52 其の名は英雄『カイン・リジル』
「お前は一体……?」
「え?あっ……」
おじさんの問いかけに呆然としていた意識が引き戻される。
あのおじさんが誰なのか、すごく気になるところだけど……。
「あの、すみません。元英雄――じゃなくて、英雄のカイン・リジルさんの場所を知りませんか?」
「……質問よりも、まずは名乗るのが先じゃないのか?」
あ、しまった。
先に名乗らないと失礼だよね。
「えぇと、僕は窓香 縁っていいます。あっ、縁の方が名前です」
サラから聞いた話だと、カイン・リジルは“輝くような好青年”らしいから、このおじさんは元英雄じゃない。
でも、この場では話の聞ける唯一の人だから……ちゃんとお話しをして、元英雄の場所を教えてもらわないと。
一旦、気持ちを落ち着かせてから、おじさんを見据える。
――けれど、おじさんは僕の言葉を聞く気なんて一切なかったらしい。
「実は戦争を止めるために、元英雄を捕まえに――えっ!?」
気付けば、僕の眼前にはすごい速度で石が迫っていて――僕は半ば反射的にリバージョンを使い、石を“元の位置”へと戻した。
あ、危なかった……。
心臓をバクバクさせながらおじさんへと視線を戻せば、おじさんは苦虫を噛み潰したかのような表情で僕の事を見つめていた。
「ま、まだ話している途中だったのに、なんてことするんですか!?」
まさか、いきなり石を投げてくるなんて……。
抗議の意味も込めて、おじさんをにらみつける。
すると、おじさんは溜息と共に呟きを漏らし、自然な動作で剣を抜いてきた。
「ハッ、魔力を使わずに時を戻すとは。まったく、馬鹿げてるな」
厳密には時を戻すわけじゃないけど、殆ど合ってる。
さっきの事といい、もしかしたら普通のおじさんじゃないのかも……。
「……手加減をする自信はないですけど、気絶してもらいます!」
おじさんに倣って、僕も剣を構える。
するとその瞬間、おじさんはとてつもない速度で僕の元まで走ってきて――速度を乗せた一撃を、躊躇いもなく胴体へと向けて振るってきた。
やっぱり普通のおじさんじゃない……!
見た目からは想像できない素早い動きに驚きながら、おじさんの持っている剣に対してリバージョンを使う。
狙い通りに剣は“柄へと戻り”、驚きの表情を浮かべて動きを止めたおじさんに対して、僕はお返しとばかりに剣を叩きつけた。
これで僕の勝ち――って、え?
「クソッ……!」
完全に決まったと思ったのに、リバージョンは初見のはずなのに。
驚くことに、おじさんは悪態をつきながら跳び退くと、僕の攻撃を完全に回避――いや、回避だけじゃない!
「うっ!?」
回避したと思った瞬間、間髪入れずに踏み込んできたおじさんの攻撃に、とっさに左手の籠手をぶつける。
見えているから合わせるのは簡単だけど、籠手が火花を上げて壊れたのを見て……僕の身体から嫌な汗が噴き出た。
こんな高威力の攻撃――もし、僕が防御を失敗していたら、死んでいたかもしれない。
右腕を無理やり引き戻して、胸からこみ上げてくる感情ごと叩きつけるように不壊の剣を振り下ろす。
おじさんはさっきと同じように跳び退こうとしていたみたいだったけど、そうはさせない。
「リバージョン!」
能力を叫び、今度はおじさんの移動を戻す。
これで避けられない!
僕は全力で剣を振り切って……結果としておじさんは僕の攻撃を受けきることができずに、地面を滑りながら吹き飛ばされていった。
「殺す気ですか!?」
離れた場所で倒れこんだおじさんに、そう叫ぶ。
すると、おじさんはフラフラしながらも立ち上がり、溜息をついてから言葉を返してきた。
「……お前、今自分が何をやってるのかわかってないのか?」
わかってないって、そんなわけない。
僕は戦争を止めるためにその元凶である元英雄を捕まえにきた、それだけなんだから。
「僕は悪い元英雄を倒すんです。そうしなきゃ皆が……犠牲が増えるだけなんです!」
言葉を吐き出しながら拳を握る。
『ここを耐えればカイン様が来る』『きっと英雄が助けに来る』
思えばここに来るまでの間、リベリアの騎士さん達は元英雄のことを正義の味方のように話していた。
元英雄が魔王復活なんて企まなければ、戦争なんて起きなかったのに。
きっと皆、騙されてるんだ。
「貴方も騙されてるんです!僕が全部終わらせます!だって僕は――」
「じゃあ聞くが、その“英雄さん”は国が動くほどのどんな悪いことをやったんだ?俺はいまいちそこのところを知らなくてね……。教えてくれたらここを通すのもやぶさかではないが」
……魔王復活を知らない?
