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庵或留の遺体があった寝室には、奥へと続く扉があった。
潮が、史紋やスムヨアらへの報告を終えたあと、その扉を開けると、すぐに階段が現れた。茶々が躊躇なく降りてゆくため、四蛇、又旅、潮、ワロの四人も慌ててそれを追う。
階段は案外すぐに終わり、四角い部屋に出た。その部屋の真ん中には、また下りの階段があったが、一行はその階段の前の、なんとも形容しがたい生き物に視線を奪われた。
その生き物と四人はわずかな間見つめあったが、その生き物は、急なことに戸惑った様子で、部屋の隅へと逃げて行った。
興味津々の茶々がそれを追うので、四蛇と又旅もその生き物にそっと近づいた。
その生き物は、憑き物のようだった。柔らかそうな身体を腹のところで折り曲げており、腰の部分はこちらへ突き出ている。例えるなら、長椅子の横幅を短くしたような形だ。それに四本の足が横並びについている。茶々がその憑き物に鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、それを嫌がるように身をよじった。
「茶々や」
又旅が名を呼ぶと、茶々は憑き物から離れた。
「おそらくそいつは、この階段を下りるためのものじゃろう。庵或留がその憑き物に座って、下まで運ばせていたんじゃ」
階段を覗き込んでいたワロが言った。
「攻撃してこないのは、乗り物としての用途で作られたものだからじゃろう」
「随分先まで続いているようだ」
階段を下りていた潮が、戻ってきて言った。
「どうする」
「降りてみよう」と四蛇が言う。
「降りる前に、スムヨアをここまで連れてきた方が良いんじゃないか。迎えに行く人間が必要だろう。シャン坊やプー坊のような連中が他にもいるかもしれん。かといって、桂班と合流できるのであれば早い方がいいし、この先に何があるのか分からないままでは、行動も取りづらい。二手に分かれるべきだろう」
又旅がそう言って「わしが残ろう」と言った。茶々は、自分もだ、とでも言うように、又旅の腕の中へ飛び込み「にゃんすー」と鳴いた。
「俺も残ろう」と潮が言った。
四蛇とワロは、二人と一匹を残し階段を下りて行った。階段は想像していたよりも遥かに長く、かなり深いところまで降りて行けそうだ。そのことを報告すると、どうやら桂班が進んでいる方で発見した地下施設と繋がっているのではないかと、推測できた。
上に残った二人は腰を下ろし、まず各方面への連絡を行った。
茶々はまた、憑き物にちょっかいをかけに行った。
浮文紙を整頓する潮の手は、やはり人間とは異なり不思議な動きをする。又旅は手伝うべきかと迷ったが、止めておいた。
「お前さんには、ずっと礼を言いたいと思っていた」
又旅が言う。
「目有を守ってくれて、本当にありがとう」
潮は片手をこちらに向けると、にっこり笑った。
桂班とヘドリアの六人は、螺旋階段を一番下まで降りてみたが、予想通り行き止まりだった。窓から見えたところに降りるには、一度上に戻って、別の道を探す必要がありそうだ。
元来た白い通路のところへ引き返している間に、ワロと四蛇から、それらしい場所に到着したとの連絡が入った。
桂班が壁につけてきた目印を辿ってもらい、その後、白い通路にて無事に合流することができた。まもなく、スムヨア、又旅、茶々、潮も到着するらしい。
桂班と四蛇の六人で例の金色の空間への入口を探し、それを見つけて戻ってきた頃にはスムヨアらも到着していた。
スムヨアとヘドリアの再会がどのような形だったのかは分からないが、彼女らはすぐ隣に立って待っていた。さらにその隣には、虚ろな目をした名曳が立っている。スムヨアの人形の術によって、ここまで運んできたのだ。
スムヨアは名曳の人形の術によって、エノキらの乗っている鳩車を動かしていたが、ちょうど門前市に着いたところだと言う。あとは、彼女から名曳と魚冥不の芯石を取り出させるだけだ。
「行こう」
史紋は、先ほどの捜索で見つけた、大きな両開きの扉へみんなを案内する。黒っぽい扉には金の装飾が入っており、周りの白い壁にはそぐわない、荘厳な雰囲気がある。
みんなの顔を見回してから、史紋が扉を開けた。
金色の輝きが視界を埋める。扉の向こうの光景に、初めて見た数人が声を漏らす。扉はその広間の高い位置にあり、ここから正面へ降りて行けるような形になっている。
句朗は、その空間の広さに、改めて圧倒された。視線を上げると、巨大な女性の像が、優しいまなざしでこちらを見下ろしている。上から見た時よりもさらに大きく感じる。
句朗は、感動している場合ではないと頭を振り、女性の像の足元を見る。青いものが、まだそこに見えた。
「こりゃ、わしゃ、今死んでも悔いはないわい」
ワロは一つ目を潤ませている。
「何言ってるのよ」
傍にいた傘音が驚く。
「こう見えて、芸術には造詣が深いんじゃ。絵を描いてそれを商売にしていた頃もあった」
「へえ」
「あいつめ、こんなものを作っていたとは。言えば協力したものを。いや、これを一人の力で成し遂げるのが楽しいんじゃろう。その気持ちも分かる。さすがわしの友じゃ」
「今の状況、分かってるの?」
傘音が呆れて言った。
「いや、すまん」
「行こう」
句朗が走り始めると、みなもそれに続いた。ワロだけは、我慢できないようにきょろきょろと、通り過ぎる像を見回している。
ハルバの姿をした庵或留は、女性の像の足元に、座っていた。足をぶらつかせ、両手を後ろの方について、待ちくたびれたという様子だ。子供の姿ではない。彼の身体の成長は早く、すでに立派な青年に見える。
桂班は武器を構え、彼のすぐ傍まで近づく。




