01 死
ここから1人称で縁君の物語が始まります。
「はぁ、僕も冒険してみたいなぁ……」
「あら?縁、またその本読んでるの?」
僕の手元に目を向けたお母さんが呆れたように声を掛けてくる。
恐らく、この後に続くのは『読んだら止まらないのに』という文句か、『そろそろ準備しなさい』というお叱りだろう。
だけど、今日に限っては僕にも譲れない事情があるのだ。
「今日は更新の日だから、ちょっと待って」
「更新?ってなんの……あっ、もー、縁はそれ読んだら止まらないんだから」
今回は前者だった――じゃない、早く続きを読まないと。
お母さんの言葉を聞き流しながら、僕は“いつの間にか増えていた絵本のページ”へと意識を移す。
絵本の中では“勇者”という、すごく強い主人公が森を探検し、襲い掛かる魔物を魔法で次々と倒していく場面が描かれていて、久々の冒険パートに僕の心は大いに盛り上がった。
「氷の槍なんてあるんだ、水色の折り紙で作れるかな?」
「ダメ、工作は我慢しなさい。それは本当に止まらなくなっちゃうから」
「あっ!?」
むむむ、すぐにやらないと忘れちゃうかもなのに。
言葉と共に折り紙を取り上げられて、僕はお母さんを「むっ!」とにらみつける。
「そんな目で見てもダメよ。勇者?はわがままな子にはなれないんだから。そろそろ絵本はしまうこと、縁は守れるわよね?」
「守れる、けど……」
お母さんは絵本を読んでないから勇者を知らないはずなのに、それにしてはうまく勇者を使われているような……?
ただ、僕だって今日の更新を楽しみにしてたわけで。
「まったく、いつもはいい子なのに絵本が絡むと――ん?そういえば、その本って、いつ買ったモノだったかしら?」
「あっ、あー!もう絵本は終わり!終わりにするね!」
お母さんの何気ない一言に、急いで絵本を背中に隠した。
あ、危ない。知らない看護師さんに貰ったなんてバレたら怒られちゃう。
絵本を枕の下に隠しながら、僕は恐る恐るお母さんの様子をうかがった。
「まぁいいわ。ほら、もう“お医者さん”来ちゃうから早く片付けなさい」
「は、はーい」
よかった、ごまかせたみたい。
僕はそっと絵本を枕元に戻して、これ以上疑われないように“ベッドの上”に散らかしていた色んな武器や道具も急いで片付けることにした。
もちろん武器も道具も本物じゃなくて折り紙で作った偽物だけど、僕にとってはこれらも大切なものだったから。
「――はい、今日の診察は終わりです。もう自由にして大丈夫だよ」
「やった!」
“いつもの診察”を終えて服を着ると、僕は急いで絵本を手に取った
もう何度も見た冒頭から読んでも、まったく飽きることはない。
だって、これは僕の“夢”だから。
絵本の勇者はいつだって強くて賢くて、皆を救う正義のヒーローで。
いつか大人になったら絵本の勇者みたいになるんだって、この頃の僕は毎日そんなことばかりを考えていた。
でも――
「ごほっ!ごほっ!」
「縁!?大丈夫、お母さんがついてるからね。きっと、よくなるからね……!」
僕は生まれつき体が弱かった。
それは誕生日を迎える度にひどくなり、10歳になる頃には一人で外に出ることもできなくなるほどで。
かすり傷ですら治るのに長い時間が必要で、病院から離れれば5分も経たずに死ぬような体。
生きているのが奇跡と言われちゃうくらい、僕はどうしようもなく不良品だった。
でも、そんな出来損ないの僕にも両親はとても優しく接してくれた。
お母さんは殆ど毎日側にいてくれたし、普段は忙しいお父さんも休日には絶対会いに来てくれた。
他の人は僕を見ると悲しそうな顔をする事が多かったけど、両親はいつもニコニコ笑ってくれていた。
呼吸がどんなに苦しくても、手術の傷跡や体の中が焼けるように痛くても。
ずっと続く吐き気や頭痛に、何日も襲われることがあっても。
両親が笑っていたから、僕も笑顔でいることができた。
本当の本当につらくなっちゃったときも、枕元の絵本を見れば耐えることができた。
周りの人が思うより、きっと僕は幸せだったと思う。
だけど、僕が14歳になった冬――とうとう、その日がやってきてしまった。
『おそらく今夜が峠です。これ以上はもう祈るしかありません』
『そ、そんな!どうにかできないんですか!縁はまだ生きてる!生きてるんですよ!』
ぼやける意識の中で、長い間お世話になった先生と両親の会話が聞こえてくる。
何があったのかを聞こうとして……口が動かないことに気付いた。
あぁ、もう時間が来てしまったみたいだ。
すごく重たいまぶたを頑張って持ち上げると、そこには泣いている両親と悲しそうな顔をした先生がいた。
両親と先生がこんな僕のために悲しんでいることがとても申し訳なく感じるけど、それがどこか嬉しくもあって。
