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55 緊急会議(クリス視点)

前回の暗さを色濃く受け継いで、新節開始です。

縁君、ファイト。

 ****



「クリス様、サラちゃん。皆様は砦へ戻る前の――縁様の言葉を聞いて、どう思われましたか?」


 私達をテントの外へと連れだしたラーファ様は開口一番、真剣な様子でそう問いかけてきた。

『縁様の言葉』というのは恐らく『人殺しは、悪い人がすること』という、あの話の事でしょう。

 私としては悪とは人を殺すことではなく、その理由――悪を為さんとする心によるものであるので、違和感しかありませんでしたが……実の所、縁殿が言ったと考えれば、納得できない話ではありませんでした。


 例えば、あちらの世界がこの世界よりも平和であり、死すらも遠い世界であったのなら。

 それこそ悪や、死というモノへの感じ方が違ったのであれば。


 思えば、縁殿は家畜すら殺せない人でしたから。


「縁殿らしいなと、思いましたね」


 ……縁殿が私達を“おかしい”と表現したのは、きっと大袈裟なことではなかったのでしょう。


「なるほど。サラちゃんは?」


 私の言葉を受け取ったラーファ様はサラにも同じ問いを投げかけた。

 正直、嫌な予感しかしないんですが、聞かないわけにもいきませんか……。


「あたしは縁が怒った理由がわかってよかったって思ったわ。これで意味わかんない怒られ方しないで済むし、変にズル技使われることもなくなるもの」


 ……なんか、普通の答えでしたね。

 そう思ったのはラーファ様も同じだったらしく、微妙な表情を浮かべたラーファ様と目が合ってしまった。


「……まぁ、サラちゃんは素直だったということで」


「ですね」


 きっとサラは深く考えてないのでしょう。

 助かるといえばそうなのですが、これでいいのかと少し悩んでしまいます。


「えぇと、次の質問です。率直にお聞きしますが、貴方達は縁殿の考えを尊重することができますか?」


 尊重、ですか。

 恐らく、ラーファ様が言いたいのは「縁殿の常識に従う気があるのか」ということでしょう。

 戦争においても人は絶対に殺さないという――“自軍の犠牲を増やすだけの綺麗事”。

 普通に考えれば否と返すだけなのですが……。


「むぅ……」


 軍人としての判断に雑念が混じり、答えが出せない。

 縁殿の事を考えれば、せめて私だけでも……なんて、バカな考えが浮かんできてしまう。


「え、なんで?」


 けれど、サラには――そんな感情は無いようで。


「縁が何を思うかのは自由だけど、あたしが何をするのも自由でしょ?あんなに危ない目に遭ってる癖に変なこと言ってる縁に従う必要なんてないわ。死んだらどうするのよ、まったく」


 サラは腰に手を当て、いつも通りにそう言い切った。


「つまり、サラちゃんは何も変えない、と?」


「あたしだって積極的に相手を殺す気はないけど、そもそも相手が殺しに来るのが悪いんだから遠慮する必要なんてないし、むしろ縁がバカな分あたしが頑張らないといけないの。それを変えるつもりなんてこれっぽっちもないわ」


 自分本位な発言ですが、今回ばかりはサラが正しいでしょう。

 殺さなければ殺されるのは当然で、死にたくないのなら躊躇ってはいけない。

 戦争というのは、甘い夢で語れるほど優しくはない――


「まぁ、あたしはクリスみたいに手足を斬って痛めつけるなんて怖いことしないから、そのうち縁だって許してくれると思うわ、ふふん」


 サラが正しいなんて、私も焼きが回りましたか。


「この中で一番常識や優しさが欠如している人間が何を言うんですか。恐ろしさでいえば魔物以上ですよ、貴方」


「はぁ!?あたしのどこが優しくないっていうのよ!縁の為に砦の壁も壊したし、手早く燃やして死体を見せないようにもしたし!料理も護衛も頑張って、一番気遣ってるじゃない!」


「はいはい!そこまでです!皆様の言いたいことはわかりました!」


 白黒つけるかと互いに武器を抜いた瞬間、ラーファ様が手を打ち鳴らしながら私達の間に入ってきた。

 ……流石に他人を巻き込むわけにはいきませんね。

 私は渋々と武器をしまい、サラをにらむだけに留めることにした。


「話を戻しますが……端的に言えば、今の縁様が苦しんでいるのはその埋めようのない“常識の溝”にあります」


「「常識の溝?」」


 ラーファ様の言葉にサラと2人で首を傾げる。

 すると、ラーファ様は目を伏せ、まるで苦しみを吐き出すかのように言葉を紡ぎ始めた。


「自分が思う正しい道を歩もうとしたのに、この世界ではそれが間違いだった。そして自分の行動の結果が悲劇を生んでしまった……きっと縁様はこう考えているはずです、『僕が何もしなければ』と」


「そんなことはありません!」


 結果的に砦落としに助力したあの行動は……まぁ、軍人としてはダメダメですが、それでも褒賞モノなのは間違いないでしょうし、縁殿の立場なら間違っても責められることはないはずです。

