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まず突き飛ばすように扉を開き、一瞬待った後に茶々が部屋に飛び込んだ。茶々は部屋の中で、物を倒したりぶつかったり、大騒ぎを始める。
闇に潜んでいた二人がそちらに気を取られる隙に、四蛇と潮がカンテラを持って突入し、隠れていた二人を素早く見定め、そこへ向かって武器を振り下ろす。
四蛇が木槌をふるった相手は、ひょいとそれを躱したが、姿勢を崩して棚から転げ落ちた。
「悪い!」四蛇は謝りながら、彼の背中に飛び乗り、動きを封じた。
加勢に来た又旅が、素早く彼の両手を後ろに回し、持参してきた細い縄で縛る。
押さえつけられたシャン坊、もしくはプー坊は、鋭い敵意を持った視線を四蛇に向ける。
顔を上げると、もう一人の方が潮の元から逃がれるところだった。彼は身軽に机の上や棚の上を移動し、そのまま逃げだすのかと思ったが、部屋からは出ず、攻撃の機会をうかがっている様子だ。茶々を追いかけようとしたが、捕まえられないことを悟り、今度は又旅に狙いを定めたようだ。
あっというまに、又旅の頭上の棚まで上がり、ナイフを振り上げ、飛び掛かってきた。
しかし潮の振るった鉄球がもろに当たり、彼は床を転がる。
死んでしまったかと心配した四蛇が彼に近づくと、ひょいと立ち上がり、そのまま四蛇の顔面を蹴った。
しばらく命がけの追いかけっこが続き、気づけば四蛇は肩で息をしていた。しかし、集中力を切らさないよう、目を瞬き、しっかり相手を見る。
彼が一瞬、奥の扉の方へ視線をやった。逃げようとしている。そう悟ったのは、四蛇だけではなかった。
又旅が素早く横に移動して、奥への扉の前へ行く。察した潮が、入口の方も塞ぐ。彼は一瞬苛立ちを顔に浮かべた。
「君は、シャン坊か?」
四蛇が尋ねると、シャン坊は頷く。
自虐的な笑みを浮かべて「でも、名前なんてなんの意味もない」と言った。どうやら、拘束した方がプー坊のようだ。
シャン坊は潮の方へ突っ込んできた。
四蛇もそれを追う。
潮は武器を構える。
シャン坊は両手でナイフを持ち、それを振り上げた。
シャン坊がナイフを振り下ろした相手は、潮ではなかった。
潮は一瞬、取り残されたように静止していたが、我に返ってシャン坊を取り押さえた。床に倒れているプー坊は、首から血を流している。
「なぜ殺した?」
四蛇が大きな声で、叱るように叫んだ。
四蛇の感情の高ぶりに、シャン坊はびくりと身体を震わせたが、面倒くさそうに呟いた。
「殺していませんよ」
しかし、傷の具合を見るに、もう助からないように思える。
「大丈夫じゃ。この子たちは、蒼羽隊や憑き物と同じようじゃ」
ワロが姿を現して言った。彼は、足手まといにならないように物陰に潜んでいたのだ。
「魂が、ワロドンののど骨にくっついておる。元は別の人間だったようじゃ。治るのに時間はかかるだろうが、死ぬことはないじゃろう。この子らはきっと、庵或留の召使として作られたんじゃろう」
「どうしてこんなことしたんだ」
血を流すプー坊を見ながら、シャン坊に問う。
「気に入らない顔をしていたからです」
涼しい顔でシャン坊が言い、四蛇と又旅は、ちらりと視線を交わす。
「君も同じ顔だ、とでも言いたいんですか。僕の立場になれば、きっと分かりますよ」
五人は、互いの怪我の具合を確かめ合った。
シャン坊は縛られたまま、ひどく不機嫌な顔で、そっぽを向いている。
シャン坊と言い争う必要はないが、四蛇は少しだけ話をしてみたくなった。
「俺は蒼羽隊に友人がいるが、あの人たちは同じ蒼羽隊の人間を嫌ってはいないようだ。君たちと同じように作られた存在らしいけどね」
シャン坊は、憎しみが混じった表情で、ここにはいない誰かを睨むように、宙を見つめる。