――でも、最後に見る顔は泣き顔よりも笑顔がいい。
僕は最後のわがままを言うために、頑張って口を動かそうとした。
「――ぅ」
でも、口は動いてくれない。
まるで石になってしまったかのようにびくともしない。
僕の動きに気付いたお母さんが無理をしないでと言ってくれたけど……多分、これが最後なんだ。
最後くらい無理をしたいし、なにより男なんだからカッコつけたい。
でも現実は残酷で、どうしようもなく理不尽で。
どんどん意識が、自分が無くなって。
『――お願い』
その時、声と共に光が見えた。
とても綺麗で、それでいて幻想的な、不思議な光。
「なんだろう?」と疑問に思うのと同時に、何故か今にも消えそうだった意識が急にはっきりしていくのを感じる。
よくわからないけど、伝えるなら今しかない。
「な、泣かないで」
僕が声を発すると、皆とても驚いたような顔をしていた。
「ゆ、縁!?もしかしてまだ!」
お母さんもお父さんも、すがるような目で僕を見てくる。
でも、ごめんね、やっぱりこれが最後みたい。
「僕ね、笑った顔の方が好きなんだ……」
僕の言葉に両親はまた少しだけ驚いた後、涙でぐしゃぐしゃな顔のままで笑ってくれた。
あぁ、やっぱり僕は幸せだったんだ。
「大丈夫、僕は、とっても幸せだったよ……」
最後にそう伝えて、再び重くなったまぶたに任せるように目を閉じた。
そういえば、あの不思議な光、絵本から飛び出してきたように見えたけど、何だったんだろう?
結局それはわからないまま、僕の意識は暗闇へと沈んでいき――
『起きてください』
“聞き覚えのある”綺麗な声に、僕はゆっくりとまぶたを開いた。
「んっ……むぅ……?」
あれ?僕はどうなったんだっけ?
『おはようございます、『窓香 縁』さん』
声に導かれるように目を開けると、そこには……光?
「え、えっと?」
混乱しながら周囲を見渡せば、そこは暖かな光が地平線の彼方まで続く幻想的な場所だった。
ここは、地獄って雰囲気じゃないし、もしかして天国なのかな?
『ふふふ、天国ではありませんよ』
「えっ!?なんでわかったの?」
驚いて声の方向を振り向くと、そこにはぴかぴかと輝く光の玉が浮いていた。
どうやら、この光から声が出ているみたいだけど。
いや、それよりも何で僕の心が読まれたんだろう?
『私は神様ですからね、お見通しなのです』
なんだろう、ただの光なのにどこか自信満々な表情をしているように見える。
……って、え?神様?
「もしかして、僕が死ぬ前のあれって……?」
『はい、私ですね』
どこかで聞いたことのある声だと思ってたけど、まさか神様だったなんて。
「ありがとうございました」
最後に僕が両親と話せたのはまさに神の奇跡だったんだ。
感謝してもしきれないよ、うん。
『いえいえ、あなたにお礼を言われるようなことはしていません。それに、あれは運が良かっただけなのです』
「そうなんですか?」
『私とあなたの相性がよかったために、少しばかり力を貸すことができましたが、普通はそんなことありえませんからね』
相性がいいってどういうことなんだろう?
『あなたの魂は私達に近いのです』
やっぱり心が読めるみたいだ、神様すごい。
『そのせいであなたの体に不具合が起きてしまっていたみたいですが……』
「え、もしかして僕の体が弱かったのって」
『悲しいことではありますが、あの世界は私達のような存在が長く居られるようにはできていません。私達に近い貴方も、例外ではなかったようです』
病気の原因が魂だったなんて、そりゃ原因不明って言われるよね。
なんだかいろいろと頑張ってくれていた先生に申し訳ない気持ちになっちゃったよ。
「そういえば何で僕はここに?天国じゃないなら、ここは一体……」
『そうですね。では、ここにあなたを呼んだ理由を説明いたしましょう』
その言葉を聞いた直後、神様から柔らかな雰囲気は消え去り、ピリピリと空気が張りつめた。
『こちらの一方的なお願いだということは重々承知しています。ですが恥を忍んででも、あなたに頼らなければならないことなのです』
声だけでもわかる真剣な様子に背筋をしっかりと伸ばす。
けれど、神様が続けた言葉は“お願い”にしてはスケールが大きすぎるモノで――
『あなたにはある世界に転生し、そこで姿を消してしまった“女神”を探し出してほしいのです』
転生?女神探し?……どういうこと?
神様の言葉を何一つ飲み込めないまま。
こうして僕こと、窓香 縁の二度目の人生は始まりを告げるのであった。
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