あ、そっか。
リベリア王国と元英雄が秘密で悪いことをしてて……他の皆は知らなかったってことも、ありえるんだ。
それなら――
「あの、最初から説明すると……。えっと、リベリア王国は魔王を復活させようとしているみたいで――」
僕は必死にスタネアさんから聞いた話をおじさんに説明していく。
おじさんは「は?」とか「え?」って声に出していたけど、今度は石を投げてくることはなかった。
「それで、今は元英雄が魔王復活を目論む悪い人になってるんです!魔王の味方をして世界を滅ぼそうとしてるんです!」
思いが伝わるようにと、力強く言い切る。
すると、おじさんは頭を抱えながら震えた声で言葉を返してきた。
「ちょっと待て、その情報に根拠があるのか?」
「はい、帝国の偉い司祭さんがそう言ってました」
最初の印象は悪かったけど、スタネアさんって普通に良い人そうだったし……そもそも、嘘をついてまで戦争を起こすなんてあり得ないと思う。
……って、ゆっくり話をしてる場合じゃなかった。
「だから、そこをどいてください!僕はできれば戦いたくなんてないんです!」
元英雄の場所を教えてくれないなら……もう、王都まで行くしかない。
僕はおじさんを見据えて、剣を構え――
「や、やっと追いついた……」
けれど、後ろから聞こえてきた“聞き覚えのある声”に、思わず振り向いてしまった。
え、あれ、なんで……。
「さ、サラ?なんでここに――」
「あんた!!!ほんっっとうに、何考えてんのよ!!!」
顔を真っ赤にさせたサラが怒鳴りながら詰め寄ってくる。
リバージョンで遠くまで戻したはずなのに、何でこんなに早く……?
考えても考えても答えは出ない。
だけど、目の前にいるのは間違いなくサラで。
戻したことを責められる今の状況に……僕は無性に苛立ってしまった。
「だ、だって仕方ないじゃん!サラもクリスさんもわかってくれないからっ!」
「わかってくれないってなによ!あたしはあんたに“何も言われてない”わよ!!!」
思わずハッとする。
いや、でも、だけど……!
「いいから、もう放っておいてよ!」
「放っとくわけないでしょ!死んだらどうすんのよ!」
僕とサラは言葉をぶつけあう。
けれど、その途中でまたも聞き覚えのある声に、それを止められた。
「け、喧嘩はダメですよぉー!」
「縁殿、サラ、落ち着いてください。話し合いは後にするべきです!」
サラの後ろに目を向ける。
そこにはサラと一緒に戻したはずの、クリスさんとラーファがいて。
僕は――
「……何で、きたのさ」
3人から目を背けて、おじさんに視線を戻す。
何故かおじさんは困ったような表情でこちらを見ていたけど、関係ない。
僕1人でも、戦えるんだ。
「もう、ついて来ないで」
「いえ、そういう訳にはいきません。縁殿が何に怒っているのかは知りませんが、私は護衛騎士ですので」
そう言って、隣に立ってきたクリスさんから顔を背ける。
すると、背けた先ではサラが頬を膨らませながら僕のことを見ていて――
「『もう、ついて来ないで』だってー?はっ、弱いくせに調子乗るんじゃないわよ!」
そう言って、いつも通りに煽ってきた。
……清々しい程、いつも通りに。
「強化魔法、いきます!」
《――光よ、彼の者らに祝福を与え給え!》
どうやら、ラーファもここから離れるつもりはないらしい。
思わず振り向けば、ラーファはにっこりとした満面の笑みでこちらを見つめ返してきた。
「詳しい話は後にして、今は目の前の事に集中です!喧嘩をしている時間は、ないのでしょう?」
……そういうことなら、仕方ない、けど。
「あのおじさんを倒すまで、だよ」
でも、一緒にいると胸が痛くなるから。
僕は短く言葉を伝えて、前を向いた。
けれど状況は、それを許してはくれないらしい。
「それは難しいかと思います。あの方は、魔人殺し――我らが探していた元英雄『カイン・リジル』その人なのですから」
クリスさんの言葉に思わず目を見開く。
あ、あの人が、あのおじさんが元英雄……?
