傾国の薔薇の栄華
昼。
歴史が動き、貂蝉の名が後世にまで伝えられる刻が来た。
呂布が董卓を誅殺。
王允、貂蝉の策が成功したのであった。
「ちょ…ちょう‥せん……貴……様…なに…もの…だ」
柱の影で董卓が呂布の手で殺される様を見ていた貂蝉は嗤っていた。
そして、呂布など存在していないかのように董卓に近付き目線を合わせるようにしゃがむ。
「何って、傾国よ。男どもを狂わせ、自滅させる―――闇の使者」
貂蝉は笑っていた。
明るく、穏やかに。
何かに憑かれたように。
「董卓、お前の存在のせいで私は全てをめちゃくちゃにされた。――――お前が私の運命を決めたのなら、お前の生死は私が決める」
董卓は思った。
今の貂蝉は美しい、と。
血に染まり、闇に沈む姿が恐ろしいほど美しかった。
ニィと董卓は笑う。
この女は生きながら地獄に堕ちる者。
ならば、あの世の地獄で見ていてやろう。
自分を殺す女がどこまで堕ち、苦しみ、泣き叫ぶ様を。
「地…獄……で逢お…う‥傾…国の…悪女……」
董卓の意識は闇に堕ちた。
董卓が消えた都は混乱を極めた。
政変により、貂蝉の養父・王允と文姫の父・蔡邑が死んだ。
乱世の運命が二人の女を襲う。
「――――…文姫、帝を護って」
その言葉は永久の別れを意味していた。
「あなたはどうするつもりっ!?」
「呂布と行くわ」
乱世が傾国に告げたのだ。
呂布を殺せ、と。
文姫の瞳から涙が溢れる。
「何故泣くの?あなたは、あなたには泣く理由はないわ」
不思議そうに言う貂蝉。
「泣くわよ。泣けないあなたの分まで…。素直に泣くことも笑うことも出来ない…あなたのっ!あなたの分も…っ」
文姫は知ってしまったのだ。
傾国の本性を。
傾国は己を血に染めることなく、禍を喚び、周りの生命を狂わせ殺す。
時代を、人を、運命も、何もかもを狂わせる。
それが――――傾国。
今の貂蝉の心は、傾国の大華。
貂蝉は笑わない――――作らないかぎり。
貂蝉は泣かない――――作らないかぎり。
「文姫、行って!!追手はもう来ているわ!!」
貂蝉は文姫の背を押す。
今の行動は、傾国に侵されていない心が為したもの。
友にだけは血に染まった姿を、傾国の姿を見てほしくなかった。
「貂蝉!私、あなたのことを伝えるわっ!あなたの悲劇を伝えるから!!」
そう、貂蝉に言い残し、文姫は帝を連れ脱出した。
脱出の途上、文姫は天を仰ぎ、叫んだ。
「天よ!何故ですか!!?何故、傾国という存在がこの世に在るのですか!!?何故、あの方を傾国とし乱世に産んだのですかっ!!?何故、傾国があの方だったのですか!!?何故っ、何故、貂蝉がこんなにも苦しまねばならぬのですか――――――!!?」
その問いにも、叫びにも、天は答えなかった。
蔡淡文姫。
彼女もまた、数奇な運命に翻弄された。
貂蝉の言葉どうり、帝を護るため彼女は、左賢王・劉豹の側室となる。
しかし、文姫の詩作の才を惜しんだ曹操が劉豹に貢ぎ物をし、彼女を引き取った。
後に彼女は素晴らしい詞歌を残し、才女として、その名を歴史に刻んだ。
いかがでしょうか?
次は幕間になります。