66 舞台裏(クリス、ヴァン視点)
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「縁殿とサラ、あの2人だけで本当に大丈夫だったんでしょうか……」
「まぁまぁ、クリス様。わたくしの方でもいろいろとやっておきましたから、そこまで心配する必要もないかと思いますよ」
大興奮したサラと引きつった表情を浮かべていた縁殿を見送ってから、しばらくして。
何故か私の部屋にはラーファ様と、その従者――常に恐ろしい気配をまとっている狼獣人が我が物顔で椅子に腰かけていた。
「とは言ってもですね?縁殿はあれで抜けているところだらけですし、サラは強そうに見えても本番では弱いタイプなんです。心配するなという方が難しい――」
「つまり、ラーファ様の意見に文句があると?」
「ひぃっ!?いえ、そういうことではなくて……」
自分でも情けないと思える声を出しながらベッドの後ろに隠れる。
ラーファ様はともかくとして、この獣人は……私的にはかなり苦手な存在だ。
男で獣人、しかも英雄レベルの強者。
もし、これが暴れでもしたら、私ではきっと太刀打ちすらできないだろう。
ただでさえ亜人は何をしでかすかわからないというのに同室に置くとか勘弁して欲しい、というのが偽りならざる本音だった。
「ヴァン、貴方は話を邪魔しに来たんですか?」
「いや、俺は普通にどういうつもりか聞いただけ――」
「では、黙ってなさい。いいですね?」
「はい……」
けれど、そんなおかしい存在でさえも従えてしまうというのが、ラーファ様の怖い所でしょうか。
最近は普通に接しすぎて忘れていましたけど、大国のお姫様なんですよね、この人。
王族と一言会話できるだけで信じられないことだというのに、一緒にこんな所まで来て、馬車で移動する際は笑顔で野宿までして?
本当に変わっている人、と言う他ない。
「実はクリス様に……とっても大事なお話がありまして」
「大事な、話?」
ラーファ様の真剣な声音にベッドの後ろから顔を出す。
すると、ラーファ様は胸の前で手を組み、懇願するような表情で――信じられない話を私に聞かせてきた。
「クリス様は、聖騎士になるつもりはありませんか?わたくし直属――いいえ、わたくしと縁様の直属として剣を振るってもらいたいのです」
……は?聖騎士?直属?
突然の、それも理解できない単語の羅列に頭が真っ白になる。
けれど、ラーファ様は私の理解を待たずに次々と言葉を続けた。
「わたくしは縁様と結婚“します”が、そうなれば縁様は王族――“聖王”として、聖都へと所属を換えることになるでしょう。サラちゃんは簡単についてきてくれると思いますが……クリス様は帝国騎士ですから、ついてきてもらうには聖騎士という形で迎える他ないと考えたのです」
「ちょちょ、ちょ、ちょっと、待ってください!け、結婚ですか!?」
思わず立ち上がり、その言葉に待ったをかける。
薄々、そんな気はしていましたが……まさか、本気で結婚するつもりだったとは。
「な、なぁ、ラーファ。その話、俺も初耳なんだが」
「誰にも言ってないんだから当然でしょ?まぁ、反対する者がいれば、それはその時に対処いたしますし、何も問題はないはずです」
いや、誰にも言ってないって。
獣人にそっけなく言葉を返すラーファ様に驚きながら、私も続けて声を掛ける。
「貴族の結婚は政略が常――それは聖女であっても変わらないと考えていましたが……?」
「もちろん、これも政略結婚ですよ?勇者様の血が入ることで、聖都はその権威を確かなものとするのですから。偶然――そう!偶然、勇者様がわたくしの運命の騎士様だったというだけで、えぇ」
それであの腹黒と名高い司教達が納得するとは思えないのですが……。
いや、そもそも他国の姫と勇者の結婚なんて、帝国が許すわけ――
「『帝国が許さない』と考えているんでしょうけど、反対なんてできませんよ。こんなに戦争、戦争と大はしゃぎなんですから。疲弊している現状で反対を示そうものなら、そこで磨り潰すまでですし」
「っ……」
打って変わったとしか言いようのない真剣な表情に言葉が詰まった。
確かに、この戦争――対リベリア戦は当初の予定より長期化している。
それと、これは父上からの裏話だが……リベリア戦が終わった後に、帝国は“東部諸国連合”への宣戦布告を行うらしいという話も聞いている。
その状況で、例えば後ろから攻撃されることがあれば……恐らく、帝国はただではすまない。
「……それを私が上に報告するとは、思わないんですか?」
「クリス様が上に報告?あはは、するとは思えませんね」
事実を認めたくなくてとっさに言い返してみるも、鼻で笑われてしまった。
私は上五位であり、御三家でもあるラインハルト家の一員だというのに、何故こうも断言できるのだろうか?
