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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第九章 献身と自由
107/124

9-7

「スムヨアがヘドリアの幻覚を作って、それをヘドリアだと信じていたのは、自分を慰めるためなんじゃ。……少々話は長くなる」


 ワロはそう前置きする。



「スムヨアは、幼い頃からナミクアと自分を比較して、劣等感に苦しんでいたんじゃ。

 ナミクアを知っている者にしか、伝わらんかもしれんが、ナミクアは人に劣等感を抱かせる力があった。また、ナミクアは親に愛され育ったが、スムヨアは孤独じゃった。だからなおさら、ナミクアを妬んだ。

 ナミクアが嫌な人間ならまだ良かったんじゃが、彼女の完璧さは、スムヨアの自尊心を傷つけ、嫉妬心と劣等感を育て、逃げ道を作ることすらさせなかったんじゃ。


 鬱屈したスムヨアの思いは、ヘドリアへ向かった。ヘドリアは、容姿をはじめ、いくつかの部分で村の人間とは異なっておった。スムヨアはヘドリアに、日常的に意地悪な振舞いをしていた。完全な八つ当たりじゃ。

 スムヨアはヘドリアのことを下に見ることで、自分を保っていられたんじゃと思う。それだけが唯一の慰めと言ってもよかった。


 父親の妙な企みに巻き込まれて、魚冥不と名曳を継承してからは、スムヨアはハカゼに苦しむ毎日だったようじゃ。

 あの子には、三人分の魂が紐づいていて、頭の中がこんがらがっておる。主軸となっているのは自分の魂じゃが、相性の悪い魚冥不と名曳が自分の中で喧嘩しているのかもしれない。毎日、拷問のような、苦しい日々だったようじゃ。


 ヘドリアをノウマにさせるというのは、庵或留の意思じゃが、スムヨアはそれに加担した。それから、ヘドリアはノウマとして、人殺しを行うようになった。

 ヘドリアは、穏やかで優しい子じゃった。スムヨアにいじめられても、反撃せず、スムヨアを気の毒そうに見守るだけで、じっと耐えておった。スムヨアはヘドリアを見下しながらも、それを分かっておった。


 そんな妹に人殺しをさせているという事実が、スムヨアの心にとどめを刺したのじゃ。


 妹に対する罪悪感だけではない。自己矛盾したのじゃ。

 スムヨアは、肥大した劣等感と嫉妬心を抱え、理不尽に抑圧された苦しみに対する見返りをいつも欲しておった。自分の中でヘドリアを見下し、悪者にして、それを罰すること、つまりその鬱屈したもの全てを彼女のせいにすることで、心の均衡をかろうじて保っておったのじゃ。

 ところが、ヘドリアがノウマになって自分の意思に背き人殺しをすることで、あえて分かりやすい言葉を使うが、『可哀そうな被害者』の位置に行ったんじゃ。つまり、ナミクアの中でヘドリアは『悪』ではなく、『被害者かつ善』になってしまった。それによって、彼女の中に大きな自己矛盾が発生し、壊れてしまったんじゃ。


 スムヨアは、自分の中に救いを探した。ノウマは自分の妹ではなく、別に存在するという妄想じゃ。

 疲れ果てた彼女の心の救いは、可憐で優しいヘドリア、つまり全く可哀そうではないヘドリアと、そんな彼女に優しくする自分じゃった。ヘドリアがいつもすぐ傍におって、非常に仲が良いという妄想をするようになった。


 妄想はいつしか、魚冥不の蜃の術によって、具現化したんじゃ。

 魚冥不の蜃の術の力は、油隠で一番じゃが、その術を自分自身にかけたもんじゃから、他の人間からも見えるほどの、強力な幻覚を作り出すことになったんじゃろう。

 彼女にとって、あの偽物のヘドリアだけが、正気を保てる唯一の糸口だったのじゃろう」



 鼓童でさえもが黙った。

 みな、他の人間と目が合わないように、窓の外を見たり、木偶を出してみたりしている。彼女らを気の毒には思う。しかし、彼女らのやったことはあまりにも大きく、不用意に彼女らを擁護することはできない。

