85.
みなは知っているから。二人が夜逃げするように出ていった理由も想像が付いた。
だからただ、「心配ね」「また遊びにきてくれないかしら」と寂しそうにしたがそれ以上を口にされることはなかった。
意見は分かれている。
可能性にかけた犠牲に意味を感じる者と、感じない者たち。
どちらであっても自分ではない他人事でしかないのだから、見守ることしかできないことも知っている。
自分たちも種としての衰退、絶滅を肌で感じながらそれでも、出来る限りのことをして生きようと毎日を過ごしている。
二人が出ていってもそれは変わらないのだ。
「俺はやりたいことを終えたよ。俺の代わりを見つけた。あとはあいつが必要なことをやってくれる」
満足な笑みを湛えたレネドにメルヴィアが訝しそうにしたが、レネドはそれ以上の説明はしなかった。
言えばメルヴィアが気分を害すと思ったからだ。
カルシィを見つけた。
カルシィをメルヴィアに引き合わせることが出来た。
不慮の事故が起きない限り、もうこれでレネドたちが死んだ後も、メルヴィアが独り残されて悲しむことはない。カルシィがいるから。
自分がメルヴィアを残し先に死ぬことは避けられない。
寿命の長さが違うのだから。長寿のメルヴィアが里でどれほどの者を見送り続けてきたか。死別を重ねる中、メルヴィアの孤独は深まってゆくはずだ。
メルヴィアは人との交流を避けるようになってきている。レネドたちの世代が最後で、最近では子供たちもあまり寄せ付けなくなった。また変わってくれることを望むが、慈しんだ子が老いて死ぬのを見送ることは辛いと想像が付くから、難しいなと思った。
でもカルシィなら。
同じ生き物として、カルシィはメルヴィアを見送るだろう。
本人が気付いているか、この点までは話さなかったが、いずれ体感するはずだ。
ゆっくりと成長するカルシィとロゼンとの時間の速度の違いを。
ロゼンも、自分がカルシィを残して死ぬことになると悟ったとき、従僕は大切な主のために探し出そうとするはずだ。
自分がいなくなったあと託せる相手。カルシィを理解し、見届けられる者をーーー。
里という荷がない分、ロゼンは自由だ。思い存分探すことが出来る。
彼は、彼のカルシィのためにーーー。
女王など二の次だった。
もしも自己犠牲も厭わない決断がなされたなら、心から敬意を表し、歓迎もする。
多くの仲間がメルヴィアを見送ることになるのは喜ばしいから。
メルヴィアが決意し、そして生めなくなったとき、グリグという男がやらなかったら、レネドがメルヴィアを襲った奴らを殺しただろう。
そして、決して口には出せなかったけれど襲った奴らを八つ裂きにしても余りあるという憤怒の反面、安堵した気持ちがなかったとは言えない。
メルヴィアが子を生んだ負担で命を落とすことは回避されたのだから。
メルヴィアの決断に強く反対で出来なかったが、歓迎はしていなかった。
やめて欲しかったから。
レネドにとって、一番なのはメルヴィアの存在だ。その他のことは余力があればのことなのだ。
「やりたいことやったから、そろそろ俺も身を固めるとするよ」
どこか晴々とした表情で宣言したレネドだったが、フンと、メルヴィアは鼻で笑った。
「おまえの都合良くゆけばいいが。セランが愛想付かせて断られなければいいが。レネドを振って、わたしと夫婦になってと申し出を受けた」
「はあっ?」
「おまえについてゆけんと嘆いていたぞ」
「なっ、それは困る!」
くると踵を返したレネドは戸口に向かってもう一度振り返ったとき、窓際のメルヴィアの側に、ひょこんとアビールが顔をのぞかせていることに気が付いた。
「あ、おいっ、アビール!」
驚いて表情を強張らせたレネドは睨みつけたが、アビールは平気だった。
「僕は、メルヴィアと話しをしている。メルヴィア、遊びに来ていいっていったもんね!」
窓の外で得意げに胸を聳やかしているアピールに、レネドは苦々しげな顔をしたが