 それに自分の行動の結果をすべて予期できる人間などいるはずがない。

 そもそも勇者の奇跡に頼る時点でこちらの手落ちなのですから、縁殿を責めるのはお門違いもいい所、なのですが……。


 続けようとした、それらの言葉は――ラーファ様から飛ばされた鋭い視線を前に、飲み込むことになった。


「はっきり言いますけど、縁様が苦しんでる大原因は貴方達”2人”なんですからね?」


 その言葉に、思わず息をのむ。

 ラーファ様は鋭い視線を崩さないまま私達2人を指差し、言葉を続けた。


「『皆おかしい』と縁様は言っていました。つまり、最初に縁様が馬車を飛び出したのは、最も身近であったはずの友達と“思想”が食い違い、裏切られた結果だったんです。裏切りというのは身近であればあるほどつらいモノだというのに、友達が“異教徒”だったなんて、そんな残酷なこと……あぁ、可哀想な縁様!」


 いや、その考えだとラーファ様も異教徒ということになるのでは?

 その疑問に行きついたのは、どうやらサラも同じだったらしい。


「なんか他人事みたいに言ってるけど、あんただってあたしがリベリアのザコ共をどうするか相談した時『必要な犠牲です。処理してください』とか何とか言ってたじゃない。2人じゃなくて3人でしょ。そういうの『棚に上げる』っていうのよ、縁が言ってたわ」


「ち、違いますぅ!確かに、その時はそんな事を言っていたかもしれませんけれど……わたくしがそう考えていたのは“昔の話”ですから!縁様の“説法”を聞いて『あたしが何をするのも自由』とか言っちゃうようなサラちゃんにはわからないと思いますが、わたくしは心を入れ替えたのです!」


 昔の話って、今日の話なんですが……。

 それにその理屈だと「出ていった時にラーファ様も異教徒だった」という言葉の否定にはならないですし……やはり、3人共ですね、これは。


 断固として暴力的な主張を変えないサラもおかしいですが、“縁殿が言ったから”という理由だけで考えをコロっと変えるラーファ様も普通ではない。

 なるほど、これが縁殿が味わった苦しみ――では、ないんでしょうけど。

 その気持ちが少しわかったような、そんな気がします。


「ともかく、今のところわたくし“だけ”は縁様の味方になれるので!せめて貴方達は縁様が認知する範囲で誰かを殺したり燃やしたりしないように、いいですね?」


「わたくしだけは味方ぁ?そういうの『調子がいい』って言うのよ、これも縁が言ってたわ」


「さっきからなんか、偉そうに言ってますけど……それ全部サラちゃんが言われたことある言葉なのでは?」


「……ぷいっ」


「あー!?顔を逸らしましたね!図星だったんでしょう!ねぇ!!!」


 頬を膨らませてそっぽをむいたサラに対して、ラーファ様がプンプンと怒り始める。

 今はそんなことしてる場合ではないと思うのですが……まぁ、暗くなりすぎるよりはいいと思うことにしましょう。


「はいはい、そこまでです」


「にゃっ!?はなしなさいよー!」


 今にも暴れだしそうにしていたサラの首根っこをつかみつつ、ラーファ様へと向き直る。

 縁殿が言ったことをなぞらえて話しているだけにしか見えないラーファ様には、思うところしかありませんが。

 殺すなというその要求には……正直に答えるべきでしょう。


「努力はしますが、約束はできません。私にとっては大事なのは大切な人達を守ることなので」


「同感ね。できるだけ隠してはあげるけど、とっさの時は知らないわ」


 サラと視線を合わせ、互いに頷きあう。

 いろいろと思うところはあれど、これは戦争。

 何がいつ起きるかわからない状況で約束などできるわけもなく。


「なので、ラーファ様が縁殿を励ましていただけると……助かります」


「はい、それはもちろん。わたくしはちゃんと“理解”したので、今度はうまくやれるはずですから」


 故に、こう頼む他ない。


 縁殿は私にできた最初の友達で、まるで弟のような……いつの間にか、ずっと守りたいと思うようになった唯一の存在です。

 本当なら、私がわかってあげたかった。

 けれど、私の存在が縁殿を苦しめるというのなら。


 私は、喜んで一歩後ろを歩こう。


「……話は終わったので、私はサラを連れて自分のテントまで戻ります。お休みなさい、ラーファ様」


「ふふふ、お休みなさい。2人も“こちら側”に来たくなったらすぐに言ってくださいね。この4人で同じ景色が見れる日を、わたくしはずっと待ってますからね!」


「なーにが4人で、よ。あんただって言うほど理解できてない癖に――」

「サラちゃん。抱き枕の刑にしましょうか」


「クリス!逃げるわよ!」


 焦るサラに背中を押されながら歩きだす。

 サラやラーファ様にはそこまでの深刻さは感じられず、私も縁殿の心に寄り添えているとは言い難い。


 けれど、それでも。


「どうか、優しすぎるあの子に……女神様の祝福を」


 せめて今もテントの中で苦しんでいるであろう縁殿の為に、祈るだけならば。

 見上げた先――星の見えない曇った空は、まるで私の心を映し出しているかのようだった。

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