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63 遺された想い

今節はこれでラストです。

次回からはリベリア領内での決戦が始まっていくので、引き続き応援よろしくお願いします。

 

 あれから数日後、僕達はトント村に再侵攻するわけでも砦に居座るでもなく――“とある村”へと訪れていた。


「うわ、すごい有様ね。こんなので人が住んでられるの?」


「サラちゃん、それ村の中で言っちゃダメですからね?」


 2人の声に床から視線を上げて、馬車の窓から外を見る。

 窓の外には帝都や聖都、トント村とも違った雰囲気のある家屋が立ち並んだ、少しだけ寂しい風景があって。

 曰く、ここはホルトンさんの……生まれ故郷の村、という話だった


「縁殿、着きましたよ」


「あ、うん……」


 クリスさんに手を引かれながら馬車を降りて、周りを見渡す。

 村はサラの言った通りボロボロで、畑も森も何もかもが荒れ果てている。


「前にスタネアさんが『国境付近の村では食べる物も困るくらいの貧困に喘いでいます』って言ってたけど、本当なんだね」


「最近は魔物の動きが妙に活発で村々はかなりの被害を受けているらしく、関税の件もあってか潰れる村も少なくはないそうです。恥ずかしながら、私もつい先日父上から聞かされるまで……何も知りませんでした」


 そう言って、クリスさんは悲しそうに俯いた。

 どうやら、帝国の人すべてが知っている事という訳ではないらしい。

 スタネアさんが言うにはリベリアが周辺諸国と手を組んで帝国をいじめてきて、更には侵略がどうとかって話もあったはずだけど。

 もしかしたら、こういう村は……僕が思っているよりも多いのかもしれない。


「皆様、こちらへ」


 帝都からの合流組である別の馬車から出てきたアスカルさんがそう言いながら、慣れた様子で村の中を歩き始める。

 僕達はその背中を追いかけるように歩いて……遂にその家へと辿り着いた。


「“レイク”さん、上級騎士のアスカルです。ホルトンの件でお話があり、伺いました」


 ドアをノックしながら、アスカルさんが家の中に向けて声をかける。

 すると、家の中から大人の女性と小さな女の子が扉を開けて出てきた。


「“パパ”の話だって!ママ、パパの話!」


「こら、急がないの。すみません、騒がしくて」


「ははは、子供は元気なのが一番ですから。前に来た時と比べて、大きくなりましたね」


 その2人はアスカルさんと慣れたように会話をしてから、僕達に会釈をしてくれた。

『レイク』という名前に聞き覚えはない、けど。


「それで……“夫”に何か、あったのですか?」


 “パパ”や“夫”という言葉に嫌でも察してしまう。

 多分、この人達なんだ。


 ホルトンさんの――奥さんと娘さん、というのは。


「その前に娘さんを……サラさん、お願いできますか」


「へ?まぁ、別にいいけど」


 “これからの話”をするために、アスカルさんが娘さんをサラに引き渡した。

 正直、心配すぎる差配というか、何というか。


「あんたは……結構才能あるわね。魔法についてはどこまで知ってる?あまり時間がないから急ぎになっちゃうけど、それでもいいなら教えてあげるわよ」


「へ?エルフのお姉ちゃん、マホウつかえるの!?すごーい!私にも教えて!」


「ふふん、いいわよ。あんたは素直でイイ奴みたいだから特別に弟子にしてあげるわ。着いてきなさい!」


 あれ、意外とうまくいきそう……?

 いつもの暴走気味なサラは何処にいったのか、サラは女の子の手を引くと少し離れた広場まで仲良く歩いていってしまった。

 いつもあれくらい優しかったらいいのに、優しさの基準が謎すぎるよ。


「さて、お話の続きですが……」


 サラと娘さんを見送ったアスカルさんがレイクさんへと視線を戻す。

 そして、一度大きく息を吸いこんで……その言葉を口にした。


「貴方の旦那様であるホルトン上四位は、此度の戦いで重要な役目を為し……その結果として、名誉の戦死を遂げました」


「なんとなく、わかっていました。だけど――あ、あぁ、嘘、そんな」


 レイクさんはアスカルさんの言葉に目を見開き、その場へと崩れ落ちた。

 けれど、アスカルさんは眉すら動かさず、淡々と言葉を続ける。


「彼の働きはあまりにも大きく、遺体は帝国皇立墓地へと送られ、更には栄誉慰霊碑に名を刻むことが決まりました。故に、貴方や娘さんが十分に暮らしていけるだけの金銭を、私達はちゃんとお渡しできるはずです」


