62 決着
――けれど、僕の攻撃が元英雄に届くことはなかった。
何故なら、僕は空中で剣を振り下ろす姿勢のまま、“不自然に体を停止させていた”からだ。
「なにっ!?何でっ!?」
驚いて周囲を見渡すと、いつの間にか僕の体には無数の糸のようなモノが強固に巻き付いていた。
どうやら、それが僕を空中に固定している原因らしい。
「こんな、のっ!」
こんな糸に構っている時間なんてない!
僕は体を縮めるようにして、全身に力をこめていく。
糸が食い込んで激痛が走ろうと、体中から何かが千切れるような音が響こうと、関係ない。
「もう少しで、もう少しだから……」
引っ張ったおかげで糸が千切れて地面に降りることができた。
このまま、もう一度。
「落ち着け。コイツに何をしようと、“どうにもならん”」
その時、声と共に誰かの手が不壊の剣を抑え付けた。
「誰、ですか!?」
邪魔をするなら、許さない。
僕はその人物をにらみつけるために顔を上げ――思わず、動きを止めてしまった。
「ヴァン、さん……?」
そこにいたのはラーファの従者であるはずの、ヴァンさんだったからだ。
魔王についての情報を探すためにリベリアに向かったって、ラーファから聞いてたけど……。
よく見たら知らない女の人を抱えてるし、一体何が――って、そうじゃない。
「邪魔を、しないでください!この人のせいでホルトンさんが、だから倒さなきゃいけないんです!」
時間が経過し、使えるようになったリバージョンで身体を万全な状態へと戻す。
これで、あい、つ、を?
あ、れ……。
「何があったのかは察した。だが、お前は“そうじゃない”はずだ」
ヴァンさんの言葉を聞きながら、その場に崩れ落ちる。
力が、入らない、なんで。
「その場の感情で動くなとは言わん。だが、お前には信念があって……夢があるのだろう?」
信念、夢……。
「思い出せ。お前は――どういうヒトになりたかったんだ」
あ、あぁ、僕は、僕がなりたかったのは。
立ち上がろうとする力すらも抜けていき、手から剣が滑り落ちる。
直後、僕の心に浮かび上がってきたのは、底知れないほどの“嫌悪感”だった。
だって、僕は、ヴァンさんに止められなかったら。
敵を、元英雄を――人を、殺していたんだから。
「僕は……」
死ぬときの寒さも、意識が暗闇に沈む最中の……自分が無くなっていくという焦燥感も、全部知っていたはずなのに。
人殺しは悪いことだってわかっていたのに、何で、どうして僕は……。
「あぁああ……!」
感情が黒いモノに埋め尽くされ、自分が何をしていたのかもわからなくなっていく。
けれど、その瞬間、暖かな光が心の暗闇を晴らすかのように僕を照らした。
「縁様、大丈夫ですか!?」
《――光よ、彼の者の闇を払い給え》
「ら、ふぁ……?」
背後から感じる暖かな光と柔らかな感触に、暗く沈んだ気持ちが晴れていくのを感じる。
同時に体にも力が入るようにもなって――これは、一体……?
「落ち着かせるためとはいえ“闇魔法の糸”なんてやりすぎです!ヴァンには後でしっかりとわかってもらわないといけませんね!」
闇魔法の糸ってことは、僕は闇魔法が掛けられていたって事……?
「心が深く沈んだり、自殺を考えたりしていませんか?もしそうなら、それは魔法のせいですから気にしてはダメですからね!」
その言葉に思い当たるのは、さっきまで心に巣食っていた“黒いモノ”だけど……。
そうか、あれが闇魔法だったんだ。
「ありがとう、ラーファ。もう平気だから……」
背後から頭を抱えるように抱き着いていたラーファを、やんわりと押しのけて立ち上がる。
ラーファの言っていた通り、さっきまで心を埋め尽くしていた嫌悪感や絶望感は薄くなっていた。
ただ、それでも……消えてくれない思いがあった。
「ホルトンさん……」
ホルトンさんの元まで歩み寄り、その体にリバージョンを使う。
リバージョンは死者を蘇らせることはできないから……当然、ホルトンさんは動かないし、生き返ることもない。
だけど、その体が綺麗になって、満足そうな笑みを浮かべた表情が見えてしまった時。
僕は思わず蹲って、その場で泣き崩れてしまった。
「ごめんなさい、僕が、僕がバカだったから……!」
僕がもっと早くに体を犠牲にしながら戦っていれば、そうすればホルトンさんは死ななかったし、人を殺そうなんて考えることもなかった……!
