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『いいかぁ、アシム、ちゃんばらっていうのはなぁ、要は呼吸と気合いと腕力だぁ。』
アシムに刀術を教え込んだじじいは、いつもそう言いながら酒瓶を離さず、稽古というよりはリンチと言った方が正しいような鍛え方でアシムをしごき、叩きのめした。
『相手の呼吸を盗んで、気合を入れて、さっさとうちこみゃあ、それで決まるもんだぁ。賢らしい型なんか必要ねぇんだよぉ』
正統剣術を真っ向から否定するこの教えは、しかし『刀術』と呼ばれる業の極意でもあった。そして刀術は当然、正統剣術の一派からは忌み嫌われている。街中で嫌われる刀術は、逆に山野に住む賊たちに慕われるようになり、じじいはその極意をアシムに授けた。
その刀術の数少ない型である『引弦』を見て、「外法」と判事がつぶやいたのは、当然のことだった。
道場全体がざわめいた。その様子を見て、アシムはこの街の剣術道場では、よほど刀術が禁忌とされているのだろうと思った。それだけならばよいが――
「両者、剣を下ろせ。」
判事がそう言って、アシムとヨシンは剣を下ろす。判事はアシムに、蒼白な表情で言った。
「貴様、何者だ。」
「近衛試験の受験者だが。」
「その素性を聞いている。あててやろうか。山賊、夜盗のたぐいだろう。」
「急に失礼だな。何を根拠に言うんだ。」
「おまえの型だ。『引弦』。なるほど、貴様は多少、腕が立ちはするだろう。あの構えは一朝一夕で身に着けたものではない。しかし、」
判事は一息つくと、言った。
「だからこそ、問題だ。刀術は、山賊、盗賊どもの技術で、それを身につけているということは、貴様が賊だという証拠に他ならない。違うか。」
判事の言葉を聞いて、見学していた太子たちの表情が、歪んだ。
特に三人の男は、側近に何かを訪ねると、あからさまに顔をしかめてアシムを見る。先ほどの投げ技のときに感心していた女の太子も、側近の老女に何かを言われて、眉をひそめる。
その様子を見て、アシムは自分が、もはや衛兵の選考からは失格しただろうと思った。
たったいまの判事の――『司』における有力者の言葉によって、太子たちは、アシムを山賊のたぐいだと決めつけてしまっただろう。
だとすると残るは、なんとも人をばかにした、この状況に対する怒りだけだ。
「――確かに技は、山賊のじじいに、学んだ。」
アシムがそう言うと、ほれみたことか、という表情を判事はした。
「だとすると、貴様は不適格だ!この道場に立つ資格すらない。この試合は、するまでもなく、貴様の負け――」
「――しかし、それは十年以上も前のこと、それもここから遠く離れた土地でのことだ。」
アシムは、判事ではなく、太子たちの前で観戦している書記長のケープに向かっていった。その厳しい顔をした老女だけは、判事の言葉に動じていないように見えた。
「そんな昔のことをあげつらって、この試験の受験資格を執行させるのか?英雄ケルゥとやらも、きっと昔は、賊の身分だったろうに。」
「貴様――」
激昂する判事を押さえて、冷徹なケープの声が飛んだ。
「スラル判事、お声を押さえて。先ほどからの貴方の態度、目に余ります。」
書記長にそういわれて、判事ははっと息をのんだ。ケープはアシムに言う。
「失礼、アシムさん。貴方の言う通り、昔の身分を問うて、この試験の受験資格をはく奪をしたりすることはありません。しかし、いまも何か犯罪に手を染めていては――?」
アシムはこたえた。
「今はただの放浪者だ。昨日も、宿代を前金で払った。当然きれいな金だ。」
「結構。ただ、我々の英雄を侮辱するような言葉は慎むように……スラル判事!」
ケープの声が、道場を横切り、判事に向かう。
「は……」
「試合を続けるように。」
「書記長、しかし……」
「いま言ったとおり、アシムさんは正当な受験者です。貴方は判事として引き続き、公正な態度をもって、試合を進行するように。それに――」
ケープは目を細め、薄い笑みを浮かべながら言った。
「仮に、彼が賊だとして。貴方の一番弟子は、その賊一人、打ち倒す自信がおありではないのですか?あなたの道場も、その程度だと?」
その言葉を聞いて、判事ははっと、蒼白になった。アシムは追い打ちをかけるように言う。
「それで、続けるのか?続けないのか?」
判事はぎゅっと、唇をかみ、そしてヨシンに向かって目配せして、ヨシンはうなずく。それは、はた目から見ても、『殺せ』と言っているように見えた。