64 帝国と亜人
ホルトンさんの村に訪問してから数日後、再び占領した砦へと戻ることになった僕達は馬車に揺られながらゆったりとした気分で目的地に向かっていた。
「縁ー!馬車飽きたー!!!」
本当にゆったりとした気分で……。
「サラ、我慢してください。砦まではまだ遠いんですから」
「あたしは飛べるから本当なら遠くないのよ!ねぇ、ラーファもそう思うでしょ?飛んで帰りたいって思うわよね?」
「え、何で勝手にサラちゃん側にされてるんです?聖都でわたくしにトラウマを植え付けたことをもう忘れたんですか?」
ゆったり……。
「縁、聞いてる!?2人があたしのことイジメてくるんだけど!あんたが“ズル技を使わない”のなら、この馬車を飛ばしてでも……!」
ゆったりしてないね!
「新しい魔法考えたから!とりあえず飛ぶのはなしにしよう!?」
サラなら本気でやりかねない。
そう考えた僕は、立ち上がりかけたサラに抱き着き、必死に説得を試みた。
すると、サラは立ち上がるのをやめて……何故か僕の肩を掴むと、信じられない勢いで僕の体を揺さぶり始めた。
「新しい魔法!?前は“ばりあ”だったけど、次は何?ねぇ、何?教えなさいよ!」
「酔う!酔っちゃうからやめてぇ!」
馬車も揺れて、僕も揺らされ――つまりは、馬車の揺れとの合わせ技。
もはや拷問に近い揺さぶりを受けながら、僕は新しい魔法案を強引に搾り取られた。
「なるほど、地面から突き出る魔法と上から降らせる魔法。射出地点を変えるなんて考えたこともなかったけど、魔法は自身を起点にしないと発動できないし、どうすれば――ん?いや、待ちなさいよ、それなら“自身を広げて”しまえばいいんだわ。つまり、魔力線を引き伸ばしてから魔法を発動すれば……」
……どうやら、三半規管を攻撃されながらも提案した魔法案はお気に召したらしい。
サラはブツブツと呟きながら僕の隣に腰を下ろし、ようやく大人しくなってくれた。
「縁殿、すみません。私のせいで……」
「いやいや、元は僕のせいなんだから気にしないで」
申し訳なさそうに謝ってきたクリスさんに首を振る。
多分、“リバージョンでの帰還を禁止”した件だと思うけど、これは本当に僕が悪いんだ。
今は解決法がわかったけど、トント村で戻すのに“失敗”した例があるからね……。
「僕は気にしてないよ!」と、改めて笑みを向ければ、ようやくクリスさんは表情を緩めてくれた。
「しかし、それはそれとしてもサラは甘えすぎです。遠いとはいってもあと5日を耐えれば到着なんですから、忍耐が足りません」
ただし、表情を緩めたのは一瞬のことで。
クリスさんは緩めていた表情を引き締めてから、流れるような動きでサラに対してお説教を開始した。
「ふふふ、それはまぁ、サラちゃんですから。むしろ頑張った方だと思いますよ」
「むしろって、何よ。むしろって!あたしはいつも頑張ってるわよ!」
そのお説教にラーファは「しょうがない」というような表情を浮かべながら笑い、一方でサラは唇を尖らせながら2人からそっぽを向くという、お約束のようないつもの光景が繰り広げられていて。
僕はそれを見て――ふと、“本当にサラは忍耐が足りないのだろうか?”と、疑問を覚えた。
「サラの、忍耐」
何も考えずに印象だけで言えば2人の言う通りだとは思う。
だけど、今の僕は今までの自分――何も考えてこなかった自分を認めている。
今も治ってないかもしれないけど僕は能天気みたいだから、何も考えずに決めつけるとひどいことになりそう、というか。
また考えないで結果を急いでしまうかもと思えば、今の僕に考えないなんて選択肢を取れるはずもなく……。
「うーん……」
僕は何かに突き動かされるように、改めてサラと出会った時から今までの事を頑張って思い返してみた。
……思えば、僕とサラが友達になったのってクリスさんやラーファみたいに特別な背景とか事件とか、そういうモノがあったわけじゃない。
偶然出会って、単純に気が合って、やりたいことが重なったからこそ僕達は一緒にいるって感じだ。
そして、そのやりたいことの大きな支柱に最初からサラは『冒険』を挙げていて。
だけど、僕達は冒険なんて殆どしてないというか……。
ん?つまり、サラは、もしかしなくてもずーっと我慢してくれていたような――
「……あれ?」
気付けばサラが一緒にいるのが当たり前になってたけど、僕はそれに甘えて……何も、やってない?