こんな結末になることなんて……。
「いつもいつも間違って、迷惑かけて、その結果がこれなんて、僕はどうすればよかったのかなぁ……」
問いかけても、ホルトンさんは答えてくれない。
もう頭を撫でてもらうことも、肩車をしてもらうこともできない。
何もない、もう何もできない。
僕は何も、返せてない……。
「縁様……」
ラーファに背中を撫でられながら、視線を横へと向ける。
その先ではヴァンさんと会話している2人――元英雄と、さっきヴァンさんが抱えていたエルフの女性の姿があった。
あんな風に笑える人間が、何で魔王復活なんて……。
「魔王復活の件だがな、“デタラメ”かもしれん」
「え……?」
視線の先にいたはずなのに、いつの間にか隣に立っていたヴァンさんを見上げる。
ヴァンさんは僕に視線を向けることなく、元英雄を見つめながら言葉を続けた。
「俺の調べた限りだが、リベリア内部にそのような作戦も噂も一切存在しなかった。無論、あのアホ――カイン・リジルという男が関与しているという情報もな」
「え、そんな、それじゃ……」
この戦争の始まりはリベリア国が魔王復活をたくらんで、元英雄が全ての元凶だって話だったはず。
なのに、それが全部デタラメだったら……。
「ホルトンさんが死んでしまったことも、ラーファが死にかけたことも、全部、無駄だったってこと……?」
「おい、待て、『ラーファが死にかけた』とはなんだ!?……カイン、貴様ぁああ!!!」
ヴァンさんが元英雄の方に走っていくのを視界の端で捉えながら――僕の背中を冷たい汗が伝っていく。
もしも帝国が言っていることが嘘だったのなら、悪いのはリベリアじゃない。
言い掛かりをつけて、砦の人達を殺して、トント村の人達を追い出して。
あの人の事を“元”英雄だと言って、倒せ、捕まえろって……それでいろいろな人を傷つけて。
ぼ、僕は、もしかして、とんでもないことを――
「縁殿、大丈夫ですか!」
「ちょっと、何でうずくまってるのよ!」
「っ!?クリスさん、サラ!?」
駆け寄ってくる見覚えのある2人の姿に思わず立ち上がる。
そうだ、今は戦闘中だし……現時点じゃどちらが本当の事なのか判断ができない。
それなら考えるのは後にして、今は2人の状況を聞かないと……。
「南門はどうだったの?怪我とかしてない?」
「私達は平気ですが、南門は陥落してしまいました。しかも、英雄がこちらにいてホルトン上四位が“こうなってしまった”ということは……残念ですが、トント村防衛戦は我々の敗北のようです」
負け、なんだ。
でも、こういう風に負けた場合って、僕達はどういうことになるんだろう?
「ふーん?負けたから何なのよ」
悔しそうな様子でホルトンさんを見つめていたクリスさんに、同じ疑問を抱いていたらしいサラが首を傾げる。
すると、クリスさんは少しだけ考えこんでから――衝撃の事実を僕達に言い渡した。
「それは、捕まればロクなことにはならないかと。いろいろとされたあげく、奴隷にされるか殺されるか……総じてヒトの扱いをされることはないでしょうね」
「そんなっ!?」
それなら例え戦争で負けたんだとしても諦めるわけにはいかない。
ホルトンさんのようなことは、もう絶対に起こさせない!
「絶対にそんな事、させないよ……!」
不壊の剣を掴み直して、元英雄へと向けて構える。
もうさっきまでの熱は何処かへと行ってしまったけれど……でも、皆が、友達がひどい目にあうというのなら。
例え最低に堕ちようと、僕はこの人を――
「待て、落ち着け。あれが聞こえないか?」
「ふぇ!?あ、えっと、あれって……?」
またもや気付けば隣にいたヴァンさんに驚きながら、指差された方向へと視線を移す。
すると、そこでは何故か小隊長さんがエルフの男の人――リベリアの兵士さんに追いかけられている所で……?
「オベッ!?」
あ、兵士さんが水魔法で転ばされた……。
「バカめッ!では我々は逃げさせてもらう!次あった時は覚えていろ!!!」
え、逃げる?
その言葉に困惑している内に小隊長さんは何処かへと走り去ってしまい。
同時に、倒れていた一部の兵士さんも起き上がってその場から――って、え?皆、死んで、なかったの?