「アスカルさん、何で今お金の話なんか――むぐぐっ」

「ラインハルト上五位、少しの間頼みます」


 人が死んだのにお金なんていう、あまりに無神経な言葉と態度に僕が割り込もうとした瞬間、何故かアスカルさんに口を押さえられてしまった。

 そして、そのまま引きずられて……家から少しだけ離れたところで、アスカルさんは目を細めてから僕の肩に手を置いた。


「……お金“なんか”では、ないのですよ、勇者様」


 それはいつも以上に、真剣な表情で。

 僕は気圧されながら、黙ってそれを見つめ返すことしかできず。


「私達は国の為に戦っています。しかし、それは無償の善意ではありません。生きていれば腹も減り、家族も養わなければならない。であれば、その報酬は、その努力は……金という形にするしかない」


 その血を吐くかのような言葉の数々に、僕はこの世界に来てから何度目かわからない価値観の“溝”を感じ取っていた。


「つまり、私達にとっての金とは自身の命や血肉と引き換えた掛け替えの無いモノ。不謹慎でも無神経なわけでもなく、ホルトンが遺した――命を懸けたモノだからこそ、口に出したのです」


 ――あぁ、そうだ、そうなんだ。


 思えば、ホルトンさんが戦う理由は家族の暮らしの為だってスタネアさんが言っていた。

 文字通り命を懸けて家族へと送り届けた頑張りの成果に無神経だなんて。


 レイクさんならまだしも……それは僕が言っていい言葉なんかじゃ、決してなかったんだ。


 “お金の価値すらわかっていない”僕が、口を出していい問題じゃない。

 そんな当たり前の事すら、理解できてなかったなんて。


「ごめんなさい……」


「謝らなくてもいいんです。教えなかったのは我々で、それを気付かせなかったのも我々なのですから。ただ、今回だけは……私に任せていただけると、幸いです」


 頭を下げるアスカルさんを見て、僕は何故今回の訪問に自分が“誘われた”のか、よくわかった気がした。

 戦争も戦いも、村についても、お金のことだって。

 僕は、知らないことが多すぎるんだ。


 だから――


「アスカルさん。僕のお金は、どこから出てるの?」


「あぁ、勇者様に関しては王宮が管理している予算――わかりやすくいえば、国のお金から賄っておりますので。安心してください」


 自分がどうして生活できているのかすら気にしてなかった人間が、他人のお金の話に無神経だなんて、よく言えたよね。

 ……聞けばこうして、わかったことなのに。


「やっぱり、僕はダメな――って、うわぁ!?」


 思わず弱音を零しそうになったところで、突然腕を引かれる。

 驚いて振り返ってみれば、そこには珍しく頬を膨らませたラーファが僕の事をにらんで立っていた。


「縁様は、もう自分を傷つけてはダメです」


「傷つけるって、そんな大げさな――」

「大げさではありません!」


 とっさに言い返した言葉をぴしゃりと切り捨てられる。

 助けを求めてアスカルさんの方を見るも、いつの間にかアスカルさんはレイクさんの所に戻っていて。


「お、落ち着いて、ラーファ」


 いつもと様子が違い過ぎるラーファに戸惑いながら、どうにかして落ち着かせようと声を掛けると、ラーファは膨らんでいた頬を元に戻し――まるでフィムさんを思い起こさせるような鋭い瞳で、僕のことを見据えてきた。


「今の言葉のような、常日頃から自分を傷つける発言にも思う所はありますが、それだけではありません。わたくしは縁様が英雄と戦った時の……自らの身を省みない戦い方についても、“止めた方がいい”と申しているのです。現に、今でも困っているのではありませんか?」


