04 赤髪の騎士
「1つ、縁様にお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「うん、なんでも聞いて!」
あれから少しだけ時間が経ってから、落ち着きを取り戻したセーノさんが僕に質問をしてきた。
なんだろう、前世の話かな?それとも神様の話?
いや、この流れならさっきの話の続きかも?
僕は言葉の続きにワクワクしながら瞳を輝かせる。
けれど、セーノさんの口から飛び出してきたのは、僕にとってまったく予想外の質問だった。
「勇者様の性別は、その……どちらなのでしょう?」
どうしよう、思ってたのと違う。
いや、あの、僕はどう見ても男のはず、なんだけど……?
「気を悪くされたら申し訳ないのですが、見た目と言葉の雰囲気に違和感がありまして」
生まれ変わりのせい、じゃないよね。
あ、でも、神様は再構成って言ってたけど、見た目に関しては何も言ってなかったような?
……うん。
「男です」
「あ、そう、なのですか……。あの、縁様は可愛らしいので大丈夫だと思います、よ?」
途切れ途切れのフォローがとても悲しいものに感じる。
女の子に思われるって、僕の体はどうなってるんだろう。
何か確認する方法は――あ、そうだ。
「セーノさん、鏡って持ってる?」
「鏡ですか?その、私物になってしまうのですが……」
そう言って、セーノさんはポケットから手のひらサイズの鏡を取り出した。
ただ、その鏡は想定していたものとは違い、宝石のようなものがたくさん付いた小さい物で。
絶対壊したらダメなやつだと、ひと目でわかるほどに高そうなものだった。
「これ、僕が使ってもいいやつなの?」
「はい、大丈夫ですよ。どうぞ、お使いください」
セーノさんから手渡された鏡を落とさないようにしながら、慎重に覗きこむ。
するとそこには、肩上まで伸びた黒髪とパッチリと開いた目、白磁のように白い肌をした――僕の知らない人間がいた。
「……誰?」
戸惑った僕は鏡を何度も覗きこみ、頬を引っ張ったりもしてみたけど……当然、鏡の中の人物も同じことをするだけで何も変わらない。
ただ、その顔はどこかで見たような気がして、
ふと、気付いた。
これ、まさか――
「めちゃくちゃ健康になってるってこと……?」
『不調の全てを取り除いた状態で再構成』って神様は言っていたけど……確かに、病院に通う前の僕が大きくなったらこうなるのかもしれない。
でも、体はやせ細ってないし、クマもなければ頬もこけてない。
どこを見ても手術跡も何もないから、別人にしか見えないというか、なんというか。
しかし、これではっきりしてしまった。
健康な姿の僕は、女の子に見えるらしい。
前世では鶏ガラ骸骨みたいな見た目だったからわからなかったけど、言われてみれば女の子のような特徴が――
ある、かなぁ……?
「セーノさん、僕って可愛い?」
「んふっ――え、えぇ、それはもう本当に。私の知り合いが見たら発狂しそうなほどには可愛らしい容姿でございますよ?」
質問した僕も僕だけど、褒められてもすごく微妙な気分だ。
よし、この話はもうやめにしよう。
自身の見た目に関する話を一旦脇に置き、僕はセーノさんに今更ながらの質問をすることにした。
「えっと、今更なんだけど……ここって一体どこなの?」
セーノさんは我が国がどうとか言っていたけど、ここが何の国なのかすら僕にはわかっていない。
生まれ変わってから今までわからないことだらけだったし、いろいろと聞いてみようかな。
「ここは“ジグレイ帝国”中心部の、一般的に“帝都”と呼ばれている場所です。細かく説明するのであれば、帝都の中心に位置する“王宮”内にある来賓用の居室ということになるのですが、これで伝わったでしょうか……?」
えぇと、帝国の中心で、王宮で?
来賓用ってことだから、ここはお客さん用の部屋なのかな?
「今いる場所はわかったけど、何でここに?」
「縁様は玉座の間にて召喚されたのですが、お眠りになられていたようなので。目が覚めるまではこの部屋にて看病を、という流れになっておりました」
ぎょ、玉座の間で召喚されたの?
玉座って事は、王様の部屋だから……多分、本家のお爺様よりも偉いんだよね。
「……もしかして勇者って、すごい存在なの?」
確かに、別世界から来るだけでもすごいことだとは思うけど、それだけで――待って、そういえば神様が『加護を与える決まり』とか言っていたような?
僕の場合は縁結びの神様だったけど、過去には軍神とか雷神から能力をもらった勇者もいたって事になるのかな?
「うふふ、はい。過去に召喚された勇者様らは、歴史や神話に名を残すほどの強さや知識を持っておられぇ。冒険者にしろ兵士にしろ、“勇者様に憧れて”という理由が一般的になるほどに勇者様は愛され、敬われ、畏怖される存在なのですぅ!」
やっぱり、過去の勇者ってすごかったんだ――って、あれ?
