第四話 人身御供と竜退治の魔王討伐隊【side:レリア】
ここボヌスの村はイリス国の外れに位置する僻村です。
人口は二百人ほどの典型的な村落で、いちおうはバラルディ男爵が管理する領地の端っこということになっていますが、領主様がこの地に足を運ぶことなどなく(そもそも代官がいるだけで当人は王都住いらしいです)、年に一度だけ税を納めるために、村長以下村の主だった者が数日がかりで館のある領都(と言っても人口2千人ほどの町……かなァ? 辛うじて、という規模)に伺う以外は係わり合いがなく、事実上放任状態で自給自足の生活をしています。
主な収入源は小麦と麻を主体にした農業と六角牛と黒羊の放牧、あとは村の結界を越えた先にゴロゴロいる魔物――比較的小型かつ弱い種類――を狩っては、その素材や魔石などを冒険者ギルドに卸ろして副業としている程度で、これといって目玉になるような特産も産業もありません。いや、まあ、ひとつだけ他にはない特殊かつ高額なシロモノがあるにはあるのですが、これに関しては十年に一度だけ、それも幸運に恵まれた際に取れるので数に入れていません。
そんなわけで、けっして豊かな村というわけではありませんが、少なくとも、
「今年は不作だ~~っ! このままじゃあ子供から飢えて死ぬ!」
「流行り病でオラのところの牛っこが死んじまっただ! 娘を売らなあかん!」
「今年も盗賊に根こそぎ奪われた……もう、村を捨てるしかねえ」
というような悲惨な状況はついぞ聞いたことはなく、やや閉鎖的ながら十年一日が如き変わらぬ毎日が続いていました。
十年目の今年を別にしては……。
場所的に街道から大きく離れている上に、国内の一番近い町からも、歩いて五日以上かかる上に魔物が多い難所が続く……国や領主からも半ば見捨てられたこの村のこと、巡回商人や巡礼者もほとんど来ないため(それでも春と夏と秋の年に三回は根性のある黒髪糸目の行商人とか、自称聖女の万年美少女が定期的に訪れては商売をしたり、病人の治癒などをしてくれます)、大きな買い物や嗜好品、娯楽などを得る為には国内の町へ行くよりも、ふたつほど峠を越えて隣国のトリスティス王国へ赴いたほうが断然早いという状況です。
これがよくある話で、隣国との関係がギクシャクしていたり、国境線の警戒に目を光らせる杓子定規な役人がいたり、逆に袖の下を要求するようなごまの蠅がたかるのなら大変でしょうが、幸いにして隣国トリスティス王国の人間は呑気……というか、牧歌的な性格の方々が多いのでそうした懸念はありません。
なにかあった場合には丸一日かけて国境を越え、途中の無人宿泊所で一泊をして、さらに半日かけて到着するのが隣国の宿場町コノーです。ちなみに途中に砦や関所があるわけでもなく、コノーの町に入る時に手形を見せて規定の料金を払えばいいのだけで気楽なものです。
そもそもうちの村にしろコノーにしろ、あまりにも僻地過ぎて山賊も盗賊もいないので、道中の危険はせいぜい魔物くらいで、それも魔物避けの鈴を鳴らしていれば大概は大丈夫……と、そういえば噂では最近、国境の峠に犬精鬼の盗賊が出没するとか。
話によればエサを与えると喜んで踊りを踊ってみせるというので、村の人間が面白がって峠まで足を伸ばしているそうです。私もぜひ見物したいところですが、立場上この村から出ることができないので口惜しいです……。
さてその隣国トリスティス王国ですが、基本的にこちらに輪をかけて鄙びた小国ですので、別段異国情緒があるわけでもないです。
強いて違いを上げるなら、海に面しているために田舎町であっても海産物や塩などが、割と格安で手に入れられるのでお得というくらいですね。
また、冒険者ギルド支部(の派出所)もあるので、先にも述べたとおり定期的に魔物の素材を持ち込んだりしていますから、隣国と言うよりも意識の上では良いお隣さんという感じでした。
今日、この時までは――。
ではもったいぶった話はやめて、いい加減に自己紹介をしましょう。
私の名はレリア・カステル。年は十五歳で生まれも育ちもボヌスの村という典型的な村娘です。
ただし、ちょっとだけ他の人たちと異なる肩書きと特技があります。
すなわち村の祭祀とちょっとした治癒術が使える神職――《竜の巫女》というものです。
なんぞそれ? とこの村以外の人が聞いたら首をかしげるでしょう。
普通巫女といえば、神帝様を主座として大陸最大規模を誇る天上紅華教(ちなみに公式には我が国の国教でもあります)、伝説の聖女様を崇拝の対象として主に人族間で尊ばれる聖女教団、そして獣人族の素朴な精霊信仰……俗に言う大陸三大宗教に携わりがある存在ですが、そのどこにも《竜の巫女》などという役職は存在しません。
ぶっちゃけ、極々地域限定の超マイナー……どころか、信者はこの村限定の土着信仰である『竜神崇拝』によるものですから。信者数十人の新興宗教と大差ない扱いです。
とは言え、この『竜神崇拝』と《竜の巫女》はそれなりに歴史と格式のある宗教であり、少なくともこの村の起源までは遡ることが可能です。
いえ、『竜神崇拝』がこの村の起源そのものと言えるでしょう。
そもそもこの村の現状を説明する際に、私は何度も“僻地”を強調しましたが、これには謂れがあります。
そもそもこの村は四方を人の手のはいらない手付かずの森と平坦な草原とに囲まれています。
豊富な河川にたわわに実る森の果実、木の実、広大な自然を覆い尽くすような様々な禽獣に希少な植物群。競合する原住民や他国からの侵略の手もない。それなのに近くに町や村はおろか、人の住む集落すらありません。なぜか?