一応、帝国でのことが終わったら冒険に出ようとは約束していて、サラもそれまで手伝ってくれるとは言っていたけど。
それもサラの優しさで、僕自身がサラとの冒険のために何かを努力していたかというと……まったく、そんなことはない、よね。
「あ、あぁ……」
その事実に気づいてしまった瞬間、僕の胸には途方もない罪悪感が押し寄せてきた。
わがままとか、乱暴とか、ちっちゃいとか、暴力幼女とか、いろいろと言った気がするけど……。
僕のバカさ加減に比べれば、サラの短所なんてないようなモノ――では、流石にないけれども。
「というか『むしろ頑張った』ってことなら、笑ってないでもっと褒めなさいよ!ねぇ、縁もそう思うわよね!?」
2人にイジられたせいで頬を膨らませたサラが僕を見上げてくる。
僕は、僕は、もう……。
「サラは、偉いよ。もう、すっごく偉い。だから、笑うなら……笑うなら、僕の事を笑って!この残念で浅ましい僕の事をっ!」
「ちょっ、そこまでは求めてないわよ!というか、何であんた泣いてるの!?」
背中に感じる小さな手の感触に涙の勢いが増していく。
ごめん、ごめんよ、サラ。
「サラはわがままだけど、魔法の話すれば大人しくなるから楽だよね」なんて考えていた、僕を許して……!
「と、とりあえず泣いてる理由を話してみなさいよ。ラーファの顔がすごいことになってきてるし、早めに頼むわ……!」
何故かオロオロとしているサラの声に導かれるように、僕は胸の内に溜まった罪悪感を吐き出していく。
それを聞いたサラは溜息をつきながら、やれやれといった様子で僕の肩に手を置いてきた。
「あのね、あたしがそこまで考えてるわけないじゃない。あんたの考え過ぎよ」
それは自信満々に言っていいことじゃないと思うけど……。
うーん、今度は考えすぎ、かぁ……。
「でも、知らないことが多すぎるって気づいてから、どうしても考えないと不安になっちゃうというか……」
「それなら考えこむ前に聞けばいいじゃない、今みたいに勝手に落ち込まれても困るだけだし。ほら、あの2人とか特にひどい事になってるわよ」
サラの言葉に、涙を拭ってから顔を上げる。
視線の先では何故かパニックを起こした2人がヴァンさんに抑えられていて、なんかもうすごいことになっていた。
……あ、うん。
確かに、困らせてるね。
「縁が悪いのは1人で考えようとするところよ。魔法ならあたし、魔物の事ならクリスがいるし、その他の適当なことはラーファに任せちゃえばいいんだから。あんたはもっと頼りなさい。あたしも頼るからお互い様だわ」
そう言って、サラは小さい手で僕の頭を撫でてくれた。
暖かい手――思えば、僕が泣いてる時とか落ちこんでる時に、いつも優しいのがサラだったよね。
僕もサラに何かしてあげたいな……。
いつも魔法訓練でお世話になってる――よりは、実験台の的にされてボロ雑巾にされているだけの事が多いけど。
王宮ではいつも遊んでくれた――ことよりも、暴れた後の事後処理を押し付けられた事が多かった気がするけど。
ずっと一緒にいてくれた――時はお菓子をせがまれた記憶しかないけど。
あれ、思ったより――いや!サラは大事な、友達だから!
