魔を狩る者と姿の見えない精霊
薄明かりの中、1人の女と少年は木の椅子にテーブルをはさんで向かい合って座っていた。ランプに照らされた女性は笑みを浮かべており、やがて少年に優しく語りかけた。
「今日も1つ、物語を読もう。」
「今度はどんな話を聞かせてくれるの?」
少年は目を輝かせて女に問いかける。それに応えるように女は懐かしむような眼差しで少年を見つめゆっくりと語り出した。
「そうねぇ、この時代はまだ精霊なんてものが世界に存在していた頃の話さ。
青年の吐く息は白く、コート越しに刺さる冷気は体を蝕んでいく。
あたりは暗く木が生い茂っているおり、肌にまとわりつくようなじっとりと不快な空気が空間を支配していた。
ぱきりと枯れ木が折れる音が森の中に響く。
それは尋常ならず発達した筋肉、初雪を彷彿とさせる白い毛並み、紅く光を放ったルビーのような瞳、そこには異形とも呼べる巨大な白狼が1人の青年を獲物として見定めていた。
やがて白狼は青年を自分よりも弱者と判断し、一気に仕留めにかかる。
はち切れんばかりの後ろ足の筋肉に力を込め、大きく跳躍する。
普段なら白狼のひとかみで獲物は生き絶えていただろう。それが白狼に驕りを生みんでしまった。
青年は待っていたとばかりに右手に持っていた銀色のリボルバーを構える。そして冷気によってかじかんだ人差し指に力を込めて引き金を引いた。
撃鉄が雷管を叩き、弾丸が放たれる。
何もない空間から淡い光の粒子が発生し踊るかのように銃口から放たれた弾丸にまとわりつく。そして光の一閃となった弾丸は白狼の眉間へと吸い込まれていった。
「おう、またあんたかい。今回は何を仕留めたんだ?」
酒の飲みすぎだろう、しわがれた声で男は尋ねた。
木製の年季の入ったカウンター越しに青年と顎髭を伸ばした中年の男は向かい合っていた。
「あぁ今回は狼だな。ほらよ」
そう言うと青年は半透明で黒く濁った大人の拳ほどの石をカウンターの上に乗せる。ごとりと音を立てる石は男の視線を釘付けにする。天井のランプの暖かい光が石の内部に溶けるように染み渡る。
「…またそこそこの魔石だな。こいつぁ結構な値段になるぜ。」
男は半透明な石を魔石と呼んだ。
この世界には魔獣が存在する。ただの獣とは違う。魔を取り込みし獣。彼らはその命の灯火が潰える時、体内に魔の結晶である魔石を生成するのである。魔石はこの世界の動力源として世界を支えているのだ。
「色をつけてくれてもいいんだぞ。金はいくらあっても困らないからな。」
そう言うとザックは一枚の白いカードを取り出しガイモンに渡す。
「お前は三級狩人としていくら稼ぐつもりだ?お前が精霊魔術を使えればあっという間にニ級に上がれるのにな。」
「稼げるだけ稼ぐさ。」
狩人とは魔獣を狩って生計を立てる者たちの事だ。狩人のランクは8つに分かれていてそのランクに応じた狩場へ行くことが許されている。これは実力の伴わない狩人が無駄死にするのを防ぐためのルールなのである。
「とりあえずさっさとこれを買い取ってくれよ」
「あぁ、わかったよ。ザック、俺はお前に期待してるんだぞ?」
ザックと呼ばれた青年は半目で男を見つめる。
「それはもっと稼がせろってことか?ガイモン。」
「おうよ!俺もがっぽり稼いで老後は楽しく生きてぇからな」
ガイモンは大きな口を開け、笑い声をあげるが辺りの喧騒により誰も気にも止めない。
「老後…ねぇ…。ったく…俺は行くぞ、また来る」
ガイモンはザックにカードを返すとザックはそれを懐にしまい込み扉の方へ歩いていく。その歩調に合わせてボロボロの木の床板がギィギィと悲鳴を鳴らす。
「おう、次も期待してるぜ?」
ザックの後ろ姿にガイモンは声をかけるが返答はなく、ザックは酒場と併設された狩人のギルドを後にした。ザックがいなくなったあとも辺りには酔っ払い、商人、狩人と多くの声が入り混じり、狩人達は溜まった疲れを癒すために酒を浴びるように呑んでいた。
冷えた空気が肺を肺に取り込むたびにずきりと痛む。重くなった足取りでザックは自宅へ向かった。
ザックがいる街、クリューノは中規模の街である。王都まで行くには列車で3日ほど乗り継がなくてはならない。夜遅くと言うこともあり、通りを歩く人はまばらになる。
「寒いな…早く帰らないと。」
「えぇ、とても寒いわ。」
ザックの周りには何の姿もない。だが声が静寂の中で確かにザックには聞こえる。いつもそうなのだ。ザックは慣れてしまい、驚きもせずその声に返事をする。
「寒さなんて本当に感じるのか?」
「失礼ね。精霊の私は確かに実体はないかもしれないけどある程度は感じ取ることが出来るの。」
「そうかい、そうかい」
ザックは精霊の姿なんてこれっぽっちも見えない。だが精霊と名乗るナニカの声は聞くことが出来た。
名前はアリエス。自らを精霊と名乗りなぜかアリエスはザックに力を貸してくれる。だが姿などわからない。少女の声が彼女の存在を確かにさせている。もしかしたらザックの気が狂ってるだけなのかもしれないが…
ザックは自宅に着き服を着替えてベッドに倒れこむ。重力にしたがって体が布団に沈み込んでいく。眠気に体を支配されザックの意識は闇の中に溶けていった。
「おやすみ…私のザック…」
優しい声がザックの頭の中に響いた。