 ラーファの言葉と視線に……無意識的に肩を触っていたことに気付いた。

 あれからしばらく経つし、完全に治ったはずなのに、“痛む”。

 そんな状態が続いていることは、誰にも話してなかったはずなんだけど……。


「その痛みが例え“幻”だったとしても……残酷に聞こえるかもしれませんが、ヒトは慣れる生き物です。それが断腸の思いで行うことであっても、壮絶な覚悟があろうとも。痛みに慣れてしまったその時、貴方はきっと他人の痛みに共感できなくなる」


 冷たい表情、まるで壁があるような態度、固い口調。

 そこにいたのは僕のよく知るラーファじゃなかった。


「自らを(いと)わない貴方は当然のように傷つき、痛みに慣れた貴方は人を傷つけたことにすら気付けない。貴方が兵士ならばそれも1つの道、どうなろうと支えてみせます。ですが、貴方は兵士ではなく勇者になるのでしょう?殺すのではなく救う側になりたいと、そう思っているのでしょう?」


 けれど、その言葉は、その表情は。

 どこまでも僕を心配してくれているモノで。


「であれば、どうか今回の事を軽く考えないでください。貴方は今、大切なモノを捨てようとしています」


 傷つくことに慣れたら、傷を傷だと思えなくなる。

 つまり、それは……。


「僕の“大丈夫だと思う範囲”が歪むって、こと……?」


 考えてみれば、ラーファの言う通り……かもしれない。

 僕は“当然”次の戦いがあったときは自分の身体を犠牲にするつもりでいた。

 もう何も失わないために、間に合わないことがないように。


 でも、それが原因で……人の痛みがわからなくなってしまったら?


「他者への同情は共感がなければ成り立ちません。縁様は自分自身を卑下しがちですから、きっと他人が自分よりも弱いということを忘れてしまうと思うんです。そうなればいつか縁様は、やりすぎてしまう」


