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61話 梟の食後

肉の脂とエールの香りが充満する食堂。

浮遊戦艦『暁』の奪取という狂気の作戦が可決された熱気が冷めやらぬ中、アークが重々しく口を開いた。


「さて、腹も満ちたところで…始めるとするか」


アークが立ち上がる。


「レノの手腕は認めるが、天空魔城での決戦を思うと、今の戦力では、いささか脆すぎる」


アークは右手を掲げた。その掌に、ドス黒い赤色の魔力が渦を巻き始める。


「魔王が権能で、ジョブを変更することができる。」


「おいおい、勝手に人の天職をいじるなよ……」


レイジが眉をひそめるが、その目は好奇心に輝いていた。


物語でしか聞かない「クラスチェンジ」。それをこの目で見られるのだ。


「だが、適性は見てみないと分からない。


例えば⋯バムとやらがあいにく今のジョブが最適になっているように、全員に与えられるかは分からない。


まずはゾラ、前へ」


「へっ、一番槍は俺かよ! 望むところだぜ!」


ゾラが椅子を蹴って前に出る。アークがその屈強な肩に触れた瞬間、爆発的な赤い雷光がゾラの全身を駆け巡った。


「ガ、アアアアッ!!」


苦悶の声か、歓喜の咆哮か。

ゾラの筋肉が波打ち、体毛が鋼の針のように硬質化していく。


全身の骨格がミシミシと音を立てて組み変わり、一回り巨大化したその姿は、もはや獣戦士という枠を超え、圧倒的な「武人」の代名詞のような存在だった。


光が収まると、そこには荒い息を吐くゾラが立っていた。その瞳は金色に輝き、溢れ出る闘気が周囲の椅子をガタガタと震わせている。


「すげぇ……力が⋯⋯」


「ゾラのジョブは『戦士』からユニークジョブ『闘神獣アレス・ビースト』に。身体能力の大幅な向上に加え、仲間を強化する指揮官スキルも付与されている。」


「ハッ、神様とは出世したもんだな! ⋯これなら、きっと。」


ゾラが豪快に腕を回して笑うと、レンジの方を見遣る。


続いて呼ばれたのはミラだった。


「次は貴様だ、参謀の女」


「……お手柔らかにお願いします、魔王陛下」


ミラが優雅に跪く。アークが指先を彼女の額にかざすと、いくつかの適性ジョブが浮かぶ。


(⋯当人の願いを叶える傾向にあるとは思っていたが、そう来たか)


今度は紫色の霧が彼女を包み込んでいく。

影が生き物のように蠢き、ミラの輪郭を曖昧にしていく。


「……んッ」


短く艶めかしい声を漏らすミラ。


霧が晴れた時、彼女の姿に大きな変化はなかった。


だが、レノには分かった。彼女の気配が希薄なっていく。そこに居るはずなのに、意識を逸らすと存在ごと消えてしまいそうな、幽霊のような存在感。


「『影の宰相シャドウ・プライム』。隠密行動、暗殺術の極致だ。


『思考並列処理』のスキルがあれば、これで貴様は同時に複数の諜報を行いながら、レノの補佐が可能になる」


「素晴らしい……。」


ミラは自身の指先を見つめ、恍惚とした表情で微笑んだ。

続いて、恐縮しきっているラナだ。


「わ、私なんかが……いいんでしょうか」


「構わん。治癒術は戦線の維持に不可欠だ」


アークの手から柔らかな緑色の光が降り注ぐと、ラナの背後に淡い光の翼のようなエフェクトが一瞬だけ展開された。


「『聖域の巫女サンクチュアリ・メイデン』。


単体回復だけでなく、広範囲に及ぶ絶対防御結界の展開が可能になる。仲間を死なせるな」


「は、はいっ! 頑張ります……!」


三者三様の劇的な進化。


短期間でこれほどの底上げができるだけで、魔王という存在の異質性を認識するとともに、仲間を強くする能力ゆえに仲間に裏切られてきた歴史であることはレノは皮肉にも思えた。

圧倒的な力の付与を目の当たりにし、レノはゴクリと喉を鳴らした。


(ゾラが前衛火力、ミラが情報処理、ラナが広域防御……。完璧な布陣だ。


となると、俺に来るのは⋯? )


自身の知略が魔王の力でブーストされれば、もはやこの大陸に敵はない。レノは期待に胸を膨らませ、満を持してアークの前に立った。


「さて、アーク頼む。俺の指揮能力を強化するようなジョブがあれば良いんだが。」


「……」


アークは無言でレノを見下ろし、その胸に手をかざした。

魔力が流れ込んでくる感覚。レノは目を閉じ、自身の魂が書き換えられる瞬間を待った。


しかし。


数秒経っても、何も起きない。

光も、雷も、霧も出ない。


「……おい、どうした?」


レノが片目を開けると、アークが奇妙なものを見る目で、いや、睨みつけるようにレノの顔を覗き込んでいた。その深紅の魔眼が、微かに揺らいでいる。


(……なんだ、これは)


アークの視界には、レノの適性ジョブに決してありえないジョブが写り込んでいた。


アークは瞬時に思考を巡らせ、そしてフッと自嘲気味に笑った。


アークはパッと手を離し、わざとらしく肩をすくめた。


「……残念だが、不発だ」


「なに?」


レノが間の抜けた声を上げる。


「貴様の魂の器、どうやら戦闘や魔法の適性が皆無らしい。空っぽだ。」


「……そうか。まぁ仕方ない。」


そういって伸びをするレノに対し、ゾラがそんなはずは、と吠える。


「ないものはない。ジョブは変わらず、現状維持ステイだな」


そこまで聞いて、ミラが「ま、まぁレノの凄さは指揮官としてでふから」と噛みながらフォローし、ゾラが「ま、俺たちが強くなったから結果的にレノも強くなってるってことだ、安心しろって!」と無理なフォローをして背中を叩く。


騒がしい仲間たちを見ながら、アークは内心で冷や汗を拭っていた。


(……この一獣人に魔王ジョブの適性があるとは、一体魔王システムとやらはどうなっているのだ?)


凡人を装う軍師と、その正体に気づいた魔王。

奇妙な共犯関係を抱えたまま、一行は天空魔城への道を歩んでいく。

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