それじゃあ、僕に期待される役割って。
「勇者って畏怖される存在なの……?」
「はい!それはもう!勇者様は幾度も世界を救っておられる、素晴らしい存在ですからぁ!」
「へ、へー!そ、そうなんだぁ!」
どうしよう。
僕はこの世界で目覚めてから今まで――体感では1時間くらいだけど、その前は神様と会話して、更に前は病院暮らしだった訳でさ。
つまり、どれだけ思い出しても……運動をした記憶なんて、どこにも存在しないんだよね、僕。
お外で走ったことがないどころか、歩いただけで泣くような人間が歴史に名を残すのは無理があるというか。
助けになりたいと言ったのは本当のことだけど、流石にそれは意気込みだけではどうにもならない気が――
『――しかし、このままではあの世界は間違いなく滅んでしまう』
そこまで考えた時、僕の脳裏に神様から言われた言葉が浮かんできた。
そうだ、行方不明の女神様を探して、元々世界を救うために生まれ変わったんだ。
神様の助けになるって決めて、危ないこともあるって事前に教えられていたのに、前世じゃ寝たきりだったなんて言い訳にならない、よね。
現にこの世界では体も自由に動くんだし、ここから頑張ればいいんだよ、うん。
――なんて、気合いを入れ直そうと力をこめたのが悪かったのか。
「あっ……」
タイミング悪く、僕のお腹からは「ぐー」という、間の抜けた音が響いてしまった。
いつもなら無視するモノだけど、今は点滴もしてないし。
これは、つまり。
「申し訳ありません、すぐご用意いたしますね。メニューの要望は何かございますか?」
メニューってことは、ご飯を食べられるってことだよね!?
その事実に嬉しさがこみあげてくる。
前世から考えれば、10歳の時以来の普通のご飯だけど、あの頃でも食べられないモノが多かったからなぁ。
健康になった今、改めて要望を聞いてもらえるというなら、思い浮かぶものが1つだけあった。
「ハンバーグ!」
元気よく手を挙げて、答えを返す。
家庭科の教科書に書かれていた情報によるとハンバーグは家庭料理の代表格らしいし、一度食べてみたいって思ってたんだよね。
「ハンバーグですか、かしこまりました。ふふふ、すぐに準備させますね」
セーノさんは小さく笑いながらそう言うと、お辞儀をした後に部屋を出ていった。
よかったぁ、ハンバーグはこの世界にもあるみたいだ。
「もう点滴をする必要もないし、これからはご飯をいっぱい――って、あれ?」
その時、ふと……浮かれていた気持ちに水を差すかのように、僕はセーノさんと交わした会話を思い出した。
そう、僕の抱いていた“勇者”と、セーノさんが言っていた“勇者”が別物だったあの会話を。
「ハンバーグって、本当にハンバーグのことなのかな?」
なんか難しい感じになっちゃったけど、思い描いていたものと別物が出てくる可能性は十分にあるはず。
でも、よくよく考えてみると。
「そもそも、セーノさんは何で僕と同じ言葉を話せるんだろう?別世界なんだから、言葉も当然違う……よね?」
何だか気付いちゃいけないことに気付いたような、そんな気がする。
背筋がゾワゾワするような気持ちでセーノさんを待ち続けること、数分後。
セーノさんは出ていく前の言葉通りに、ニコニコ笑顔でハンバーグを手に持ち、部屋へと戻ってきた。
「新鮮なモノを焼きましたから、痛みの心配はありません。どうぞ安心して召し上がってくださいね」
そこにあったのは正しく、“想像通り”のハンバーグで。
僕は机の上に置かれたハンバーグを見て、思わず唸ってしまった。
「むむむ……」
さっきまで変なことを考えていたせいか、手を出すのが少しだけ怖い。
だけど、美味しそうな香りが鼻をかすめたと思った途端、僕は気付けば机に座っていて、いつの間にか手にはナイフとフォークを持っていて。
そして体が勝手に、ハンバーグを口へと運び、
っ!?こ、これは……!
「お、おいひぃ……!」
その一口で僕の抱いていた不安や疑問は、跡形もなく飛んで行った。
ハンバーグ、美味しい。
感じたことのない美味しさに何もかもを忘れ、必死にハンバーグを食べ進める。
そうして半分ほど食べ終えたところで――ふと、部屋の外から誰かの気配を感じた。
「ん、来客のようです。少々お待ちくださいね」
“僕が目を向けたタイミングで聞こえてきたノックの音”にセーノさんは素早く反応すると、音も立てずにドアの前まで移動した。
音も立てない移動って忍者みたいだ――じゃなくて、それよりも何で僕は人がいるってわかったんだろう?
これも勇者の力、なのかな。
「失礼する」
自分でもよくわからない勘の良さに首を傾げている内に、どうやらセーノさんと部屋に来た人の間で“何か”があったらしい。
言葉と共にセーノさんを強く押しのけて部屋へと入ってきたのは、すごく綺麗で――だけど、ものすごく不機嫌そうな表情を浮かべた女の人だった。
「お初にお目にかかります、勇者殿。私は『クリス・フォン・ラインハルト』、ジグレイ帝国上級騎士階級五位に所属する騎士です。此度は勇者殿専属の護衛騎士として配属されました、どうぞ自由にお使いください」
“燃えるような赤い髪”を翻し、僕より少しだけ年上に見える“鎧をまとった”その女の人は、僕を厳しくにらむと、不機嫌そうな表情を隠すこともなく自己紹介をしてくれた。
ただ、その内容はこの世界に来たばかりの僕には、理解が難しいモノで……。
騎士階級五位?専属?護衛騎士?どういうこと?
そんなよくわからない言葉の数々と、前世では見たことがない独特な見た目に圧倒されながら。
僕はただじっと、女の人――“クリスさん”を見つめ返すことしかできなかった。
赤髪ぱっつんは正義