「メルヴィア、大丈夫か?そいつは・・・」
「ああ。大丈夫だ。ご褒美と鞭で、いま、調教している最中だ」
冗談とも本気ともつかない返事に、レネドは顔を顰めた。
「こっちのことはいい。おまえはすることがあるんだろ、そっちをしろ」
「メルヴィアのことは僕が付いているから安心して、さっさと仕事に戻っていいよ、おじさん・・・じゃなくって、若長さん。僕とメルヴィアの話しの邪魔しないで」
ここに新たにメルヴィアに強い執着をする者が一人。
里の者だと、若長に遠慮をするところだが、新参者のアピールには若長を崇める精神は養われていない。ライバルである。
ただし、メルヴィアはもう一人のカルシィを追っていかないようにアビールを自分に惹きつけているのだろうなと想像された。
理由があろうともレネドとして不愉快なことだ。生意気で人間交じりのアピールはレネドにとって目の上のたんこぶ、前途多難を予感した。
また二人きりの旅生活に戻っていた。
叔父の家からロゼンに連れ出してもらった頃に戻ったのだ。
あの頃に知らなかった知識を一杯得た。
あの頃には想像もしなかった状態にも直面して、今、カルシィは女の子になっている。
下着に赤い血がこぼれて、カルシィはなにか悪い病気にもかかったのかと真っ青になったが、そうではなくて、女の子の印だとロゼンが気付いた。
二人で街の衣料店で必要な物を店主の女将さんに揃えて貰った。
腹違いの妹で、暴力を振るう父親から逃げている最中に、妹は具合が悪くなって急にこんなことに、はじめてなったーーーという話を信じた女将さんはとても丁寧にカルシィに女の子として必要な知識を教えてくれた。
しばらくするとカルシィの身体は男に戻っていったが、繰り返し起こるときいていたから、またある日、なるのだ。
でももう最初ほど驚かずにいられそうだった。
「・・・ロゼン、嫌になったら、わたしを置いていっていいよ・・・」
あるとき、カルシィがおずおずと言った。
「冗談!なんで嫌になるんだよ」
「だって・・・めんどくさいよね、男になったり女になったり、それにロゼンのお荷物だし・・・だから、もしもロゼンがわたしのこと嫌になったら・・・いいよ、置いていって」
うな垂れる。
けれどロゼンは聞いてとても不満だった。
「おまえ、それ本気で言っているのか?」
すると顔を上げたカルシィが、
「・・・ううん、あんまり・・・。だってロゼンと別れるの、嫌だもの。でも、ロゼンがもしもそうしたいなら・・・」
困った顔をしてロゼンを見上げるカルシィを見つめていると、ロゼンの中にはなんとも言えない愛しさが込み上げてくるのだ。
これが本能だとか、種族的な特性だとかそんなことしったことじゃなかった。
愛しい物は愛しいのだ。
理屈なんていらない。
「そんなことぜったいになんねえよ、安心しろって」
答えると首に跳び付かれるようにカルシィだった。
「ロゼン。大好きだよ。これからもずっと一緒にいてね。約束だよ」
「ああーーー」
こんな些細なことが顔が解けそうに嬉しい。しあわせだった。
ロゼンも両腕を回し、カルシィのほっそりした身体を抱きしめる。
大切な大切なロゼンのカルシィだった。
ぜったい守る。カルシィを悲しませることはしないとロゼンは誓った。
この先三倍以上の時間をロゼンはカルシィと共に、ときにはしばらく離れて生きた。
新たな苦しい問題に直面し、荒れた時期もあったが、ロゼンは最期までカルシィのために生きた。それはレネドの目論見通りで男はこっそりほくそ笑んだ。
後にカルシィが考えて行った決断はーーーまたべつの機会にでも話さなくてはならないものだろうが、今は伏せておく。
ロゼンは力一杯生きた、死んでいった。
カルシィを守るとたてた彼の誓いが破ることは生涯、一度だってなかった。
終了です。
最後までお付き合い、ありがとうございました。




