05 子供の勇者(クリス視点)
4話の最後に出てきたクリスの視点です。
これからも別視点がちょこちょこ入る予定ですので、よろしくお願いします。
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時は少しだけ遡り――場所は謁見の間。
“私”は皇帝陛下の前に跪き、とある命を授けられていた。
「面を上げよ、『クリス・フォン・ラインハルト』上級騎士」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
視線の先では偉大なる国父である皇帝陛下が私を見下ろしていた。
「貴公には勇者の監督と、その護衛騎士を務めてもらう。よいな?」
「はっ、承知いたしました」
陛下の言葉に即答する。
それがどんな命令だろうと、拒否権などないのだから。
「追って詳細は伝えさせる。もう下がってよい、期待しているぞ」
期待。
その言葉に、胸の奥から“苦味”を伴った感情がこみあげてくる。
勇者の監督と護衛、その言葉だけを聞けば大役のように思えるかもしれない。
ただ、私にとって、それは――
「……命に代えましても」
けれど、反対など、できるはずもない。
私は顔を伏せたまま謁見の間を後にし、足早に自室へと戻った。
「くそっ……」
苛立ちをぶつけるように自室の扉を乱暴に閉める。
鎧を脱ぎ捨て、ベッドへと飛び込み、しかし苛立ちは収まらず。
私はベッドに積んであった大きなぬいぐるみを抱きしめ、堪えられない気持ちを吐き出すように顔を埋めた。
なにが、勇者の監督だ。
「……そんなの、体のいい厄介払いじゃないですか」
女なのに上級騎士。
七光りで上級騎士にしてもらった。
武勲もなしに騎士を名乗る面汚し等々、陰口には事欠かない私ではあったが、まさか御守りを任務に据えられるなんて思ってもみなかった。
ましてや、仕えるべき主である皇帝陛下が直々に仰せになったのだ。
背くことのできない、勅命。
反すれば死罪もあり得る、そんな命令で。
「こんなこと、騎士の仕事ではない。騎士とは民を守る盾であり、剣であるはず……だというのに、遂には教育係の真似事か」
強くぬいぐるみを抱きしめる。
そうだ、こういう事は幾らでもあったのだ。
上官から命令される内容はいつも武勲とは程遠く嫌がらせのように簡単な物ばかりでしたし、遠征を伴う任務からは常に外され続けてきた。
結果として、私は未だに戦場すら経験したことがなく……しかも、今回は戦うことすら取り上げられて。
騎士でも上位の上級騎士になったというのに、これではまるでお飾りだ。
「どうして誰も任せてくれない、信頼してくれない。私が女だから?女だから悪いのですか?でも、あいつは――」
心に溜まった何かを吐き出そうとした瞬間、部屋の入り口からノックの音が聞こえてきた。
……こんな時に、一体誰が?
軽く身なりを整えた後、部屋の扉を開けると……そこには今一番見たくなかった大嫌いな顔見知りが、満面の笑みを浮かべて立っていた。
「うわぁ、酷い顔してますねぇ。あの日ですかぁ?」
確認した瞬間に扉を閉めた――が、不覚にも足を差し込まれてしまった。
「ちょっとちょっとぉ、いきなり扉を閉めるなんて失礼ですよぉ?貴方のお父様は一体何を教えていたんですかぁ?」
「帰れ」
どの口が失礼と言うのか。
私は視線の先にいる“メイド服を着た胡散臭い女”に対し、露骨に嫌な顔をして見せた。
「いいんですかぁ?大事な物を持ってきたんですけどぉ、後で陛下に叱られても知りませんよぉ?」
陛下からの、大事なもの?
