Ver.0.0.9 "デバッグ"
一日の四分の三が終わると同時に部活も終了を迎える。智己にとっては文化部の部活をしたのは初めてで、運動部とは違った楽しさと疲れで満足していた。
「よし! これにて部活終了っ! おつかれっ」
「おつかれさまでしたー」
香枝は身の回りの片付けをしてカバンにまとめる。玄関に向かい靴をはき帰宅する。
「おじゃましました、またねー」
何気ない一言だったが、また誰もいない家へと戻るとなると心にぽっかりと穴が空いたような孤独感。言うなれば友達と遊んだ後のつまらなさのよう。智己は自分がどんな顔をしているかも分からずただただ香枝を見送った。
ばたりと戸が閉まるとそれらの感情はさらに強く智己に取り巻いた。
誰も監視のない家。片付けをしていないことに何ら感情はわかない。別れた後のままの状態を放置する。
香枝に渡された本で勉強する前に就寝までの支度をしようと行動した。
風呂を沸かし、衣服を脱ぎ、湯船に浸かる。短く浸かった間に今日の出来事のスライドショーが頭で流れる。
余韻を少しでも楽しみながら味わっていると、先程までいたリビングの方から重量感のある音が床を伝って体で感じる。
──だれだ?
玄関の鍵は閉めた。まして今さら帰ってくる同居人もいない。よく音の響くはずの風呂場は防音室のように静かだった。頭をよぎる考えは
──泥棒?
という疑問符付きの答え一つだった。急いで服を着てあがる。近くにあった掃除用のモップを手に装備し臨戦態勢へ。
普段は冷静に装っている智己は内心ではいつも怯えている。そんな彼には最悪のドッキリだった。
リビングへと繋がる廊下の壁に片手を沿わせて、少しづつ進む。
扉を開くレバーに手をかけるが普段より重くて開けない。
口には飲み込むことを忘れられた唾液がたまっていて飲み込むと同時に突撃する決心をする。
黒ずくめの犯人像とは程遠い、白い服をきた人が座っていた。顔を確認したかったが生憎智己の現れた場所からは見えなかった。
扉を開けると同時に緊張感を走らせたのは意外にも智己だけでなく、白ずくめの人間もだった。
「きゃっ!」
「うわっ! ……あのーどなたです? 何されているんですか?」
予想外の声を聞いた智己の興奮は一気に冷め、冷静に聴取した。フードを被っていたため外見では分からなかったが、反応した声で女という性別だけは理解ができた。
「……私だよ。ていうか、白河くんこそその装備は何」
智己の質問のあと向けられた顔は今日何度も見たしっくりとくる顔であった。
白ずくめの正体は香枝だ。
簡素な装備をして立ち向かった智己は笑いながら指摘され、自分の格好に少し恥じらいを感じる。
「先輩こそ鍵閉めたのにどっから入ってるんすか」
と、質問すると香枝は無言で上に向かって指をさす。
「まさか、あのはしごで窓から!?」
自分の頭にある家の構造と記憶から導いた答え。それは部長の香枝が智己の家を寄生する前に用意したはしご。学校を出てから閉めた覚えのない窓。智己は香枝の家から窓さえ開いていればいつでも入れていたと考えるとゾッとする。
「そのとおり。ちょっとお願いがあるんだ」
うふふ、と笑いながら認める香枝の行動に素直に智己は怖かった。
「これ見て」
香枝がカバンから出した紙にはこう書いてあった。
『今日から夫婦で旅行にいってきま~す♡ 香枝は学校があるので楽しんで。お金とかご飯とかは適当にそこから用意して生活してね。いつか帰ると思いま~す』
智己が思うには香枝の親の置き手紙だと。この文からは香枝の性格の理由などがなんとなく分かるものだった。
「という訳です。せっかく仲良くなったので今日と」
「ダメです」
香枝の言葉を予想し、遮って断った。時間的なことと服装、荷物からするに大体は想定できる。第一にあの香枝だ。
「なんでよおおお! いいじゃん、私はきみを慰めようと舞い降りたというのに!」
「ぐっ……。舞い降りたもなにも窓からの不法侵入じゃないですか! いいですか! ここは監視されてない健全な男子高校生の住む家なんです。襲いますよ!」
智己だから良かったものの他の男子ではどうなるかは分からない。一応香枝の美貌はここらじゃ評判なのだ。
「いや~ん、襲わないでぇ~」
わざとらしく嫌がっているようだが、仕草は真逆で羽織っているフード付きパーカーの胸にあたる部分をつかみ誘っているようである。
智己は、引こうとしない、引いてくれる気がしない香枝を相手にするのは時間の無駄だと感じる。
「はぁ、もちろん僕は襲うつもりなんてないですけど人前では危険ですよ」
「はーい! 以後気をつけマース」
注意したつもりが全く響いていないようだ。語尾にはもはや心がこもっていない。
「別に泊まるのはいいですけど部屋には入ってこないでくださいね! 好きなとこ使っていいので適当に泊まってください」
相手にするのも呆れてしまった智己は適当に承諾する。智己の承認と出された条件には返事がなかった。
これが様々なイベントを起こす始まりとなるとは智己は全く思っていなかった。




