柱。
そして、柄からぽっきりと折れた剣身が……僕の目の前に転がっていた。
「あ、アスカルさん、これ、どうすれば……?」
恐らく、力任せに振りぬいたからこうなった、とは思うんだけど。
いやいや、それってどんな怪力なのさ!?
僕はいつの間にこんな化け物みたいな力を――
『時間が無いので要点だけをお伝えします。貴方に授ける能力は2つ、私の“神としての権能から派生した能力”と、“肉体を強化する能力”です』
……そういえば神様が肉体を強化する能力を授けるって言ってたっけ?
え、どう考えても強化しすぎじゃない?
もう人間じゃないよ、これ。
「さ、流石は勇者様だ!華奢な体とあまりに不釣合いな力、まさしく伝説通りだ!」
でも、あの、剣が折れて――え?訓練用だから問題ない?
とりあえず、それはよかった……けど。
「おい、魔法無しで支柱まで折ったぞ」
「聞いた話によれば戦ったことも、剣を握ったこともないってことだが……」
「本当なら、末恐ろしいな……」
アスカルさんの声を皮切りに、騎士さん達の騒ぎが大きくなった。
殆どは勇者をすごいって言ってくれる声だけど――
「かわいい上に強いとか最強か!?」
いや、僕は男だから――って、あれ?待てよ?
セーノさんも僕のことを女の子だと勘違いしていたけど、あれって僕と会話を交わした後に出た発言だよね?
そうなると、僕は見た目だけじゃなく声まで女性的ってことになる、の……?
「これはラインハルト上五位以来の武闘派女性騎士の誕生も近いか?」
「バカ、勇者様だぞ。俺らみたいな騎士の枠に収まるわけないだろ」
――もしかして、僕って女だと思われてる!?
「僕は男です!男ですから!!!」
女顔で声も女性的なら、そりゃ女性って思うかもだけどさ!
僕は男なの!お・と・こ!
「な、え?勇者様は男性なので……?」
アスカルさんまで!?
うぅ、やっぱり勘違いしてたか!
「メイドのセーノさんに確認してみてください!説明してくれますから!」
実はクリスさんが帰った後、部屋に戻ってきたセーノさんに体を拭かれたんだけど――
と、とにかく男性だと信じてもらえたから!大丈夫なはず!
「説明ですか、まさか確認を……?」
アスカルさん、その部分は深く考えないで。
「う、うむ。わかりました、勇者様がそうまで言うのならば、本当なのでしょう」
流石は三番隊の隊長さん!話がわかる!
僕の中でアスカルさんの株がうなぎ登りだよ!
「お前ら!勇者様は見目麗しく、お綺麗だが、紛れもなく男性だ!間違えても失礼なことをするなよ!!!」
「え、マジ?」
「あれで男……?」
「でも、かわいいよなぁ」
「男でもいい」
騎士さん達がアスカルさんの言葉に反応して、呟きを漏らす。
一部の呟きは小さくて聞こえなかったけど、どうやら信じてもらえたみたいでホッとする。
「よし!それでは訓練を開始する――前に片づけだ!総員、駆け足!」
アスカルさんの号令に騎士さん達は素早く動き、あっと言う間にお立ち台やらなんやらを片付けてしまった。
そして、とうとう訓練が始まるみたいなんだけど……正直、もう精神的に疲れているというか。
でも、サボるわけにもいかないよね、頑張ろう。
「では勇者様、まずはあなた様の能力を把握したいと思います」
アスカルさんが走り込みを開始する騎士さん達を見送りながら、僕に向かってそう言った。
僕も自分の能力がまったく分かってないんだけど、どうやって把握するんだろう?
「ということで申し訳ありませんが、部下達と共に防具をつけたままの持続走をお願いしたいのです」
防具をつけたまま?
つまり、訓練前に身に付けさせられたこの胸当てとか、チェーンメイルとかをひっくるめてってことだよね。
その状態で走るって、大丈夫かなぁ。
「い、行ってきます!」
ただ、さっきの件を考えると、僕の体が相当おかしなことになっているのは間違いないし。
言われた通り、とりあえずは頑張って走ってみよう。
僕は騎士さんの真似をしてビシッと敬礼した後、走っている騎士さん達の団体に合流した。