72.
強烈な痛みーーー痛みともとも痺れともつかないただただ激しい圧倒的なものに体が握りつぶされたような、叩きつぶされたような、よくわからないことが起こった。でももう今は、きれいさっぱり消えていて平気になっている。
何だったんだろう、首を捻っているとテーブルの向こうに倒れる寸前まで目にしていたものの姿を発見した。
そうだ、メルヴィアと話をしていて、メルヴィアに言われた、もしかすると痛い、我慢してくれとかなんとかーーー。
「大丈夫か、ロゼン。・・・大丈夫だから、安心していいから」
セランダータがロゼンの腕を取って引っ張り立たせながら、メルヴィアに向かって「もう少し手加減してください」と訴えていた。
確認の視線を向けると、レネドは不様にひっくり返ったロゼンを笑っている様子はなく、ただひっそりと苦笑を浮かべていてトランザに至ってはロゼンと目が合うと労るような口調で「後遺症はないはずだから安心していい」と言った。
ようやくロゼンも気が付いた。
メルヴィアにされたのだ。カルシィを起こらせたときに受けた攻撃があった。頭痛のような理屈を超えた攻撃。ロゼンが行うような爪や牙を使うことのない方法でされたのだと思い当たって、呆然としていたロゼンのうちにじりじりと怒りが湧き起こっていた。
謂われのない不当な攻撃だろう。自分は何もしていないのに。
いくらなんでもこんなことをされる筋合いはないはずで、怒ってもいいはずだ。
ロゼンにとって、カルシィが断然の一番で一筋だったから他の者ほどメルヴィアに寛大になれないと、甘やかされているこいつに教えなくてはーーーそんなことを憤怒の中で考えたが、メルヴィアがロゼン程度で歯向かえる相手ではないことを思い知ることになるだけだった。
「何しやがるっ!」
セランダータを振り切ってテーブルに跳び付くように戻ったロゼンは、怒鳴るように訴えたが
「ああ、悪かったな」
メルヴィアは表情一つ崩さずに言った。
「確かめてみたかった」
「はあ?」
意味は、勿論わからなかったがメルヴィアに尋ね返すことは出来なかった。
「その結果、おまえは合格だ。あの子の側にいればいい」
言われた内容を理解してぶつけようとしていた言葉をごくりと呑みこんで喉が鳴った。
「あんたにそんなことっ・・・」
強がってみても続かない。
「危険なら排除と考えた。でもおまえなら平気だろう」
うっすら笑顔さえ伴われて言われ、ひどく尊大な許可だった。ともかく許されたことは嬉しくなるが、訳はまったくわからない。
もしかして喜ぶところではなく、皮肉を言われたのだろうか。
やっぱり怒るべき所か、とロゼンは息巻いて
「俺が気を失ったからいいとでも言うのかよ!?」
「その通りだ」
あっさりメルヴィアが真面目な表情で肯定するから、その先だって言えなくなった。
「ロゼン、落ち着いてよ、倒れたばかりなのだから・・・」
腕を引っ張るカルシィに困った顔で促されて、とりあえず椅子に座ったが気持ちが収まらなかった。
なんだかよくわからないけど、ひどく腹が立つ。
理解できない相手だから腹が立つのだろう。
けれど、メルヴィアがさらにこう言って、納得するしかないのだとロゼンは思った。内容同様、到底、自分には理解できる者ではないと諦めたのだ。
「こちらからの力が通じないなら、均衡の可能性は欠片もない。そんな相手とは関わるのは無謀で愚かすぎる、私にとっても。でもおまえは新しくても、古い縛りに括られている。なら安心だ」
なんだろう、ロゼンは聞き返す気も起こらなかった。言葉では無く心地よい音だった。
相手が理解するかどうかなどはまったく気にしていないはずだ。もう、ぜんぜんわからない。
口をへの字に曲げたロゼンにメルヴィアは、美しい唇にくすりと笑みを吐いた。敵意を持っているはずのロゼンでも見とれるような顔で、ロゼンもその最後だけは理解した。
「攻撃して悪かったが、はっきりさせておきたかった」
要は、一応謝っているがほとんど悪びれてはいない。必要なことを確かめられてメルヴィアは満足している。
そして、どうやらロゼンはメルヴィアの許容の範囲内で、ぶっ倒れたのが良かった、そういうことなのだろう。
レネドのことは嫌いだったが、メルヴィアのこともあまり好きになれそうにもないとロゼンは密かに思った。なぜってレネド以上の性格なのでは、と感じたからだ。レネドよりも酷い。
たぶん、メルヴィアはロゼンを嫌ってはいない。これが素で、まるごとこんな感じのだろう。
ああ。なんて可愛げがない・・・。
年長者に対する評価ではなかったがなまじ見た目が良かったのでいろいろいいものを想像したが、予想とはかけ離れていた。
俺はカルシィでいいや。すっかり怒る気力も無くしたロゼンは大きく溜息を吐いた。
お茶会を終えて部屋に戻ったカルシィとロゼンは、しばらく悶々としていたが二人が向き合っていくら議論しても解決には至らない。
このままでは気になって熟睡も出来ないということで、意を決して尋ねることにした。
夕食も済ました、就寝前の時間なのでメルヴィアの部屋を訪れるのは失礼だと、セランダータにだった。
何のことはない。セランダータの方が聞きやすいから、だ。
セランダータなら居間にいるはずと赴くと、話し声が聞こえてきた。
はっきりと声は聞き取れないが他にも誰かがいることは間違いないなく、出直そうか迷っていると内側から扉が開かれた。
そこに居たのはレネドで、カルシィとロゼンの気配に気が付いていたようで笑顔を浮かべて、二人を部屋の中に招き入れた。
「来ると思っていたよ」
「メルヴィアの説明、なってないから」
セランダータも苦笑を浮かべて言い、二人をソファーに着かせると、何か摘む物でも用意すると台所の方へ姿を消した。




