56 誰もいない村(クリス視点)
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砦の占領から1週間後、我ら帝国軍は対リベリア王国の為の中継地――トント村への侵攻を開始した。
彼の地へ進軍するのは私やホルトン上四位を含めた勇者遊撃軍と、下級騎士を頭に据えた1小隊。
いくら上級騎士が2人いるとはいえ、どう考えても戦力不足の差配だ。
それだけあの女司祭が勇者の力を当てにしている、という証左でもあるのでしょうが……。
今の私にとっては“勇者を頼る”という行動自体が、薄氷の上に成り立つような、とても脆いモノとしか思えないでいた。
「あれが、トント村ですか……」
道中、リベリア軍と会敵することもなく目的地へと到着してしまった。
王都に近いこの村に陣地を構築されれば、奪還しようにも苦戦は必至。
リベリアは何としてでも進軍を阻止してくると思っていたのですが、拍子抜けというかなんというか……。
「へぇ、村の周りに壁があるのね。でも、あんな薄そうな壁で何がしたいのかしら?」
「普通に魔物避けでしょう。というか、あれを薄いと言えるのは貴方ぐらいです」
サラの非常識な発言に言葉を返す。
しかし、ピンとはこなかったようで、サラはしきりに首を傾げたあとに後ろを歩く縁殿に話しかけた。
「ねぇ、縁。あんたなら普通に壊せるし、薄いって思うわよね?」
「……サラの言う通りだと思う」
「ほら!あたしの言った通りよ!」
縁殿の言葉にサラが表情を輝かせる。
けれど、それは……。
「縁殿、サラの言ったことを……ちゃんと、聞いていましたか?」
「えぇ?えっと、その……」
私の言葉に縁殿は視線を落とし俯いた。
それはあの日に馬車から飛び出していった様子とは、まったくの逆で。
「ちょっと、聞いてないのに頷かないでよ!喜んで損したじゃない!」
「ご、ごめん……」
誰かの言葉をそのまま認め、何かを言われれば謝る。
その様子は……もはや見ていて痛ましい程だった。
「僕、黙ってるね……」
あれからそれなりの時間が経っているというのに、未だ復調の気配は見られない。
ラーファ様は『任せてください』と自信満々に言っていましたが……。
「……ねぇ、クリス。縁、本当に大丈夫かしら。今にも死んじゃいそうなんだけど」
「ご飯は食べているみたいなので死ぬことはない、と思いますが……」
ひそひそ声で話しかけてきたサラに重いため息を返す。
任せた手前、言いにくいことではありますが、今の縁殿を見ていると焦りばかりが募ってしまう。
「……サラは、ラーファ様から何か聞いてませんか?」
「ラーファから?んー、そういえば何か作戦があるとか言って悪い顔してたような気がするわね……なんだったかしら?」
なるほど、打つ手がないから放置している訳ではないようですね……何を考えているのかはさっぱりわかりませんが。
隊列の後方で厳重に守られているラーファ様を見やりつつ、縁殿が泣いて帰ってきたあの日の――テントの外での会話を思い出しながら、私はもう一度溜息をついた。
「……私では、本当に無理なんでしょうか」
あの時の気持ちが蘇り気分が落ちこむが、顔だけは俯かないように踏ん張る。
今は作戦行動中ですからね、今更かもしれませんが表に出すのは我慢しないといけません。
悩むにしろ、何にしろ。
まずは、あの村の攻略法を考えてからでなければ――
「ねぇ、クリス。門の周辺に魔力の気配が一切ないんだけど」
「え、本当ですか?」
サラの言葉に驚きながら、魔力視を使う。
深い森の中や人の混雑した場所では魔力が入り乱れて使いづらい魔力視ですが、こういった閑散とした場所なら本領を発揮できます。
私は見える範囲をくまなく見渡してから、小隊長を務める下級騎士に結果を報告した。
「キース・ダグアストン下四位、魔力視で偵察したのですが、どうやら門の付近に敵の姿はないようです。いかがいたしますか?」
「ら、ラインハルト上五位、ありがとうございます。では、念のため我が隊から何人かを行かせて確認させることにしましょう。それと、自分の名前は『キース・パウラ・ダグアストン』でありますので――」
報告後もゴチャゴチャと言葉を続ける下級騎士に背を向け、皆の所まで戻る。
作戦行動中ですが、よく知らない男相手に長々と話をするのは……“昔の光景”を思い出してしまい、気分が悪い。
幼少期のトラウマというのは厄介なモノ、ですね。
「ねぇ、クリス。あたし達はどうしたらいいの?」
「小隊長の部下が斥候に出てくれるそうなので、私達はしばらく待機しましょう……ところで、サラは何をしてるんです?」
「縁を慰めてあげてるの、ふふん」
縁殿の頭に抱きつきながらドヤ顔を浮かべているサラに何とも言えない感情を抱きつつ、されるがままになっている縁殿へと視線を向ける。