「よし、砦に着いたら冒険ごっこしよう!予行練習的な感じのやつで!」
僕は涙を振り切ってサラの手を握り、勢いよく言い切る。
「冒険、ごっこ……!!!」
すると、サラは驚愕の表情を浮かべ――直後、瞳を輝かせながら懐から長い巻き物(?)を取り出した。
「なにそれ」
「本番が来たらやろうと思ってたことを書いてたの!」
うわぁ、超楽しみにしてたやつじゃん。
ウキウキの極みのようなテンションの高さで巻き物を確認するサラを見て、再び罪悪感に襲われる。
実を言えば、この冒険ごっこは……“今度は”やり残したことがないようになんていう、後ろ向きな理由もあったんだけど。
これだけ喜んでくれるなら言ってよかったよ、うん。
「じゃあ、約束だからね」
「うん、約束ね」
何故か僕の隣――サラとは逆側の席に座ろうとしてきたラーファとヴァンさんの取っ組み合いから意識を逸らしながら、サラと頷きあう。
冒険ごっこの内容をどうするかはまだ決めてないけど、砦って広いし何とかなるでしょ、うん。
こうして砦までの行程はサラが大人しくなったことにより問題なく過ぎていき――
5日後、予定通りに目的地へと辿り着いた僕達は、砦へと掛けられた石橋の前で馬車から降りていた。
本当なら砦の中まで馬車で入る予定だったんだけど、降りた理由は単純明快。
「おぉ、石橋ってこんな感じなのね。ねぇねぇ、走ってもいい?」
「ダメです。はしゃいだせいで転んだら、痛い痛いになっちゃうんですからね」
「何よ、痛い痛いって!あんた、あたしのこと子供だと思ってるでしょ!14歳なのよ、2歳差なのよ!?」
まぁ、つまりは『石橋を渡ってみたい!』ってサラがごねただけなんだけど。
最近は馬車の移動と野宿を繰り返していただけだったしね……気持ちはわかるよ、うん。
「しかし、この石橋も皮肉ですねぇ……。わたくし達とリベリア王国の友好の証――互いの貿易の為に作られた物だというのに、侵攻に使われたせいで川という最大の防衛装置すら機能しなかったんですから。まぁ、長らく不戦だったからと油断している方が悪いのですし?頑丈に作ったのは向こうなので自業自得って感じですが」
クリスさんとサラがワイワイと騒いでいる横で、ラーファはボソリと呟きながら石橋の欄干を手でさすっていた。
なんか、雰囲気が怖いけど……本当にラーファって13歳で僕とサラより1歳下なのかな?
最初のフワフワなお姫様は、一体どこに行ってしまったんだろうか……。
「縁様?何でわたくしをじーっと見つめられて――ま、まさか、遂にわたくしのことを……!?」
「ふぇっ!?いや、その……あ、あぁ、そうだ!川が最大の防衛装置ってどういうこと?普通防衛と言ったら壁じゃないの?」
突然、目を合わせてきたラーファに不穏な気配を感じて、僕は反射的に話を逸らした。
すると、ラーファはポンと手を打ってから、優しく川についての説明を始めてくれた。
もしかしたら、サラみたいに心を読めるのかもとドキドキしてたけど、違うみたいでよかったよ……。
「わたくしは知識の上でしか知りませんが、どうやら川を渡るというのはものすごく大変なことらしいのです。水の中は自由に身動きが取れませんし、鎧を着たまま流れに足を掬われればそのまま死んでしまうことだって珍しくないようで。逃れようと鎧を脱げば矢が飛んできて、そのまま……ということもあり得るとか」
うわぁ、それは……。
「しかも、リベリアは魔法がとても得意な国ですからね。川なんて渡っていたら矢どころか魔法がびゅんびゅん飛んでくるわけです。川と遠距離攻撃は相性がよいみたいですね」
びゅんびゅんと言いながら身振り手振りで説明をするラーファを見て、僕はサラが使っていた複合魔法を思い出した。
前に使っていたのは水魔法と雷魔法のやつだったけど、あれはえげつなかったなぁ……。
「ラーファ様の話の捕捉ですが、水の中は魔法が通りづらいので潜りさえすれば即死することはないかと思います。まぁ、魔法が届かないような深度まで潜ったが最後、後続に踏みつぶされて2度と浮き上がることはないでしょうが」
「それ、どっちみち死ぬじゃない。溺れ死ぬとか考えただけでも怖いし、魔法で死んだ方が絶対にマシよ」
どうやら、ラーファと話している内に2人の戦いも一段落したらしい。
声に目を向ければ、何故かサラが不機嫌そうな表情でクリスさんに“抱きかかえられていた”。
「さて、そろそろ砦に向かいましょうか。諸事情で歩きにくいので、ゆっくりめに」
「歩きにくいならあたしを放せばいい――」
「それはダメです。サラは大人しくお姉ちゃんと一緒に行くんですから」
「く、クリスがおかしくなった!縁ぃ助けてぇ!」
あぁ、抱きかかえられていたのはそういう……。
でもまぁ、クリスさんの暴走はひどいことにはならないし助けなくてもいいかな、うん。
「サラ、よかったね。家族が増えたよ」
「嬉しくない!というか、何で助けないわけ!?頼り合う云々の話を馬車でしてあげたじゃない!」
え、助けない理由?
