64.
メルヴィアが倒れた!
ぐったりとしていて、目を閉じていて、意識もないみたい!
どうしよう!?
「どうしたらいいの?」
「知らないよ、そんなのっ!」
カルシィとアビールが驚いて、焦って慌てていた。
メルヴィアの登場にどこか現実感を失ってしまった。
メルヴィアの威圧感に呑まれて、倒れる様も静かに見守った二人だったが、動かなくなったメルヴィアにゆっくりと現実感が帰ってくる。
そのあとはもう大騒ぎだ。
「どうしたの?なんで?」
「知らないよっ、おまえの方が知っているんだろ、僕は知らなかったこいつのこと!」
「アビールの方がわかる、だってこれは、噛みついたせい?」
「はあっ!?」
カルシィはメルヴィアの頭を膝の上に抱き起こして、不安に泣きそうな顔になっている。
非難されたアビールは不満の声を上げたが、そのあとは押し黙った。
メルヴィアの腕の傷から流れた血は白い夜着にも赤い染みを作っている。
肉を噛み切ったわけでもなく、ただ噛みついただけだったから意識を無くすような重体にならないと思ったけど、意気消沈し牙を立てたこと自体ひどく後悔しているアビールに、自分は悪くない、原因とは違うと言い切る根拠はなかった。
「・・・メルヴィアさんはずっと眠っていたの・・・」
「・・・病気なのか?」
カルシィが横に首を振った。
「・・・たぶん、そういうのとは違うんだと思うけど・・・きっとそのせい・・・あ、そうだ、部屋のなかに戻した方がいいよね?」
「・・・たぶん・・・」
アビールにはメルヴィアの存在自体知らされていなかったのだから、まったくわからなかったけれど、外で倒れているよりかベッドの上の方がいいはずだった。
少し試してみたけれど、てんで駄目だった。
カルシィにはメルヴィアの上半身を持ち上げるだけで精一杯だった。
「アビールは力持ちなんでしょ?メルヴィアさんを運べる?」
「えっ・・・」
カルシィに言われて、アビールはメルヴィアの身体に手を伸ばしたが途中で引っ込めていた。
「呼んできた方がいいんじゃないの、誰か・・・その方がいい」
意識のない者相手に怖いと思ったことなどはじめてだったけれど、自分が悪影響を与えているわけではないとは言い切れないアビールはメルヴィアに触れることに怯んで
「呼んでくるよ、おまえはそこで一緒に待っていろ」
「うん・・・わかった」
カルシィが頷くのを視界の隅で確認したころにはアビールは掛けだしていた。
民家があり人がいるふもとに向かって。
少し前には、人気のない場所にカルシィを追い立てて雑木林に入ったはずだったのに、今は正反対に捜すのだ。
助けてくれそうな誰か。力のありそうな奴、腕力だけでなく、重要なことでも決断の出来る力のある奴を直接呼んだ方が、事態の解決にはきっと早いだろう。
けどーーー。
文句言われるだろうな。
作業をさぼって、カルシィを襲ったのだ。
自分の立場を思い出したアビールは、なんでこんなことを自分がしなくちゃいけないのかと不満になったけれど、脚を止めることはなかった。
罰せられるかもしれないのだから、このまま放って置いて外に逃げるという選択肢もあったがアビールの眼中になかった。
目的ができたから。
今はじめて、アビールには前向きな目標が見つかったのだ。
アビールが誰かを呼びに行くのだから、もうアビールを無視することはできないはずだ。部外者だとか、おまえに関係ないーーーは通じないはず。
だって悔しいのだ。
カルシィはメルヴィアのことを知っていたのに、自分はまったく知らなかった。
大切なことなのだと想像が付いた。ここの奴らはカルシィのことを大事にしているし、メルヴィアを隠していた。
すごく良いものだから大切にしている。秘密にしている。
簡単には教えて貰えないのだろうけど、知りたいという欲求の方が強かった。
めんどくさいな。また全部やり直し。今度こそ良い子になった振りをして、大人しくして、言葉遣いもちょっと良くして、いろいろ上手く聞き出さなくてはいけないのだしーーー。
そしてそして、そのあとはーーー。
よくわからなかった。
カルシィだけなら何とかできそうだったけれど、メルヴィアは無理だった。
メルヴィアがいる場合、カルシィにも手は出せないことになるけれど、がっかりしている気分はあまりなかった。
よくわからないけど、楽しい気分がした。
メルヴィアのことで頭がいっぱいで、しかも自分はその場に残して走って来ちゃったわけだが、ほんの少しだけだったけれど、ビクついてばかりだったカルシィと普通に喋ることができていたことにも気が付いた。
まだ始まったばかりで、この先引き返すことだってあるかもしれない。気まぐれのようで傍からはそうとは気づかない、本人だってこれがとは、一生気付かないかもしれないけれど、こんな風に切っ掛けが生まれるのかもしれない。
これがアビールの第一歩だった。
アビールが人を呼びに行き、残されたカルシィの方はメルヴィアの身体を抱きしめて待っていた。
少しでも誰かが早くやってきてくれて、メルヴィアさんを診て欲しかった。
いきなり倒れて、意識がないのだ。
それまでは元気だったのに、と考えて、もう少し前まではやはり今と同じ様にぐったりと横たわっているだけだったことに気づくと、不安はさらに大きくなった。
また元に戻ってしまったのだろうか。