視線で問いかけてみれば、ラーファ様はニコニコとした笑みを浮かべて言葉を続けた。
「だって、貴方は縁様の事を何か報告しましたか?いつか帝国を出ていくという話や、現時点で不満を抱え始めていることも……報告、してませんよね?」
「そ、れは……」
――見抜かれている。
その事実に、一瞬で汗が引き、喉は急激に渇きを訴えてきた。
「これは自惚れかもしれませんが、わたくしが酷い目に遭えばどんな理由であれ縁様は怒るでしょう。それに、裏切ったのがクリス様と知れば……陰口を恨んでいた様子ですから、“そういう反応”を示してくることは想像に難くないでしょうね」
「う、裏切りなんて、私はそんなつもりは――」
「いいんです、わたくしはわかっていますから。クリス様も縁様と離れたくないんですよね?いつか帝国を出ていってしまう縁様に、本当はついていきたいのですよね?それなら、友好の証――出向という名目でも、どうですか?聖都の騎士になるつもりはありませんか?無論、クリス様のお父様には、わたくしの方から話をさせていただきますから」
立て続けに放たれる理解できない――いや、理解したくない言葉の数々に、頭の動きを止めてしまいたくなる気持ちを、ぐっと抑える。
……そうだ、本当は気付いていた。
こちらの事情に付き合わせてしまっている以上、私も縁殿の邪魔はしない。
そんな私の想いが、帝国への裏切りになっていることも。
代わりに報告しようとしてくれたホルトン上四位がこの世から去ってしまった段階で、すぐにでも自分から報告を上げて……縁殿が抱える何もかもを踏みつぶし、利用しなければならない、その役目も。
帝国騎士であるのに、縁殿と共に歩みたいと考えてしまっている、そんな自分にも。
ただ、それでも自分には立場があって、家があって、命令があって。
報告は誤魔化せても共に行くことだけは無理だって、心の底では諦めていた事だったのに。
「これは裏切りなどではありませんよ。言うなれば聖都と帝国の架け橋――縁様と一緒に歩める、友好への道なのです。怖がらないでください、クリス様。わたくしはクリス様の事も、お友達だと思っているんです」
目の前に差し出された手を見てから――私はバレないように魔力視を使い、ラーファ様へとそっと視線を向ける。
その瞬間、渦巻くような魔力が視界に映り、同時にその“言葉”が脳内に響いてきた。
『ずっと友達と、皆と一緒に』
『わたくしを信じて、離れないで』
企みはあれど身にまとう魔力に嘘はなく、漏れ聞こえた声からは親愛と――ある種の“必死さ”しか感じられない。
黒い言い方で相変わらずの猫被りだが、やはりラーファ様は最初から真っすぐな少女だった。
であれば、あとは私の問題なのだろう。
「私は……」
瞳が負担を訴えてきたところで魔力視を切り、先ほどの言葉について思考を巡らせる。
出向という事なら帝国騎士でなくなるということもないし、亡命にもならない。
それに両国の友好に繋がるのであれば、きっと父上も――いや、そんな建前はよそう。
これからも縁殿やサラと心では諦めていた新天地への冒険に、私もついていける……本当に、そんなことが叶うのなら。
今目の前に差し出された手を何も考えずに取ってしまいたいと思うのは、私の嘘偽りのない本当の気持ちだ。
でも――
「今はまだ、考えがまとまらなくて答えが出せません。父上にも私から聞かないと、なので……」
私は振り切るようにラーファ様から目を逸らした。
ラーファ様に対しても、自分に対しても、苦しい言い訳なのはわかっている。
しかし、私は帝国騎士で、ラインハルト家で。
騎士としても、帝国民としても、私には責任という物があるはずなんです。
民を自身の手で守りたいと騎士になったのに、守るべき民ではなく感情を取って……今までの何もかもを捨てるかのような選択が、本当に許されるのだろうかと。
そう、改めて考えた時。
私は、何を選択すればいいのか、わからなくなってしまっていた。
「……なるほど、そうですか。では、その気になりましたら、いつでもお声掛けください。この“取引”を抜きにしても、わたくしはクリス様ともっと仲良くなりたいと、そう考えていますからね?」
客観的にも、主観的にも。
あまりにも優柔不断で情けない態度だったというのに。
ラーファ様は蔑むような空気すらなく、私に対して“心の内を感じさせない”ほどに完璧な、花が咲くような笑みを返してくれた。
いつもの得意技――ですが、令嬢というのは多かれ少なかれ何かを抱えているものですし、腹黒くなければ務まらないことも多い立場です。
その点で言えばラーファ様の目的は“縁殿のため”とわかりやすく、偽メイド――セーノと被って見えるほどの強烈な“信仰”を考えれば、役目に縛られた私よりも縁殿に寄り添えることは明らかでしょう。
立場も、何もかもが、私とは違う。
そんなの、最初からわかりきっていたというのに。
……なのに、何故。
「……ありがとうございます」
令嬢であった自分を捨てて、帝国を背負う騎士になったはずなのに。
縁殿に寄り添うラーファ様を想像するだけで……何故こんなにも、胸が痛むのか。
考えても、考えても、答えは一向に出てきてくれず。
鈍い痛みを放つ胸元に手を当てながら、私はラーファ様へと頭を下げることしかできなかった。
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「大変なことになったぞ……」
赤髪の帝国騎士――クリスの部屋から出てすぐ、“俺”はラーファが近くにいることも忘れて頭を抱えた。
あの帝国騎士が聖都に来るというのはまだいい。
問題はラーファが結婚するという話と、帝国への宣戦布告も辞さないという話だ。
「あの話、フィム様にはしたのか?フィム様が知った上で、あの提案をしたのか?」
「だから、誰にも言ってないって言ったでしょ?お母様も知らないというか、まだ考察している程度の段階でしょうけど……。まぁ、問題ないはずです!」
いや、問題しかないんだが……。
軽く宣戦布告と言ってのけるラーファに「教育を間違えたのか?」と思いつつ、俺は諦めずに言葉を続ける。
「しかし、いざそういう事態になったとして、ラーファにその権限はないんだぞ?お前は聖都の姫だが、それでも“姫でしかない”。動かせる戦力もなければ、領地もない。ただの箱入り娘が、どうするつもりなんだ」
大聖堂の中と社交界――いや、社交界と言っても身内のパーティにしか出てなかったか?
