10-1
桂班らを乗せた黒駒は、大きな丘を迂回したところで止まった。
南からは見えなかったが、丘の隣に大きな凹みがあり、そこに洞穴があった。その洞窟から、庵或留の元へと行けるようになっているらしい。
憑き物の進入路へ到着したことを、史紋が四蛇に浮文紙で伝えると、六人は黒駒を降りた。憑き物が何体もいたが、ヘドリアがいるおかげか、襲ってくることはなかった。
六人は、洞窟の中へ足を踏み入れた。
蝋燭が燃え尽き、二本目に差し替えた頃、潮から史紋の元へ連絡が来た。庵霊院の奥で、庵或留の遺体が見つかったらしい。
桂班の五人は驚いたが、「継承されたということでしょう」とすぐにヘドリアが言った。
「向こうも、そう考えているらしい」
史紋が浮文紙を見ながら言う。
「ヨアは?」
鼓童が短く確認する。
「返事が来た。無事なようだ」
庵或留が継承されたということは、彼の血縁の、彼よりも若い誰かが死んだということだ。
ヘドリアがこうして傍にいるので、他の候補者であるスムヨアの身に、何かが起こったのかもしれないと考えたのだ。
「でも、継承した後の庵或留が、そう書いているのかもしれない」
入が指摘する。
「ちょっと待て」
史紋がまた潮の方の浮文紙を読む。
「庵或留の遺体は、死んでからかなり時間が経っているらしい。二、三十日くらい前に死んだ可能性があるとのことだ」
「じゃあ、ヨアとヘドリアは違うね」
入はほっとしたように言う。
「少なくとも、ヨアには継承されていないだろう。この旅に出る前に何度も、魂の見られるワロさんと顔を合わせているから」
史紋が言った。
「私には継承されている可能性は、一応あるみたいですね。ただその場合は、ノウマの時に乞除に解呪されて、ここに至るまで、全てが演技ということにはなりますが」
ヘドリアは静かに言った。
「考えられないよ」と入が首を振る。
「きっと、庵或留の継承候補は他に何人もいるんだろう。七人呪師を絶やさないことが彼の目的の一つだから、継承候補が多くいても不思議じゃない。庵或留の姿が変わっているということだけ、覚えておこう」
洞穴は、大型の憑き物でも通れるように、十分に広い作りだったが、それでもその暗闇と閉塞感に、句朗の気持ちも塞いだ。暗闇は、人の心を挫けさせる。
四蛇にイクチの巣穴の話を聞いたことがあるが、きっと彼もこんな気持ちだったのだろう。彼は又旅の吹く笛が慰めになったと言っていたが、句朗もそれを懐かしく思った。
休憩中に一度、桂班に追いつくように、憑き物が現れた。
ヘドリアが前に立つと、憑き物は去るでもなく、うろうろした後、その場に座り込んだ。
「何か飲み込んでいる」
ヘドリアがそう呟いて傍に寄り、憑き物の腹をさすると、口のような穴を大きく開けて、野干を吐き出した。そして憑き物は、仕事を終えたかのように洞窟を引き返していった。
「ハカゼの野干を運びに来たのね」
傘音が言う。
ヘドリアは何も言わず、不器用に左目だけを閉じると、ぐったりしている野干の上で両手を動かし始めた。しばらくすると、野干は震える四肢で身体を起こし、力を振り絞るように、とぼとぼと出口の方へ歩き始めた。
史紋と入がそれを追いかけると、水を手のひらに出して与え、食べ物も少し与えた。野干は考える余裕がない様子で、口元に差し出されたそれを舐め、また歩き始めた。
「普段そいつの肉を食ってるくせに、こんな時だけ優しくするのは矛盾してる」
鼓童が、いじわるを言った。
何本ものろうそくが燃え尽きた頃、庵霊院の近くだと思われる場所に着いた。ぽつぽつと、電球がついている。いつのまにか、地面も壁も、なめらかな白い石に変わっていた。
スイッチを見つけたので操作すると、明かりがついた。
「変な匂いがする」
入がそう言って、不安気に傘音の傍に寄り添った。
空気が淀んでいるような気がする。身体が拒否するような、鼻の奥がツンと痛くなるような不快な匂いがする。奥の方から漂ってくるようだ。
白い通路は、いくつかの道に分かれていた。適当に探索していると、ハカゼの生き物が集められた檻を見つけた。既に絶命しているように見える生き物もいる。
憑き物が連れてきたハカゼの生き物は、ここへ集められるのだろう。匂いの元はここのようだ。狭い場所に詰め込まれ、糞尿にまみれている。餌は与えられていない様子だ。
檻の入口は、外から簡単に開いた。ヘドリアは躊躇せずその中に入ると、近くにいた生き物から、すぐにハカゼの治療を始めた。
「みんなを治療するような時間はないと思う」と入が遠慮がちに言う。
「ええ」
ヘドリアはそう答えながらも、治療を止めない。
入はそっと彼女に近づくと、それを熱心に見る。魂が見え始めている自分にも、治療ができるかもしれないと思ったのだ
。隣のハカゼの生き物の上にそっと手を伸ばしてみたが、魂の管は指に触れず、すり抜けた。ただし、入の指を避けるようにふわりと歪んだ気がして、入は驚いた。
「おい!」
鼓童の声が、遠くの方から聞こえた。一人で離れて探索していたようだ。
みんなが声の元へ行くと、鼓童は、ある檻の前に突っ立ち、その中を見つめていた。
狭い檻の中に、膝を抱えた女性が、ひとり座っている。
「あれは……」




