八年後 27 彗星に乗って
高山は妹の舞子と上野動物園に行った翌日の月曜日、大学で講義を受けた後すぐに帰宅した。そして高山にとって生まれて初めてとなる小説の執筆に取り組み始めた。その日は夕食を挟んで五時間ほど執筆、推敲し、日付が変わってから更に深夜二時までそれを続けた。火曜日と水曜日も同じ作業に取り組み、木曜日の午後九時に初めての作品を完成させた高山は、少し緊張しながら国語クラブ Version 2.0 PWFMのグループラインにそれを投稿した。
高山『僕が生まれて初めて書いた小説が完成しました。なにしろ初めてなのでお見苦しい、というか読み苦しい点もあるかと思いますが、もしよければ読んでみて下さい』
高山
『
彗星に乗って
高山 ハヤト
「舞子、上野動物園にいるゾウの名前、なんだっけ?」
「スーリヤ、ウタイ、アルンだよ。ウタイはアルンの母親なの。覚えておいてよ?ていうか、昔お兄ちゃんが教えてくれたんだからね?あの頃はアルンはまだいなかったけどさ」
舞子は上野動物園にいるアジアゾウについて兄の隼人に説明した。大学生である兄が「上野動物園に行こう」と誘ったとき、高校生の舞子は「冗談だよね?私、小学生の女の子じゃないんだよ?」と言った。しかし隼人は、妹が上野動物園に特別な想いを持っていることを知っていた。
舞子は八歳のころ、あの有名な『かわいそうなぞう』を読み、大泣きした。そして兄の隼人に「上野動物園に連れて行ってよ」とお願いしたのだ。
隼人は「ええ?なんで?ジョンもワンリーもトンキーも、今は上野動物園にいないんだよ?行っても会えるわけじゃないよ?」と言った。それでも舞子は、連れて行ってと言って聞かなかった。
隼人が調べてみたところ、ウタイとスーリヤというアジアゾウなら会えるということが分かった。戦時中に東京都長官、今で言う東京都知事の命令で餓死させられたジョン、ワンリー、トンキーはインドゾウである。
隼人に連れられ上野動物園に到着した八歳の舞子は、ウタイとスーリヤの姿を見るなり、泣き出した。本で読んだ三頭と、目の前にいるゾウが重なって見えたのだと隼人はすぐに察した。動物を想う優しい心を妹が持っていることが、隼人はとても嬉しかった。
その日から月日が流れ、隼人は、高校生になった舞子と再び上野動物園に行くことになった。友達が少なく孤独な大学生活を送っていた隼人に、舞子は『友達券』を贈ったのだ。それを使うと、一日だけ舞子が友達として一緒に出かけてくれるというものだ。隼人がもらった友達券は、三枚綴りだった。そのうちの一枚なので、とても貴重なものだと言える。
上野駅で電車を降りた二人は、公園口から外に出て、上野公園を真っすぐ歩いた。あの頃よりも背が高くなった舞子と並んで歩き、あのときと同じ場所に向かうのは、なんだか不思議な感じがした。八歳の舞子は上野動物園に向かって歩いていたとき、全くはしゃいでいなかった。ジョン、ワンリー、トンキーがそこにいないことは知っていても、上野動物園という場所が、かつて三頭がいた場所であることに変わりはない。そこは舞子にとっては、トンキーが三十日間も飢えと闘い、力尽きた場所だった。舞子にとっては、とても神聖な場所だった。
隼人は「今日も舞子はきっと、真剣な顔で上野動物園に向かうだろう」と予想していたが、あのときにくらべると、舞子は時々笑顔を見せて、少しはしゃいでいるように見えた。口には出さないが、隼人と出かけるのが嬉しかったからだろう。
舞子はいざ三頭のアジアゾウを前にすると、幼い頃に読んだ本の記憶が鮮明に蘇ってきたのか、涙ぐんでいるように見えた。舞子は上野動物園でゾウを見るとき、ジョン、ワンリー、トンキーの三頭を重ねずに見ることは出来ない。
隼人と舞子はゾウの見学を終えたあと、東園にいる様々な動物を見て、西園に移動した。上野動物園は、正門のある東園と、不忍池がある西園に分かれている。西園の見学も終え、上野動物園を出たときだった。舞子は、隼人の手を握った。隼人は想定外の事態に、激しく動揺した。
「お兄ちゃん、照れてるの?妹に照れるって、バカじゃないの?アハハハ」
舞子はいわゆるツンデレの妹だが、気が遠くなるほどツンが延々と続き、デレはハレー彗星並みに、なかなか来ない。隼人はデレというハレー彗星が来るたびに思う。このまま、彗星に乗って一緒に飛んでいきたい、と。
駅に着いて改札を通る直前に、繋いだ手は離された。パスモをかざして先に改札を通過した舞子は振り向き、まだ自動改札機の手前にいる隼人を見た。
「言っとくけど、『友達券』の効果だからね!バ〜カ!!」
舞子はそう言って、隼人が今まで見たことも無いような幸せそうな顔をして、笑った。
〈了〉』




