第1話 トラックに轢かれて
私の名前は無郎という。一郎さんや次郎さんならまだしも、無郎という名前は聞いたことがないと思う。私の父が話すところによると、大学受験で失敗して一年浪人したとき、「一郎だけに一浪した」だのなんだの言われてさんざんからかわれたから、そんなら我が子には無郎と名付けてやろう!……とのことだった。いや、無郎だとしても「無郎なのに一郎した」にすげ替わるだけだと思うのだけども。幸い、名付けた甲斐あって、かどうかは知らないがともかく、私はなんとか浪人せずに済んだのだった。
そんなわけで、私の名前は受験が終わると途端に意味を失ってしまった。あとはただ書くとき「無限」としばしば見間違われるばかりであった。役目を終えたものは次第に忘れ去られていくもので、周りから名前で呼ばれる機会は減っていき、私も自分の名前に無頓着になっていった。名前で呼ぶのは今や両親くらいで、しかも「う」の発音が面倒になったとみえ、「ナロー」とか「ナロ」とか呼ぶのみであった。そのため、私がトラックに轢かれたとき、「無郎!!」と叫ぶ声の聞こえるはずもなかった。
◇◇◇
「私はなんてつまらない死に方をするのだろう。」
脚が麻痺して感覚がなくなったことをぼんやりと認識しながら、私は頭のなかでつぶやいた。交通事故は身近なところで起こった。私の通う大学の入り口すぐである。普段から人と車がおおいに行き交い、ごった返しているので危機感を失ってしまっていたが、そこは信号も何もない場所なのだ。トラックが曲がって入ってくるというのに、とりとめもない考え事をしていた私は脚だけを動かしていて、周りをまったく見ていなかった。タイヤに足が巻き込まれ、刹那の激痛が走り抜ける瞬間、そういえば誰かが私の名前を呼んでいた気がすることを思い出した。
周りが騒然としはじめ、昼下がりのキャンパスにパニックが訪れる。救急車、と叫ぶ声がどこからか聞こえて、それから「大丈夫か!?」という声が雨のように上から覆いかぶさってきた。私は生暖かい血がべっとりと腹に這うのを感じながら、いわゆる走馬灯のようなものを見始めた。
小さな老人が、今際の際に瀕している。私は声を掛けようとするが、舌が回らずうまく言葉を発せない。息も絶え絶えになんとか、
「言い遺したことは」
と言葉をひねりだすと、小さな老人は震える声で、
「死に…たくない」
とだけ発し、そしてつぶれて消えた。
……祖父の葬式の夜、見た夢だった。