それはこのあたり一帯がドラゴンの狩場だからです。
かつては何度も開拓村が作られ、領主の開発の手が入ったそうですが、それもすべて北方の霊山から飛来するドラゴンによって瞬く間に壊滅させられ、計画は幾度も頓挫し、結局は採算に合わないということで、この地は忌み地として長らく放置されていました。
そこに移り住んできたのが、もともと流民だったというこの村の初代巫女です。
もともとが南方に住む獣人の巫女の血を引いていたという彼女は、件のドラゴンと戦うのではなく話し合うことに成功しました。
そしてひとつの条件の下、この地に住むことを許されたのです。
そうして巫女様の指導とドラゴンの庇護の下、この村だけは発展することが許されました。
村人はドラゴンを〈竜神様〉として崇め、初代の巫女様から続く家系を《竜の巫女》と呼び習わし、村の神事と十年に一度、〈竜神様〉と約束をしたとある儀式を延々と行ってきました。
すなわち、十年に一度十四歳から十六歳の間の未婚の娘を生贄に捧げること――つまりは人身御供です。
私はもとも初代の直系というわけではありませんが、分家の中でも一番条件に合うということで、前回の儀式が終わった後に《竜の巫女》に任ぜられ、この日が来ることをさだめとして受け入れていました……というか、受け入れざるを得ない状況ですね。
そもそもドラゴンと言ってもトカゲもどきの亜竜や、飛竜のような下級竜の類ではなく、相手はギルドランクでS級に分類される最悪の魔獣で、実際問題魔神にも等しいとされる真龍ですので、まかり間違っても逆らおうとは思いません。
逃げれば村は壊滅ですし、仮に逃げられたとしても一生涯、負い目を背負って残りの人生を送るよりも、ぱっと短く人生を謳歌して悔いなく終わらせられたほうがいいと思っていたのです。
だいたいそのために、この十年間毎日ご馳走を食べられて、村のお金で家族を養われ、ふかふかのベッドにシルクのパンツを穿かせてもらっていたのですから、この期に及んで「嫌だ嫌だ!」と駄々をこねるのは往生際が悪いというか、家族や村に対する背信でしょう。
明日には粛々と北方の霊山に向かって出発する予定です。いえ、予定でした……が、今日の昼前にやってきた男女二人組の冒険者と、従者らしい犬精鬼によって、いきなりケチがついたのでした。
「ドラゴンにこのようなうら若い女性を生贄に捧げ、それで安穏とするなどそれでもあなた方は人間ですか!」
騎士のような身なりをした綺麗なポニーテールの女性が、いきり立ってそう村長へ詰め寄ります。
「し、しかし……相手は竜神様ですぞ。我々にはどうすることもできませんのじゃ……」
明らかに貴族身分の相手の言葉に、村長が萎縮しながらも反論していますが、どうにも旗色が悪いです。
「相手が自分たちよりも強いから諦める? 尻尾を巻いて無力な女の子を犠牲にするというの!?」
「だ、だが……儂らでは……」
「あなた方に少しでも矜持があるのなら、胸を張って戦いなさい! 身体を張って性根を据えて戦わなければ光明は見出せないわ!!」
「そんな無茶な……」
「いや、世の中根性論ではどうにもならないことってあると思うぞ? 戦い方は人それぞれだし、この村の人たちの選択だって、ひとつの生存戦略だと思うけど。……つーか、他人がおいそれと無責任に口出しできるもんだいじゃねーんじゃね?」
横合いから村長へ助け舟を出したのは、女騎士の仲間らしい革鎧を着た背の高い青年でした。
ちょっとアンニュイな雰囲気はありますが、役者のような整った顔立ちで、いまも年頃の村娘たちが物陰からこそこそ覗っては、黄色い声をあげています。
なにはともあれ、この男性はかなりマトモなようです。個人的にもこの人とはいい酒が呑めそうな気がします。
「なにを弱気なことを言うのよ、ヴァル。活路を見出す為には、常に攻撃しないと得られないわ! 守りや逃げては永遠に活路は開けないわよ!!」
……なんと言うか。見た目は清楚なお嬢様風なのに、思いっきり中身が残念というか、脳筋というか。
私も何度も「私の意思でもある」「納得している」と情理を説いているのですが、まったく聞く耳を持ちません。
「斃してみせるわ、悪逆非道な邪竜! 乙女の命をむざむざ犠牲になどさせないわ!」
「「「は~~~っ」」」
正義と使命感に燃える彼女を前に、私と青年と村長が一斉にため息をつきました。