普通に無理だってこともあるけど、それ以上に……。
「だって、僕がその立場だった時に助けてもらったことないもん」
「それただの八つ当たりじゃない!?助けなさいよー!」
抱っこされて本当の幼女みたいになってしまったサラのヘルプに対し、僕は黙って笑顔で返した。
負の部分はこれでおあいこってことにするから……ごめんね、サラ。
そうして他愛のないことを話している内に、気付けば僕達の目の前には外壁と巨大な門が立ちはだかっていた。
僕が壊した門や、石橋も十分に大きかったけど……やっぱり、メインの入り口となるとサイズ感がすごいね。
見上げれば首が痛くなるくらいに大きい門を見て、僕は改めて感嘆の息を漏らした。
「残念ですが、サラを抱えていられるのはここまで、ですね」
「残念でもなんでもないから、早く降ろしなさいよ。あたしは、さっさと休みたいわ……」
何故か生気を抜かれたようになっているサラを石橋の上に降ろし、クリスさんが門番さんに話しかけに行った。
どうやら、門には小さい扉が付いているみたいで、門を開かなくてもここを通り抜ければ終わり――のはずだったようだけど。
「上級騎士五位のクリス・フォン・ラインハルトだ。勇者様をお連れし帰参したが、通ってもよいか?」
「えぇと、すみません。少しお待ちください」
何故か、門番さんは申し訳なさそうに僕達を止めて――そして、その数秒後。
突如として“門そのもの”が、大きな音を立てて開き始めた。
「何故、門が……」
クリスさんの困惑するような声に、なおも開き続ける門へと目を向ければ、門の向こうには悠然と佇む“眼鏡をかけた騎士”さんと、敬礼の姿勢のまま微動だにしない”大勢の兵士さん”が僕達を待ち構えるように立っていて。
「勇者御一行様!私めの稚拙な砦へ、ようこそおいでくださいました!」
門が開き終えたその瞬間、眼鏡の騎士さんは両手を広げると、僕達に向けて大きな声を張り上げた。
「『サミュエル・ジル・ギレット』上五位……潜り戸があるというのに、わざわざ門を開ける必要があったのですか?」
眼鏡の騎士さん――サミュエルさんの派手な登場にクリスさんは何も驚くことなく、珍しく不機嫌そうに言葉を返す。
けれど、サミュエルさんはそれをまったく気にする様子なく――まるで演劇をするかのような所作で、微笑みと共に言葉を続けた。
「さて、私もゆっくりと歓談したいところなのですが、馬車での長旅はさぞ疲れたことでしょう。砦内に部屋を“3人分”ご用意いたしましたので、どうかご利用なさってください」
3人分という言葉が少しだけ引っかかったけど「部屋が足りないのかな?」と思えば、違和感はなかった。
そう、違和感はないはず、だったんだけど……。
「さぁ、こちらへ」
言葉に表せないようなモヤモヤを誰にも言えないまま。
僕達はサミュエルさんの案内に従って、ロウソクの灯りのみが照らす砦内へと足を踏み入れた。
何だか不穏な終わり方でしたが……サラちゃんなんでね。
暗くはならないような気がします。