相変わらず俯いたままの縁殿に……一体、何を言えば届くのか。
結果として、私は話しかけることすらできず。
そうして誰も会話をすることのない異様な雰囲気のまま1時間ほどが経った後、帰ってきた斥候からの報告を聞いて、ようやく私達はトント村へと足を踏み入れることになった。
「報告では人の影すらないとのことでしたが……本当に誰もいませんね」
「まったく、自分の家を捨てるなんて信じられないわ――ん?捨てた物ならならあたしが貰っても、盗んだことにはならないってことよね?」
確かに、敵国への略奪行為は合法ですが……自然とその発想に行きつくのは、流石サラとしか言えませんね。
腕まくりをしながら民家へと侵入していったサラを無視して、私は報告にあった“例の広場”まで足を進める。
辿り着いた例の広場には目立つように木の看板が立てられており、その看板には書き殴られたような文字で短い一文が刻まれていた。
「『我らの英雄が汝らを滅ぼすであろう』ですか……」
看板の文字を声に出してから、記憶の中にある元英雄との戦闘を呼び起こす。
縁殿のリバージョンを難なく看破し、本気の威力ではないとはいえサラの魔法を無傷で突破した、“化け物”。
あの元英雄は剣術だけで見ても私やアスカル殿よりも強く。
それどころか、上壱位であるお父様と同等に思える程の腕で――正に噂通りの、英雄だった。
そう考えれば、命よりも大事であるはずの家や土地を村人が呆気なく放棄した決断も理解はできる。
最初から他人任せなど情けない限りですが……ラーファ様に頼っている現状、私も人のことは言えませんし。
強い者に頼るというのを、一概に悪くは――って、そうですよ!
「“経験者に頼る”のは悪いことじゃない。なるほど、盲点でした」
縁殿は異世界の人間とはいえ、まだ子供であることに違いはない。
であれば、既に子を持ち、尚且つ“男でも邪ではない”同じ隊の知り合い――ホルトン上四位なら、いい解決案を出してくれるかもしれません。
ラーファ様の作戦とやらが未だに不明瞭ですが、改善が見られない以上私が動いてもいいはず、です!
「早速、話を聞きに行きましょう!」
私は意気込んでからその場を離れ、村内を散策していたホルトン上四位を人気のない酒場の中まで連れ出した。
「あの、ラインハルト上五位?私には妻子がいてですね、こういった安易な振る舞いを見られれば、いらぬ誤解が……」
ん?なんで、ホルトン上四位はソワソワとしているのでしょうか?
「妻子がいるのはわかっています。だからこそ、縁殿の事で少し相談しようかと思ったのですが……」
「あ、はい。すみません……父目線の戯れ言として、流してください」
何故か申し訳なさそうなホルトン上四位に首を傾げつつ、私は早速話を切り出すことにした。
縁殿の考え方や行ったこと、そして最近の様子……。
相談するにあたり、私は縁殿に関してのすべてを伝えた。
「……正直に言えば、驚くしかない出来事ばかりですが。その話、本国には?」
「いえ、まだ報告はしていません。私の主観や思い込みを、伝えるわけにもいかないので、その……」
言い訳をしながら、ホルトン上四位から目を逸らす。
すると、ホルトン上四位は少しだけ笑って、言葉を返してきた。
「であれば、それはこの戦争が終わった後に“近衛三番隊で気付いたこと”として、それとなく本国に伝えておきましょう。ラインハルト上五位は何も心配せず、今まで通り勇者様をお守りください」
「……はい、ありがとうございます」
本来であれば、伝えるべきを伝えなかったとして処分が下されてもおかしくはないというのに……。
私はホルトン上四位の慈悲に感謝し、頭を下げた。
「私も近衛三番隊の奴らも、皆が勇者様の幸せを願っておりますから――今は、落ち込んだ勇者様をどうするかが先決です」
「何か、案はありますか?」
私の言葉にホルトン上四位は腕を組んで目を閉じる。
そうしてしばらく唸った後、ホルトン上四位はおもむろに酒場の厨房を漁り始め――
「ここは男同士、やはり腹を割って話すのが一番ということで。今晩、手土産を持って参上することにいたしましょう!」
略奪品――いや、手土産?を調達したホルトン上四位は、そう言って笑顔で酒場から出ていった。
不安がないと言えば嘘になりますが、自分が何もできない以上は任せるしかない。
少しだけ荒れた室内を片付けてから、私は祈るような気持ちで酒場を後にした。
ホルトンさんがソワソワしていた理由ですが……。
この世界の酒場は2階が宿泊できるようになってる場合があって、そこではなんというか。
酒で盛り上がった男女とか、片方がプロの人を連れていくとか、そういう意味合いで使われることがあってですね……。
クリスはそれを知らない、ということでした、はい。




