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その電話番号はいつまでも使われております。


 紗菜は微笑み、彼の名前を呼んだ。


「ヒュウガさん。お久しぶり、紗菜です」

『……ああ。…………久しぶり、て、ほど経ってはないけど』

「ヒナタくんとはさっき会ったばかりだね」


 がたん! ――椅子がひっくり返る音。けらけら笑う紗菜に、彼は怒りはしなかった。ただズタボロの満身創痍といった声が聞こえてくる。


『ごめ、ん、俺。嘘を……ついていたわけじゃ……』

「うん」

『……最初、学校の友達かと思って。だからヒュウガは、そのアダナで。別に――隠してはない、本名が恥ずかしいとかそういう――』

「うん」

『年も――』

「うん」

『なにも誤魔化すつもりはなかった』

「うん」

『――ただ――ごめん、なさい。……年上の人を、呼び捨てにしたり、偉そうな口をきいたりして』

「うん。大丈夫。あたし嬉しかったから」


 紗菜は心から、なんの忌憚もなくそう言った。

 最初に間違えたのは紗菜のほう。いろいろ教えてくれる彼のことを、年上の大人だと思い込んでいた。

 彼は一度も、自分からそんなウソはついていない。紗菜をだまそうとしたり、見栄を張ったことはなかった。

 彼はただ、あるがまま――年齢や職業など関係なく、賢くて穏やかで、優しくて。

 ただの、素敵な男性だった。


 彼は言った。


『…………ガッカリされたくなかった。させてしまって、ごめんなさい』


 ううん、と、紗菜は否定した。


 詫びなどいらない。言い訳なんて必要ない。

 それより聞かなくてはいけないことがある。



 紗菜はルーズリーフのノートを開いた。最後の頁、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされた部分に指で触れ、文字の凹凸を探してみる。

 まだ言い訳じみた弁解をしている彼の言葉をさえぎって。紗菜は、絶対確認しなくてはいけないことを質問した。


「ねえ、ヒュウガさ――ヒナタくん。あたしが間違えていたのは、あなたの年頃と名前だけよね?」


『……そうだよ』


 電話の向こうで、少年はぶっきらぼうにうなずいた。紗菜もうなずいた。

 ならばこれ以上、ほじくり返すべき彼の秘密などなにもない。たとえまだいくつか嘘があっても構わない。


 だけどこれだけは、明らかにしておかないといけない。


 紗菜は言った。


「あなたの好きなものを教えて。もう一度。……あたしも言う。

 『あなた』に向かって、ちゃんと言うから」




 紗菜は昔から、物持ちのいい方だった。流行はやりものに興味がなく、一度好きになったものは、そう簡単には変わらない。

 本来ほんの数年で持たなくなるような、子供向けのものだって大切に使い続けている。

 泣いたり笑ったり、ときにヒビが入ったり直したりを繰り返し。

 月日が経ち、進学して、成人した。もう大人の女性と呼ばれる年になった。

 それでもそれは、ずっと紗菜のそばにある。


 少女の世界が広がり、たくさんの名前と数字が電話帳を埋め尽くしても。

 通話履歴を独占するのは、いつでもずっと同じ人。


 ずっとそのまま、彼の名前が並んでいる。



お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ア”ッ……!イイ………
[一言] 面白い
[気になる点] 軽い気持ちで弟の携番を教えて仕舞いギクシャクしてしまった穂波ちゃんの気持ちも知りたかったかも。 落ち込んだり、弟の長電話とかどんな感じだったのかな。 [一言] 初めまして、ズタボロ令嬢…
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