 思えば、砦で戦った時から僕の“境界線”は大きく後退している。

 殴り飛ばした程度なら平気なはず、骨折程度なら大丈夫なはずと。

 この世界に来た当初は怪我をさせることすら躊躇っていたはずなのに、今では人を傷つけることも、自分を傷つけることにも躊躇いが消えかけている。

 それは誰かを守るためにも、自分を守るためにも必要な事だったのかもしれない。


 でも、それに慣れてしまったら。

 エスカレートしていった先に何があるかなんて、考えなくてもわかる。


「……ヴァンさんにも、似たようなことを言われた気がする」


 僕が元英雄を殺そうとしたとき、ヴァンさんはそれを止めてくれた。

『お前は“そうじゃない”はずだ』という言葉の意味をずっと考えていたけど、こういう事だったのかもしれない。


「ありがとう、ラーファ。あんな戦い方は……できるだけ、やらないようにする」


「いえいえ、わたくしはただ素晴らしくも尊い騎士様が“望むようにした”というだけですので!さぁ、あちらの話も終わったようですし、戻りましょうか、縁様」


 そう言って、ラーファは俯いていた僕の腕を引いて歩き始める。

 その背中は本当に年下なのかって思うほどに立派で、僕は本当にいい“友達”を持てたんだなって心の底から実感した。


「おや、そちらの話も終わったようですね。では、サラさんを回収してから馬車まで帰りましょう」


「う、うん……」


 アスカルさんに頷きを返し、歩き始めたその背中を追いかける。

 本当は僕もレイクさんと話がしたかったし、謝りたかった。


 けれど、頭によぎるのはトント村での最後の光景。

 元英雄に謝られたあの時、僕の内にこみ上げてきた感情の正体は――紛れもない怒りだった。


 謝ることは時に人を傷つける。


 僕でさえそうだったんだから、それが家族相手なら……もしかしたら、ひどく心を傷つけてしまうかもしれない。

 それなら何も触れずにこのままお別れするのも悪いことではないのかもと、僕は考えて。


「待ってください、勇者様!」


 けれど、そんな考えで“逃げた”僕を、レイクさんは大きな声で呼び止めてきた。


「な、なんですか……?」


 緊張で声をうわずらせながら振り返ると、レイクさんは真っ直ぐに僕を見ていた。

 その視線、表情は――あぁ。


 僕はサラじゃないから嘘も心も読めないけど、それでも考えればわかる。


 家族を殺した相手に抱く気持ちなんて、1つに決まってる。


 全身から汗が噴き出し、視界が揺れる。


 きっと恨まれてる。

 当然だ、僕が殺したようなモノなんだから。

 きっと、あの首を絞めてきた兵士さんみたいに、いっぱい、いっぱい。


「はぁ、はぁ……!」


 頭に浮かんだ光景に、思わず膝をつく。

 レイクさんはそんな僕の元まで駆け寄ってくると。


 ……僕の両手を包むように握り、微笑みと共に口を開いた。


「貴方が看取ってくれたと、アスカル様から聞きました」


 その言葉に、心臓が跳ねる。

 レイクさんが言いたいのは、きっと、きっと……。


「看取ったとかじゃ、ないんです」


 気付けば口が勝手に動いていた。

 いや、口だけじゃない。

 身体も目も、思うようには動かなくて……。


「僕は、僕が、うまくできなかったから、僕のせいなんです、僕が、僕の……」


 あふれてくる感情に成す術もなく、僕は壊れた蛇口のように涙を零しながら呟きを漏らし続けた。

 けれど、それは――突然、体を包みこんできた温もりに、かき消されることになって。


「あの人は、どんな表情をしていましたか」


「笑って、いました」


「そう、それなら……貴方に1つだけ、お願いがあります」


 抱きしめていた腕を解き、レイクさんが真正面から僕を見つめる。

 そして、少しだけ寂しそうに笑ってから、レイクさんはお願いの内容を口にした。


「あの人の為に泣くのはもう止めて、前を向いてください」


「え……」


 信じられない言葉に、思わずレイクさんを見つめ返す。

 レイクさんは僕から視線を逸らさずに優しく微笑むと、諭すような口調で言葉を続けた。


「多分、あの人はずっと悔やんでいた自らの罪を……家族を殺してしまったという罪を、最期に許すことができたと思うんです」


 ホルトンさんの罪。

 そう聞いて思い出すのは、あの夜の――弟を魔物に殺された、ある男の人の話。

 あれは、やっぱり。


「あの人が命を懸けて守った貴方を、私は恨みません。だからどうか、貴方も。恨みを抱いて生きることだけはお止めなさい」


 そう言い切ったレイクさんに、もう一度抱きしめられる。

 その腕は震えていて、だけど、それを指摘するのは……絶対にダメなことだって、自然とそう思えた。


「ごめんなさい、いきなり抱きしめてしまって……だけど、今言ったことは忘れないでくださいね」


「……はい、わかりました」


 レイクさんの腕から離れ、皆の方へと歩み出す。


「あの人と出会ってくれて本当にありがとう。また、いつか」


 背中にかけられた声は――気丈に聞こえるけど、涙交じりの悲しいモノで。

 僕は振り返らずに精一杯背筋を伸ばして、皆と合流した。


「ねぇ、縁。大丈夫なの?」


 心配そうに声を掛けてきたサラの頭を返事代わりに撫でながら、僕はレイクさんの言葉をゆっくりと思い返す。

 前を向いて――その言葉に従うなら、僕が考えるべきは自分の後悔なんかじゃない。

 これからの悲劇をなくすために、もうこんなことがないように。


「僕はもっと強くならないといけない」


 呟きながら、拳を強く握りしめる。

 ……でも、時間はあまりない。

 今は互いに準備をする段階みたいで戦いは止まっているらしいけど、戦争自体が終わったわけじゃないから。


 失ったものにとらわれず、足を止めず。

『恨みを抱いて生きることはやめる』という、その願いに応えるために、僕は僕にできることを全力で、頑張って。


 でも、あぁ、だけど――


「自分を認めることが勇気だって、教わったけど……僕にはまだ難しいよ、ホルトンさん」


 皆と共に馬車に乗りこみ、砦への帰り道を行きながら。

『大人は皆ズルいもの』と語ったホルトンさんの笑顔が、僕の中にいつまでも浮かび上がっていた。

縁君の肩の痛みは幻痛のようなモノなので、しばらくしたら治ります。

戦争はまだまだ続くので、縁君の苦悩は続きそうです。

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