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花鎮め~鬼宿りの宴~  作者: 七味
鬼宿りの歌
1/8

初めの宴

舞い:能と狂言の合間です

 深い闇に浮かび上がる小面。


 ――花はかくも麗しけれど 春はかくも暖かけれど――


 鼓と笛方が奏でる音色に合わせ、地揺じうたいのよく響く声。

 そこへもう一つ合わさる絹ずれの音。風にゆらりと流れる黒髪。その一部を結い上げた金色の飾りがしゃらりと揺れる。

 纏う衣は白地に紅梅色の春のかさねに金糸銀糸で春に咲く花々を縫いとった衣。ずっしりと重そうで、しかしそれを思わせぬほど軽やかに袴を捌き、すべるように、華やかに舞う。


 ――我に残るものはこの暖かなる春の風のみなれば――


 ある公達の館の一角。

 半月の薄暗い庭先に、冥がり(くらがり)を照らすかがり火を受け、しゃん、と髪の飾りの鈴が音をかもし、さらりと滑る衣の音も良く響く。

 細く白い手が器用に操る扇が動くたび、張り詰めた清廉な空気がさらりと流れ、逆に扇が止まれば再び思わず息を呑むほどの緊迫感が生まれる。

 舞い手にしてはいささか小柄ながらも不思議な迫力でもって、舞台を――否、見るものの心までも支配していた。

 それが証拠に鬘の女が動くたび、ほう、と観る者からため息が漏れ、かたや息をするのすら忘れているのではないかと言うほどに舞台を凝視していた。


 ――この春風のみ 貴方のごとく我の元を去なざるように――


 地謡が最後の一節を謡い(うた)終えると共に鬘の女も顔を伏せる。

 どうやら舞台は終いのよう。

 今まで静かな場所であった見物人が騒めいた。

 館の主人はもとより、脇に控える刀持ちの童や簾の奥の主人の奥方らも、なにやら浮かれた様子で女房たちと話し込んでいる。

 そうするうちに、舞台を彩った者たちが館主人の前へと進み、頭を垂れる。

 舞いに満足したらしい笑顔の公達がぱちり、と扇を打った。

「さすがじゃ、これには高い金子を払ろうて呼ぶ価値があるというもの」

「ふむふむ、かくもその通りですな。今殿上人(てんじょうびと=御所仕えの人)の間で噂に登るだけはある。どこの流派か」

「ありがたきお言葉にございます。恐れながらも地方を廻り、舞神楽まいかぐらや言い伝えから雅楽を起こした学びでございます。しかし都の方々にそう言っていただけますれば、修練を重ねたかいがありました」

 頭を下げた者たちの中でも年かさで、頭領らしい男が述べると、満足したように館の主人が頷いている。

「うむ、噂以上の舞い、見事であった。特に舞い手――、実に良い。儚くも健気な女をよう表しておった。特に褒美を取らせようぞ、面を取るがいい」

 舞い姿のままで頭を垂れていた舞い手へ視線が移ると、女面を付けた舞い手が僅かに頭領を見上げる。年かさの男が頷きでその視線を返すと舞い手は顔をあげ、小面取り払った。

 そうしてかがり火に照らされる顔をみせると、座敷の男たちや女房らが息を呑む。

 まるでそれを予測していたかのように、舞い手は清艶な華のようににこりと微笑んだ。



 一方――かがり火に照らされ輝く貴族邸内とは裏腹に、光の届かぬ高い屋根の上。

 笑い、酒を飲む貴族らの姿を見つめる影があった。

 長い黒髪を風に煽らせ、袿に袴の姿の女――否、普通の女人が高い屋根などに上がれるはずもない。

 袿を羽織、色あせた朱色の袴を履いた蒼白のやつれた頬。

 目は暗く虚ろにくぼみ、額には小さい角が見える――まさに鬼である。


 ――口惜し。かの人は我を置きていずこへいきしぞ

 あぁ、ひとえにこの雅樂うたのごとし。我が恋は、主はいずこ――


 屋根をつかむ――もはや力も入らぬであろう手が悔しげに握られる

 地を震わせるような、低く落ちる声で歌を詠むように言い終えると、その影は夜に溶けるようにゆらりと、消えた。


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