「元より指揮系統が違うので関係ないのですが、これで我々も遠慮なく逃げることができますね。急ぎ撤退することにしましょう」
「う、うん」
クリスさんの言葉に従って、ラーファと共にその場から一歩下がる。
ただ、何故かサラだけは腕まくりをしながら元英雄の方へと進もうとしていた。
「ちょっと、まだ終わってないわよ!!!さっきのエルフ、勝負よ!挽肉にしてやるわ!」
……何で、サラはそんなに怒ってるの?
「流石はサラ、さっきまで泣いていたとは思えないほどの元気ですね」
「はぁ!?な、泣いてないわよ!!!――内緒だって言ったじゃない!」
あれで聞こえないように言ってるつもりなのかな……?
「はいはい、私は全部わかってますよ、今夜は一緒に寝ましょうか」
「にゃぁああ!!!まとわりつくんじゃないわよぉおお!!!」
「うるさいぞ、お前たちは静かに帰ることもできないのか。……縁もそれでいいな?」
サラとクリスさんの首根っこを掴みながら、ヴァンさんが僕へと振り向く。
……本当はいいなんてこと、絶対にないけど。
「……はい、大丈夫です。ただ、この人達も一緒に連れて帰ることは、できませんか?」
こんな状況なのにせめて最後は家族に会わせてあげたいなんて、わがままかもしれない。
でも、僕なら皆を運べるし――今の僕にできることは、それくらいしかないから。
「あぁ、それは俺が後で回収しに来よう。カイン、トントで犠牲になった帝国兵達を一カ所にまとめておいてくれ。それくらいは構わんだろう?」
「命の恩人の頼みとならば断れないな。それに処理してくれるのならこちらとしても助かる」
どういう経緯でヴァンさんと元英雄が知り合ったのかは気になるけど。
ただ、今はそんな事よりも……僕は、元英雄に言わなきゃいけないことがある。
「貴方が魔王復活に加担しているのかどうか、今の僕には判断できません。だけど、どちらにせよ……僕は今回の事を忘れないと思います」
目を閉じれば、まぶたの裏にホルトンさんの最期の光景が浮かび上がる。
もし、この人が本当は悪い人じゃなかったとしても、僕は……。
「それでいい、俺も許してもらおうなんざ考えてもいないよ。ただ、これだけは言わせてくれ」
返ってきた言葉に目を向ける。
すると、元英雄は真剣な表情で僕を見て――頭を下げた。
「俺は世界をどうこうしようなんて思っていないし、魔王はちゃんと俺達が殺した。それはヴァンに聞いたらわかるはずだ。あと、今回は……俺も大人気なかったと思う、そこは謝罪する。すまなかった」
すまなかった、なんて。
頭を下げる元英雄の姿に、僕の心に感じたことのないモノが浮かび上がってくる。
でも、僕はそれを何とか押し殺して……言葉を返した。
「魔王の事も、殺されたと思っていた兵士さんが本当は生きていたりしたことも――こっちにも決めつけていた部分があって、僕のそれもきっと悪いことだったんだと思います。だけど、僕はこの先も……仲間と世界を守るために、戦うことはやめません。こんな悲劇を、もうなくしたいんです」
「そうか、理想論だが……だからこそ、それを成し得るのならそれは真の勇者だ。応援ぐらいならしてやるよ」
「……ありがとうございます」
元英雄に礼を返して背を向ける。
本当なら恨まないといけないのに。
今すぐにでも敵を討つべきなのかもしれないのに。
少しだけ振り返って、笑いあう元英雄と兵士さん達の姿を見ていると……どうしても理解できてしまう。
――あの人達も大事な人を守るために戦っていただけなんだ、ってことに。
「ねぇ、ちょっと!ホルトンがまだ“寝てる”んだけど、置いて行って大丈夫なわけ?起こした方がいいんじゃ――」
「サラちゃん、行きましょう」
恐らく、まだ状況が把握できていないサラをラーファが引きずって歩く。
居たたまれなくなって思わず視線を逸らせば、向かう先では月明りも通さないような木々の暗闇が大口を開けたかのように僕達を待ち構えていて……。
その暗闇に、ふと『夜の森は魔物が活発で危険だから入ってはいけない』という、セーノさんが授業で教えてくれた注意事項を思い出した。
「相手が魔物だったら、よかったのにな……」
魔物のように理由もなくヒトを襲うような、明確な敵が相手なら。
きっとこの胸を掻きむしるような――理解はできても許せない、許したくないという、苦しい感情すら抱くことはなかったはず、なんて。
……今の僕、最低なことを考えてるよね。
ジクジクと痛み続ける胸や心に堪らずリバージョンを使っても……何も消え去ってはくれず。
僕は感じたことのない感情の渦から逃げ出すように、トント村を後にした。