そんな小娘が、あの発言とは……まさに大言壮語に尽きる。
俺が視線で問いかけると、ラーファはおかしそうに笑い――まるで当たり前のことを言うかのように言葉を返してきた
「動かせる戦力なんてなくても、帝国はわたくしと縁殿の婚姻を断りませんよ。2つも戦争を抱えようとしているのに――内戦の気配まで、その身に芽生え始めているのですから。むしろ聖都との繋がりを強化できるチャンスだと飛びつくのではないでしょうか?」
「それは……」
ラーファの言葉に、つい先日影が入手した情報が頭をよぎる。
それは帝国内で計画されているというクーデター――皇太子が現皇帝へと反逆するという、噂だった。
リベリアへの宣戦布告に際して両者の仲がかなり険悪になった、という話から出てきた噂だったが……。
しかし、現時点では何も証拠がなく、根も葉もないモノに過ぎないという結論に至った話のはずだ。
「まさか、あの噂を元にあんな話をしたのか?それはあまりにも――」
「あまりにも心もとない、そう言いたい気持ちはわかりますけれど……今の帝国にそれを噂と切り捨てられる余裕はないはずです。それは直に目にした王宮内の様子、ホルトン様の村や、ここに来るまでに目にした数々の村からも容易に察することができます」
そう断言するラーファの目には一切の迷いはなく。
そのあまりにも堂々とした振る舞いに、一瞬フィム様の姿が重なって――いや、待て。
まだラーファは13歳なんだ。
兄代わりでもある、俺がしっかりせねば――
「それにわたくしに動かせる唯一の味方はいますよ。ね、“お兄ちゃん”?お兄ちゃんはラーファの……味方だもんね?」
「うぐっ」
ラーファの上目遣いから、とっさに目を逸らす。
しかし、ラーファは今度は俺の腕を取り……いつもは見せない、甘えた姿を見せてきた。
「お兄ちゃんなら、ラーファのこと助けてくれるよね?」
「いや、だが、俺にも立場が――」
「お願い!お兄ちゃん!」
必死にお願いを口にするラーファに……つい視線を戻してしまった。
すると、見下ろした先にいるラーファは少し涙目で、不安気に瞳を揺らしていて。
あぁ、くそ。
なんで俺は、こんなに弱くなってしまったんだ……。
「わかった、わかった……次、定期連絡で戻った際に、フィム様へは話を通しておこう。だが、あまり期待するなよ?クリスの件はまだしも、婚姻の件はおいそれと決められるものじゃないからな」
「それで十分です。お母様なら多分、許してくれますから!」
まったく、誰に似たのやら……。
打算的に甘えられたとわかっていながらそれに屈した自分に呆れつつ、俺は窓から森の方へと視線を向けた。
そういえば、縁達の“冒険ごっこ”とやらにラーファは『いろいろとやっておきました』と言っていたが、いつの間に手を回したのだろうか。
そもそも、あの森に財宝があるなどという話を俺は“聞いたことがない”うえに、そんな眉唾のような話が本当だったとしても……あのいい加減な2人のことだ、今頃テントすらも吹き飛ばして泣いている可能性すらある。
それをどうやって助けるというのか、俺は純粋に気になった。
「なぁ、ラーファ。縁達の事なんだが、あれは助けなくても平気なのか?信憑性すら怪しい財宝など、奴らに見つけられるわけないと思うぞ」
やっておいたという対処の事も含めて確認しておこう。
そんな軽い気持ちで問いかけたことだったが、ラーファはおもむろに俺の腕を放すと――まるでイタズラに成功したかのような笑みで言葉を返してきた。
「それなら“今”解決したところじゃないですか。わたくしの味方のお兄ちゃんなら……“今から”この財宝を隠して、2人を助けに行くくらい、簡単なことですよね?」
その言葉に、全てを察した。
なるほど、ここまで想定通りだったわけか……。
どうやら、少し前までの……ヨチヨチと自分の後ろを追いかけてきたお姫様は、もういないらしい。
その事実に寂しさを覚えながら、俺は財宝とやらを受け取った後、ラーファの命令通りに縁達のいる森へと駆け出した。
ラーファさんが色々とぶっこんできましたけど、縁君は何も知りません。




