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勇者の宝石  作者: jorotama
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吟遊詩人



「半分以上冗談、残りは半信半疑での鎌かけだったんだけど」


 そう、彼女は言った。

 ロドリア王国の騎兵のなりはしているが、クライフはもちろんライにしろ上品に過ぎるのだと彼女は苦笑いを浮かべ二人を見やる。

 体つきは鍛えた兵のそれと変わらなくとも、手入れの行き届いた髪や荒れの無い手肌、何よりも二人の物腰がその生まれ育ちを物語る。


「向うに繋いであるのは走竜でしょう? 一般騎兵の乗り物なんて四足よつあしの馬がせいぜい、隊長格が稀に騎鳥を駆っているのを見る程度。なのにこんなに上等な走竜……どう考えても中級以上の貴族様の持ち物ですもの」


 今回クライフはその立場上あまり長く城から不在になるわけにもゆかず、出立に当たって『とにかく足が速く長距離を走れるモノ』と言う基準で騎獣を選んだ。

 将来的には王国軍の将軍職や軍官僚となることが定められている両者とも、身体を鍛え剣技を磨き、野外での演習などにも積極的に参加してはいる。一般兵に混ざり騎獣の手入れや野営の準備なども経験していた彼らだが、しかし、自分が跨る走竜が平民や下級貴族らの手に届かぬほど高価である事実を高貴な生まれ育ちの悲しさ、思いつきもせずにいた。


「この国の者ならレンス老王の末のお孫さまの名くらい知ってます。さほど珍しい名ではないし、きっと今までにも周りから『クライフ王子』呼ばわりくらいされているだろうって、そう思って言ったんですよ……」


 脱力した態で説明する女の言葉を聞きながら、ライは己のうかつさを恥じて肩を落とした。


「うっかり刺客か間者と思われ切られそうになった私の言うことじゃないけれど、お忍び旅に出向かれるなら、騎兵か騎兵の常識に詳しい人間を加えた方が無難かと……」


 騎兵に偽装したつもり(・・・)。貴族丸出しの行動をとっておきながら偽装を見破った若い娘を……しかも武装を解いた相手を武器を持って脅かすような真似をした自分たちを顧みて、クライフもライも心から恥じ入り、彼女に対して詫びの言葉を口にした。

 女は驚きはしても怪我まで負わされたわけじゃなし、自分も迂闊なところがあったと肩をすくめ、彼らにとっては少しばかり耳に痛い諫言ひとつ。謝罪の言葉を受け入れた。


 パチリ、パチリ……と、火花の爆ぜるたき火ばた。改めて皆が腰を下ろし、ようやくに場に落ち着きが取り戻されたようだった。


「それにしても……まさか本当に王子様とこんな場所でお会いするとは思いもしませんでした」


 とは、各々(おのおの)が荷から取り出した水や簡易な食料で腹ごしらえをし始めた頃、ため息混じりに呟かれた女の言葉。

 半ば独り言じみたその呟きに、クライフやライは言葉を返すに一瞬つまるも、彼女の中には既に答えはあったのだろう。


「でも、まあ……この先には魔王城があるんですものね」


 森の周辺には小さな村がぽつぽつと散在するのみ。

 かつてこの森の向こう側には魔導王国カーデミオンが存在し、森の近くをロドリア王国へ至る街道が通っていたが、永きに渡り栄華を誇った魔王との魔導王国戦いの果て正統王家が滅亡し、今はただ、生き残りの地方領主が打ち立てた小国郡が残るだけ。

 この近隣で三勇者の一人レンス王の血筋が向かうにふさわしい行き先など、魔王城跡以外にはありはしない。


「ダグダス様を元の姿にと言うのは誰も皆の願いです。呪いを解く方法が見つかること……心からお祈りしています。魔王の討伐から長い時が経つのですよね。レンス王も随分とご高齢になって……あまり体調が良くないんじゃないかと噂になっていますけど……」


 長い睫に縁どられた緑の瞳を探るようにちらりと向けられ、クライフは胸の奥の苦痛を押し隠しながら笑みを浮かべた。


「確かにお祖父じいさまは歳を召されているけれど、僕がこうして城の外へと出歩けるくらいにはお元気なのだと、そう察していただければありがたいかな」


 真実を言えば、暫く前からレンス老王の容態は芳しくはない。

 国が囲う最高位の薬師や治療師らがその回復に努めているのだが、怪我などの外傷とは違い体の内部に巣食う病は治療魔法が殆ど効かない。しかも王は高齢。回復力を高める神官の祈祷も虚しく、いまはただ苦しみだけを取り除き、死を迎えるその日を静かに待つだけとなっていた。