その言葉に一旦感情を抑えれば、そいつは扉の隙間から何かの書類を手渡してきた。
「はいどーぞぉ、ちゃんと渡しましたからねぇ?」
相変わらずの粘つくような声に不快感を覚えながら、手元の書類へと視線を落とす。
皇帝陛下の印が入った正式な書類――なるほど、これが先ほど聞いた『詳細』というやつですか。
「そうそう、貴方も勇者様の事は聞いたと思いますけどぉ。あの御方、実は信じられないくらいに可愛い容姿をしてましてねぇ?あれなら貴方でもきっと気に――痛っ!?」
情報を受け取った以上、こいつに用はない。
奴が手を引っ込めた隙に挟まっていた足を蹴り飛ばし、そのまま扉を思い切り閉めて鍵をかけてやった。
「あのぉ、知ってますぅ?こういうのは八つ当たりっていうんですよぉ?だから、貴方はお父様にも――」
奴の戯言を聞き流してから、ベッドへと戻る。
まだごちゃごちゃと扉に話しかけていると思うと笑えますね。
「さて、内容は」
ベッドに腰掛けながら書類へと目を落とし、文字を追う。
内容を要約すると――
「勇者は子供で、何処から来たかは不明であり、まだ意識は戻っていない。勇者が目覚めたら何としても手懐け他国に渡さないように、方法は問わない……?」
え?これだけ?
裏を見ても、透かして見ても、これ以上は何も書かれていない。
具体的な内容が何も書いていない。
「御守りどころか、子供を手懐けるのが任務って……私、騎士を辞めて乳母にでもなるんですか?」
雑用ばかりやらされてきた私だったが、子供の相手なんて初めてだ。
そもそも、何で私なんです?これでも上級騎士なんですよ?
……あの“偽メイド”は、ちゃんと任務を任されているのに。
「……八つ当たりして何が悪いんですか」
書類を投げ出し、ベッドに寝転ぶ。
もう、何も考えたくない。
まぶたを閉じ、意識を沈め……私は夢の世界へと逃げることにした。
しかし、そんな私を嘲笑うかのように事は起きる。
勇者が目覚めたのだ。
私がふて寝した、その翌日に。
いろいろと心構えもしたかったが、仕方ない。
私は急いで勇者の元へと向かった。
「子供とは聞きましたが、はてさて……」
緊張半分、不安半分。
そんな心持ちで勇者がいる部屋の扉をノックし、中からの応答を待つ。
けれど、部屋から出てきたのはメイドでも、勇者でもなく、
「あらぁ、お早いですねぇ。そんなに楽しみでしたぁ?」
昨日、私を散々煽り倒した偽メイドが、絶妙にムカつく笑顔で扉の内から顔を覗かせてきたのだった。
「いや、セーノ。諜報部の貴方が何でここに?」
「セーノ“様”でしょう?私の方が偉いんですから言葉は正しく使わないとぉ。あ、ちなみに私がここにいる理由は勇者様の専属メイドだからですぅ、羨ましいですかぁ?羨ましいですよねぇ?」
確かにこいつは上級弐位で、私は上級五位。加えて私よりも2歳ほど年上である。
更に言えば、こいつは諜報部の中でも各方面で活躍する、所謂エースと呼ばれる存在なのも知っている。
ただ、私にとっては腐れ縁で顔見知りで、士官学校時代でのルームメイトで――“趣味”でメイド服を着ている、同じ家格の謎女にすぎないわけで。
「失礼する」
今更、階級の差程度を気にする付き合いでもないですし、無視して問題はないでしょう。
セーノの言葉をいつもの戯れ言と切り捨てて、私は勇者に会うため部屋へと押し入った。
すると、部屋の中では、勇者と思われる子供が口にソースをつけたまま、私を見つめて固まっていて。
「……っ」
そんな姿に、私は――いや、ここは抑えねば。
私は自らの感情を封じ込め、一礼と共に勇者殿へと自己紹介をした。
「お初にお目にかかります、勇者殿。私は『クリス・フォン・ラインハルト』、ジグレイ帝国上級騎士階級五位に属する騎士です。此度は勇者殿専属の護衛騎士として配属されました、どうぞ自由にお使いください」
ちらりと要素をうかがってみれば勇者殿は未だに目を見開いてこちらを見るのみで、すぐに言葉を返してはくれなかった。
よく見れば食器も握ったままですし……これは、思った以上に難物ですね。
そうして私が“残念”な振る舞いを観察していると、ようやく勇者殿が動き始めた。
「は、はじめまして!窓香 縁でしゅ!」
元より素性は把握しており、覚悟もしていた。
ですが、大丈夫なのでしょうか、その、いろいろと……。
残念な勇者と胡散臭い偽メイド。
両者を眺め、大きなため息をつく。
こうして私と勇者殿の関係は始まりを告げたのであった。