「あの人たちも、僕たちと同じように、自分が本当は誰なのか、男なのか女なのか、何歳なのか、何も知らないんです。偶然与えられた役割を、演じているだけなんです。純朴な少年を演じているけれど、本当は狡猾な老婆かもしれない。精悍な青年を演じているけれど、本当は少女なのかもしれない。彼らが誰なのかは、庵老師が作ったその見た目が決めているにすぎない。もしそんな状態で、見かけが自分と全く同じ人間がいたら、あなたはどう考えると思いますか?」
シャン坊は、まくしたてるようにそう言うと、息継ぎをしてまた口を開いた。
「僕たちは、自分が自分であると証明するために、相手を打ち倒さないといけないんです。自分が二人いるなんて、不安定な現実、耐えられない。それに、より優れた従者だと庵老師に認めてもらうのが、僕たちの人生なんです」
「自分をそんな境遇に陥れたのが、庵或留その人だということは、知っているのか」
又旅が問う。
「ええ」
「それならどうして、庵或留から離反せず、服従しているんだ?逃げて自由に生きていけばいいじゃないか」
シャン坊はまた面倒くさそうに溜息をつく。無視されるのかと思ったが、ゆっくり話し始めた。
「例えばあなたが……」
シャン坊は少し考える。
「例えばあなたが、大きな事故で怪我をし、一命はとりとめたものの、その後意識を取り戻さなかったとしましょう。数年の間あなたは眠り続け、やがて目を覚まします。あなたの身体には重大な障害が残り、ひとりで生きていくのは不可能な状態です。すると、あなたが眠っていた間、甲斐甲斐しく自分の世話を続けていた人物が現れます。その人は、あなたに好意を持ち、これからも、不自由な生活の手助けをさせてほしいと言います。あなたはどう思う?」
又旅は、複雑な表情を浮かべる。
「ありがたいと思うじゃろう」
ワロが淀みない口調で口を挟む。
「俺は」
ワロとは異なる意見を持つ潮が口を開くと、シャン坊が試すような視線を寄こした。
「この人から逃げ出すことはできないのだと絶望する」
「そういうことです」
シャン坊は、説明の手間が省けたとばかりに、顔を背けた。
「どういうことじゃ?」
「千年生きても、人の気持ちは分からないことがあるということです」
「おぬし、わしを知っておるのか」
シャン坊はワロを無視した。
四蛇は険しい顔で、プー坊の首から流れる血を見ていたが、何かに気づいた。
「だから、俺たちから離れたのか?」
四蛇はさりげない口調で潮に尋ねる。
「俺は、できるだけ多くの人間に恩を売りたいだけさ」
潮が、挑戦的に片頬を上げてそれに答える。四蛇は同じ笑みを返す。
「僕を殺すんですか?」
どうでもよさそうにシャン坊が言う。
「まさか」
四蛇が首を振る。
ワロがシャン坊の傍にしゃがんだ。
「わしなら、お主らの正体を教えることができる」
ワロがそう告げると、シャン坊は顔を背けたまま赤くした。彼は、素直になるのが苦手らしい。
「この後のことに手を出さないでくれるなら、全てが終わった後、お主らの正体を告げよう」
ワロは約束した。
奥の扉を開けると、予想していた通り、その先は庵或留の居室になっていた。
蕪呪族の村にあった庵或留の屋敷は、静かな美術館のような、荘厳な雰囲気があったが、こちらは住み心地の良さそうな空間になっていた。素朴で俗っぽい、木造の住まいだ。ひとりで暮らすのにちょうど良い広さの台所、風呂、居間があり、一番奥には寝室があった。
寝室の扉には鍵はかかっておらず、いとも簡単に一行を招き入れた。
ベッドには、庵或留が眠っていた。
呼びかけに答えない庵或留に、潮がそっと近づき、手のひらをかざす。
最後に部屋に入ってきたワロが、先に言った。
「死んでおる」