 王としての実務は実質的に既に次の王位継承者父が引き継いでいても、レンスは魔王を討伐せしめし三勇者の一人。その死の瞬間まで王国のみならず周辺国家にとって、彼は人類復権の象徴として王位を退く事を許されなかった。


『英雄王』


 その称号がどれほどレンス老王に苦痛であるか、それを知るのは彼の孫の中、最も彼の心を知る末の孫のクライフ一人。


「そうですよね。レンス王が大変な時、クライフ王子がお忍び旅なんてしていられるわけがありませんでしたね」


 白金の前髪の下、緑の瞳の緊張を和らげ女は小さく頷いた。


「───時に、貴女はこの森に一体どんな曰くあって単身分け入ったんですか?」


 と、ライがその質問を投げかけたのは、彼らにとってレンス老王の健康状態の話題は避けたいものだったからだ。


「ああ……そう言えばお話ししていませんでしたわね。私、各地を巡って伝説や伝承、お伽噺や予言に詩編などを拾遺しながらそれを謡う事を生業なりわいとしているんです。今は旧魔導王国からロドリア王国の王都へと向かう途中で……魔王の森に入ったのは、ここが近道だって知っていたから……」


 魔王の森を迂回して街道は旧魔導王国からロドリア王国へと繋がっている。彼女の言うように森の中を突っ切れば王都まで随分と時間を短縮出来るのだが、利点だけではなく難点も多い。


「ああなるほど……」


 とクライフとライは共に頷いた。

 総じて美形の多い森の民エルフは、その殆どが生まれながらに音楽の才を持つ。この世界では才長けた者の歌声は魔力を帯び、精霊との親和性が高く才能ある唄人うたびとであれば声の魔力をもって精霊との交感の媒体となす事が可能となる。

 エルフやハイエルフに精霊使いが多いのはそうした理由あっての事。三勇者の一人シャイアもまた、優れたる唄人にして精霊使いであったとクライフは祖父の語る昔話に聞いている。


 この謳い手もエルフの血を引く者だろうか……と、クライフは思った。


 白金の髪に緑の瞳、その美しい造作もそうであれば納得が行く。実際、名のある吟遊詩人の多くはエルフの一族やその血をどこか祖先に引く者が多いのだ。


「吟遊詩人だったんですか。それで旅を……。しかし、随分と無茶をなさる」


 クライフが眉根を寄せるのも当然。森に分け入れば近道が出来ても、広大な魔王の森は騎獣を駆っての旅でもなければ一日では抜けられず、野営は避けられない。いかに魔物のいない安全な森とは言え、方向を見失えば森の中に幾日も迷うことになってしまう。


「でも王都に恋人が待つものですから……。それに、ある意味この森の中での野営の方がうら寂れた街道筋の宿よりも安全なんですもの」


 小さく肩を竦めた苦笑いも道理。フードの下に覗く彼女の顔は若く美しい。下手に治安の悪い田舎町の安宿にでも泊まろうものなら、よからぬ思惑の餌食にもなりかねないだろう。


「ああ、なるほど。しかし恋人と離れて旅では寂しいでしょうね。ずっとお一人で?」

「いえ、昔は仲間も……。王都に待つのはその時の一緒に旅をしていた一人なんです。こう見えましても実は私、わりと名を知られているんです。……そうだわ、もしうたが嫌いじゃないのなら、こうして出会ったのも何かのご縁。夜長の無聊の慰めに、一曲披露いたしましょう」


 吟遊詩人を名乗る女は人を魅する笑みを二人に向け、荷物袋の中から防水の油紙の包みを取り出した。

 包みの中には一張ひとはりの小さな竪琴。枠組みは素朴な意匠の堅木を使っているが、その弦は微かな燐光放つ聖銀製。

 本人の言うとおり、彼女は名のある謡い手であるのだろう。生まれ育ちの環境の為、クライフもライも芸術品や工芸品に囲まれ見る目は養われている。一流の音楽家の歌舞音曲と接する機会の多かった彼らの目にも、彼女の持つ竪琴が素晴らしいものであることは瞭然だった。