 句朗は息苦しさを紛らわせようと、窓を細く開けた。


「私は、ナミクアの妹だから」

 目有が小さな声で言った。


「スムヨアの気持ちは少しだけ分かるんだ。年齢が離れていたから、自分と姉の比較をあんまりしなくて済んだところはあるんだけど、運が悪かったら、私がスムヨアになっていたかもしれない」


 目有の言葉を受け、四蛇は小さく頷いた。

 しかし、彼は厳しい言葉を吐いた。


「でも、可哀そうだというのが、免罪符にはならない。自分の心を守り抜くことができる人だっているかもしれないんだ」


 それは、みなのもやもやした気持ちを簡潔にまとめた感想だった。四蛇は代わりに言ってくれたのだ。


「そうじゃな」

 ワロは素直にそう答えた。


「結局、誰が首謀者なんだ」

 鼓童が尋ねる。


「庵或留じゃ。そして、彼の企みに乗っかったのが魚冥不じゃろう。あいつらは……いや、実はわしもそうなんじゃが、元々仲の良い友達じゃった。良い奴らでは決してなかったが……」


 ワロがふと顔を上げた。


「そういえば、お主、魚冥不に似ておるな」


 侮辱されたと思い、鼓童は顔を強張らせたが、目有がふふふと笑い始めた。


「確かに、そうかも。こんな感じ」


「馬鹿にしてんなよ」


「邪悪だからな」と、史紋もワロたちに乗っかりからかう。


「くそ」


「名曳と魚冥不を元に戻す話をしようか」

 潮が話を進める。


「端的にまとめると、スムヨアから、名曳と魚冥不の魂のくっついているのど骨を取り除いて、元の身体に戻したいということだ。名曳には元の身体があるが、魚冥不については、まあ後で考えればいいだろう。

 まず気になるのは、名曳と魚冥不の魂がどういう状態なのかという話だ。スムヨアの魂は、通常の人間と同じような状態だとして、名曳と魚冥不の分が、それぞれ別の芯石にくっついているのか、ひとつの芯石に両方くっ付いているのか分からない。

 いずれにせよ、ひとまず芯石を身体から取り除けば、スムヨアは多少楽になるはずだ。それで、エノキの手配した、この国で一番の医者に見せたんだ」


「取り出すって、身体を切って、取り出すってこと?そんなの無理よ」


 傘音が顔を歪めた。その痛みを想像したのだろう。


「ああ。無理だということが分かった。少なくとも芯石は身体の表面にはないらしく、取り除くとしたらスムヨアの命にも関わるそうだ」


「じゃあ、どうする」

 四蛇が尋ねる。


「庵或留にやらせるしかない。あいつの元へ行く時に、名曳の身体も持っていこう。スムヨアと一緒に白駒に乗せて、運んでもらおう。

 ワロさんに聞いた話だと、あいつは七人呪師の存続をかなり重要視しているんだろ。スムヨアがあいつに従わなくなった今、スムヨアの中に魚冥不と名曳がいるのは、本意ではないんじゃないかと予想する。

 頼むなり脅すなりして、元に戻させる」


「上手くいくのかなあ」

 入が不安そうに言う。


「魚冥不を取り除くのは、庵或留にとって利かもしれないけど、名曳は庵或留と対立していたんでしょ?元に戻してくれるのかなあ」


「それはそうだと思うが、他にいい方法がないんだ。少なくとも、スムヨアが危険に晒されることはないんじゃないか。娘なんだから」


 潮の言葉を聞いて、ワロの顔に影が差す。


「いやいや」

「娘をノウマにして人殺しさせるようなやつだぜ」

 四蛇と鼓童が、口を揃えて指摘する。


「確かに、それもそうだ」

 潮はあっけなく認める。


「名曳を元に戻す方法について、何か案があれば言ってくれ。正直手詰まりだ」


 潮が手のひらを天井に向けた。

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