競馬場
「あ~あ、今日も負けかぁ」
競馬場、スタンド席で小笠原が天を仰いでつぶやく
(これからメーンレース、でも持ち金はもうないし…メインレースだけ
見て帰るか…)
と、たそがれていると
「よいしょっ」となりにだれかが座る、ちらと見ると
(若い…女性、いや、少女? 大学生? いや、高校生か?)
「君、高校生? お父さんときたのかなぁ?」
いちおう高校教師をしている身、ほってはおけないと、声をかけてみる
「あ、はい、高校生ですぅ、父ときましたぁ」
と少女がほほえんで答える
(…なら問題ないか、でも…)
「まさか馬券買ったりしてないよね?」
「あ…買いましたぁ」
「え!だめじゃん、未成年者が馬券買っちゃあ」
「買ったのは父ですう、でも予想したのはわたしですう」
(なるほど…それはいいのか…)
「で?何買ったの」
「はい、単勝で3枠6番ハルマキコベニー、買っちゃいましたぁ」
(ハルマキ?なんともふざけた名前の馬だ、そんなのいたっけ?)
手元の競馬新聞を見る、たしかにいる、あまり人気がない、10番人気?
当然成績も最近はさっぱり
(名前がおもしろいんで買ったのかな?)
「残念だけどこの馬は1着にはなれないな、成績が悪すぎるよ」
「えー、なれますよー」
(…すごい自信だな)
「でも最近の成績はさっぱりだ、ずっと10着以下だし…」
「今日は勝ちます!、この馬、先行すれば強いんです!」
小笠原がもう一度、新聞をながめる
(たしかに2年ほど前はスタートして2番手ぐらいに取り付いたときは着順は良い、だが最近は先行すらできていない)
ファンファーレが鳴り響きスタンドに目をやる、スタートの時間がやってきた
各馬がゲートに収まって行く
「先行、できるといいね」
小笠原がはげますように言うと少女が自信たっぷりに答える
「するよ!先行!、2番手!」
「えっ?」
その瞬間、ゲートが開く、各馬がいっせいにスタートする、スタンドに歓声がひ びく
8枠の馬が一気に先頭に立つ、そして、なんと少女の言った通り2番手にハルマキ コベニーがついて行く
「え?…うそ、ほんとに2番手だ!なんで?」
小笠原がおどろく
「この馬…2年前の夏に先行して勝ってます、この時、先頭立って逃げた馬、アストロサクラ、これ牝馬(メス馬)です。その年の冬にも2着になった、この時も
逃げた馬のすぐ後、2番手につけた、逃げた馬ピンキーエリア、これも牝馬、そしてこのレース、いま逃げてる馬、サウンドガール、名前の通り…牝馬!」
「え?…まさか…」
「つまりこの馬ハルマキコベニー、スタートして牝馬が先頭立ってとびだすといっしょに付いて行っちゃうスケベ馬!」
レースは最終コーナーを曲がり最後の直線に入る、先頭はサウンドガール、2番 手はハルマキのまま、歓声のボルテージが上がる
「そして…逃げたサウンドは、このレースは休み明け!あとは先頭に立つだけ!」
少女が突然立ち上がる、スタンドを指さし叫ぶ
「行っけぇー!」
ハルマキが先頭におどりでる、後ろから後続馬がせまるが充分距離がある、そし て1着でゴール!
驚き、ためいき、歓喜がいりまじった歓声がスタンドにひろがる
「う…そ…」
小笠原が呆然とつぶやく、そして、少女を宇宙人でも見るような目で見つめる
にこっとほほえんだ少女がいまだ生気のない小笠原に小さな紙を差出しむりやり
手の中に握らせる
「はい、これ」
小笠原が手をひろげる、馬券? あたり馬券?
「これ…あげまっす!」
屈託のない声で少女が言う
「え? でも…これ…」
「さっき言ったのうそでっす、お父さんなんていません!わたしが買ったんです、だから違法だから、あげまっす」
「いや…でも…それは」
「いいから、いいから、これでおいしいワインでも買って飲んでください、じゃ」
と拒む小笠原を残してさっさとスタンドの出口にむかった
「あ…おーい、待って…」
やがて少女の姿は見えなくなった、一人取り残された小笠原が馬券を見ながらつ ぶやいた
「高級ワインか…最近、飲んでないなぁ」