とても信じられない――のは、サラも同じだったようで。
「はぁ!?あ、あの“おっさん”が英雄カイン!?嘘でしょ!?」
「本当です。子供の頃に拝見したきりでしたが、間違いなくあの方です」
「輝くような好青年は!?まるでエルフのようなって記述は!?」
「サラのは絵本ですから……間違いなく、誇張表現でしょうね。そもそもあの伝説から何年経ってると思ってるんですか」
うわぁ、サラが見たこともない顔になってる。
まぁ、絵本って綺麗に描かれがちなところもあるもんね――って、そうじゃない。
緩みかけた思考を追い出すように頭を振る。
平気で人を殺すような人達と仲良くするなんて、ありえない。
……今更、仲良しになんて戻れるわけない。
そうだ、あの人が元英雄なら、ちょうどいいんだ。
あの人を捕まえれば、戦争は終わるんだから。
「絶対に負けないよ……世界を救って、僕は『勇者』になるんだから!」
言葉と共に飛び込みながら剣を振り下ろし、回避した元英雄にリバージョンを使う。
後ろから何か言われた気がするけど、そんなの知らない。
僕は1人でも戦える――えっ!?
「もう、その“手品”は通用しないぞ」
移動を戻して、絶対に当たるようにしたのに!?
気付けば元英雄は僕の攻撃を紙一重で避けていた。
剣はもう振り切っているし、リバージョンは使えない。
このままじゃ――
「あぁ、もう!世話が焼けるわね!」
《――火焔よ、我が敵を焼き尽くせ!》
けれど、僕が冷や汗を流したその瞬間、サラが中級火魔法を詠唱して、元英雄を巨大な火柱で飲み込んだ。
そして、それと同時に僕は誰かに首元を掴まれ、元の場所まで引き戻されて。
顔を上げれば、そこにはクリスさんがいて……。
そして僕を見るクリスさんの表情は……今まで見たことがないくらいに青褪めたモノだった。
「縁殿、油断しすぎです!あの方は私よりも強いどころか、今まで出会った人達の中で最も強いんですよ!?わかってますか!?」
「ご、ごめんなさい……」
その剣幕に、思わず頭を下げる。
勝手に飛び出して、死にかけて……そんなの、怒られて当然だよね。
僕はクリスさんに謝った後、未だに燃え盛る火柱を見つめた。
もし、サラが助けてくれなかったら……。
「何よ、思ったより楽勝じゃない。やっぱりただの雑魚おっさんだったわね。びびって損したわ」
「サラちゃん、あんまりそういうことを大声で言わない方が……魔人殺し、されちゃうかもですし」
「あたしは人間よ!というか、もう燃え尽きてるんだから殺されるわけ――え、あれ?」
サラの驚くような声を聞きながら、僕も目の前の光景を信じることができなかった。
なぜなら、さっきまで天を焦がしていたはずの巨大な火柱が突如小さくなり……その中から、無傷の元英雄が姿を現したからだ。
「迫力はあったが、あの“クソ野郎”に比べたら威力不足だな」
サラの魔法が、効いてない?
驚いて動けずにいる僕達に対して、英雄が言葉を続ける。
「それじゃあ、こちらも行かせてもらうぞ」
その言葉は、その雰囲気は、僕の脳裏に“戦場の惨劇”を思い起こさせて。
「あ、あぁ……」
英雄を捕まえる。
戦争を止める。
世界を救う。
たくさんのやらないとダメなことがあったはずなのに。
勇者として、投げ出しちゃいけない事だったのに。
――それだけは嫌だと、思ってしまった。
「っ!」
元英雄が踏み込んできた、その瞬間……僕はリバージョンを使った。
すると、瞬時に目の前の光景が切り替わり――
「僕は、僕は……」
思わず、蹲る。
“皆と一緒に戻った”先は、昨日野営した森の中で。
遠く離れたこの場所には、戦いの音なんて微塵も聞こえてこなかった。