「いい音だ……」


 二人のうち、とくに歌や音楽に感興が強いライは、ピン……ピン……と状態を確かめるように爪弾かれる竪琴のに目を細めた。


「良い耳をお持ちなのですね。それでは……ライ様……と申しましたわね。まずは貴方の為に一曲、謳わせていただきましょう」

 

 女は嫣然とライに向かって微笑むと繊手を竪琴の弦の上に躍らせた。


 ティララ・トゥララ。ティララ・トゥララ。


 聖銀の弦を撫でる音階は波の音。澄んだ音色を響かせる竪琴に重ね、そっと謳い語られる歌声の玲瓏。背の皮膚がが泡立つほどに美しい声色を耳に、この女が嘘偽りなく名のある謳い手である事を二人の聴衆は確信した。


 彼女が謳うのは海の妖魔、セイレーンに誘惑されて命を失い戻らぬ恋人を待つ娘の歌だ。

 静かに、穏やかに竪琴が刻む波の音に合わせ、緩やかにうねる声の旋律がセイレーンの歌声に抗いきれず誘い込まれる若い船乗りの恐怖と陶酔の葛藤を謳う。

 比較的有名なこの曲をクライフは幾度か耳にした事がある。だがこれほどまでに鮮明に眼の裏、歌詞の情景を描かせる謳い手などそうは無い。

 瞼を閉じて聴き入れば、日暮た森も小さく火花を爆ぜさせる炎の揺らめきも意識の外へと消え果て、代わりに見えるのは紺碧の海原に青い空。引き波、寄せ波、その動きに連れ波頭砕ける岩礁に、長い髪だけを身に纏う恐ろしいほど美しい女が腰かけ、手にした竪琴をかき鳴らす。

 紅を塗ったように赤い唇を開けば、そこから零れ落ちるのは天上の音楽。妖しの呼び声。この声に囚われてしまった船乗りは、その甘美な誘惑に抗いながらも抗い切れず、複雑な潮の流れに白く泡立つ岩礁へと誘い込まれて波のまにまに……。


 立ち上る透明な水泡みなわに囲まれ暗い水底みなそこへと沈む船乗りの意識は、波の向こうに透け見える鳥の下肢持つあやかしの女の上、自分の恋人の面影を重ねつつ混濁し、やがて失せ消える。


 まるで自分が謳われる船乗りになったように意識が遠のく感覚に襲われ、クライフはその異常さにようやく気が付いた。いくらこの歌が臨場感あふれる素晴らしいモノであるにしても、これが普通の歌ならば(・・・・・・・・・・)意識が遠のくわけがない。


 どさり……と聞こえた何かの倒れる音に無理の無理やり瞼を開け、クライフが目にしたのは自分の隣、座して歌を聴いていた幼馴染が地面に昏倒する姿。


「……ライっ!」


 倒れ伏した青年に取りすがるクライフに向け、吟遊詩人を名乗った女は何事もなかったかのような平静さで言葉を発っす。


「聞かれたくないお話があったから、彼にはただ、眠ってもらっただけよ」


 と。

 声と旋律に魔力を乗せ、精神こころの精霊の力を借り精神を操る『呪歌じゅか』を扱う者は、精霊使いなどに稀にいた。この女は『呪歌』を扱う、精霊使いなのだとクライフは気づいた。

 エルフの全てが歌に魔力を帯びる程の歌の才を持つわけではなく、才持つ者の中にも精霊との親和性が高い者だけが精霊の使い手となり、またその中でも精神の精霊を使役出来る者だけが呪歌を扱う事が出来る。


「お前は……一体」


 緊張に掠れた声で問いを発しながら、クライフの中には一つの予感があった。

 祖父の語る昔話の中、幼いころから心ときめかせ聞いた戦いと冒険の物語の登場人物の一人に最高峰の精霊使いが存在した。


「被術者を予め指名してはいたけど……さすがにレンスの血筋だけあって精神耐性は高いのね」


 吟遊詩人を名乗った女は言いながら頭部を覆うフードを両手で後ろへと引き下ろした。顕わにされる形良い頭部。長い白金の髪から覗くのは、人間とは違う形の尖った耳。


「……私の名は『シャイア』。かつてレンス王と共に戦った一人。クライフ王子……答えて頂戴、老王レンスのこと」


 日暮れて久しい森の中、魔王を討ち滅ぼした三勇者の一人。ハイエルフのシャイアの緑の瞳は、静かに老王の末孫を見つめていた。



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