53.
夜をたっぷり食べるので、昼の食事は軽くすませる。
忙しいときは抜いてもいいぐらいだけれど、今はロゼンやカルシィという成長期の若者がいるから丁寧に食べようと決めていたセランダータは、早速、採り立ての野菜を使った料理を作る。ざっくりと切って、肉と一緒に鍋で炒める。
簡単だけど、香草をたっぷりと使って香りよく。
カルシィには野菜を多めに、肉は小さめで食べやすそうなところをお皿に、最低限食べて欲しいだけを盛る。欲張って盛りすぎると嫌気に繋がって、逆に食べて貰えなくなる。メルヴィアで、そのあたりはわりと慣れていた。
で、残ったところはロゼンの皿に放り込んでおけばきれいに片付くだろう。
食事の支度は問題なくても、セランダータの予定通りには行かない。
カルシィもロゼンでさえも、皿に中身を残したまま匙を置いてしまっていた。
いろいろあるだろうけど、とりあえず食べてだけはいて欲しいーーーとはセランダータの持論だった。
落ち込んでいるときに、空腹が重なったら目も当てられない。心ばかりか、体も弱まってしまうことになるのだから。
体が立ち上がれないときに心が立ち直れるわけはないのだ。
とは言うものの、この空気では美味しく食べるのは無理だった。
「カルシィ。何があったのか、教えてくれないかな・・・。このままだとロゼンも気になって料理を残してしまう。せっかく一生懸命収穫した野菜も可哀想で、あっちもこっちも良いところはないよ。私だって、心配だ・・・何があった?」
しゃべらないカルシィにロゼンは怒り出して、そっぽを向いている。
口も開かなくなっている。
カルシィは俯いて座っているだけで、膠着状態だった。
セランダータが二人を残して、場を去れば、二人は会話をはじめて解決するかもしれないけれど、その場合、真相がセランダータまで伝えられるかは疑問になる。
セランダータだって、無視してすませるわけにはいかなかった。
顔が青ざめるほどの、衝撃を受けたーーー。
しかも安全な里の中でだ。理由を確かめずにいられなかった。
このまま放置は出来ないし、しちゃいけないのだ。
「心配でたまらない。だから、隠さず教えてーーー」
椅子に座るカルシィの横に跪いて、小さな手をセランダータは自分の掌で包んで、静かに熱い目差しで訴えていた。
「・・・怖い・・・」
「怖いーーー?」
「・・・夢を見た・・・」
「は?夢!?———馬鹿にしてるのか!」
ロゼンがすかさず口を出したが、セランダータの射殺されそうな目を向けられて黙る。
「怖い夢———どんなふうに怖かったの?」
「・・・怖い人・・・とても怖いの。べつになにもされていなくても怖い人に会った夢を見たの・・・それで、目が覚めてもずっと怖い気分が残っているの・・・」
セランダータも、ロゼンもコメントが言えず黙っていると、
「嘘じゃないよ、嘘じゃないもん!ほんとだもん!本当なの!」
カルシィが涙を浮かべて訴えていた。必死な様子に、セランダータとロゼンは素早く目配せをしあっていた。
「わかったよ、信じるよ・・・」
とロゼンは言った。
「怖い夢を見たんだね。うん。そういうこともあるよね。もう忘れちゃおうね」
セランダータは優しくいいカルシィの背を落ち着かせるように何度も撫でていた。
「さあーーー。そういうことで、食事をさっさと済ませてしまおう。ロゼン、ゆっくりしているとトランザが呼びに来るんじゃないのか?カルシィは、メルヴィアのところに行くんだよ。メルヴィアが待っているんだから、ちゃちゃっと食べちゃう!」
セランダータに促されて、二人は中断していた料理をやっつけにかかる。
「二人とも、野菜や肉に感謝して残さず食べるんだよ」
セランダータの言いつけは守られて、カルシィもきれいに皿を空にした。
でもカルシィは予想以上に動揺しているようだった。二人にはまだ何か隠していて、すべてを話せないでいるとも感じた。
だけど今、無理に問い詰めることはよくないと考えて、そっと見守ることを決めたのだ。
昼食を終えると、後ろ髪を引かれる顔のロゼンを、カルシィは「本当にもう大丈夫だから!」と明るく送り出した。
それは嘘ではない。
大丈夫だった。なぜって昼からはセランダータと二人で、メルヴィアの部屋に行くのだから、アビールと会うことなどない。
これからは外に出るときはなるべく一人にならないように決めた。
そうすれば、大丈夫。
でも一体、この気持ちはなんだろう。
アビールが苦手で、怖くて、心が竦むのだ。
里は楽しいと思っていた矢先にこんなことになってしまったのがひどく悲しかった。
眠っているメルヴィアの手にそっと自分の手を重ねてみた。
少しひんやりしているけれど、重ねていると温かくなった。
部屋を整えたあとしばらくして、セランダータは戻っていったので、今は部屋にメルヴィアとカルシィの二人きりになっていた。
もう今日は外に出たくない気分だったので、ロゼンが仕事を終えて戻ってくるまでここにいたいと思って、申し出るとセランダータは快諾した。
「この部屋には、レネドさんとセランダータさんとトランザさん以外の人、やってくることはあるの・・・?」
気になって確かめると、セランダータは首を横に振った。
「来ることはないよ。一応、メルヴィアのお世話の総責任は私になっている。だから、私が許可しない限りは来られない。でも、レネドと、トランザは例外だね。それ以外はないーーーはずだけど、どうして?」
「・・・ご挨拶しないといけないから、心の準備が必要だから・・・」
上手く誤魔化せただろうかと、カルシィは少し心配だった。
セランダータは、注意深い目で自分の様子を窺っていると感じていた。
とにかく、アビールが嫌だったのだ。怖くて、もう会いたくない。
でも、アビールを悪く言うのは気が引けるのだ。
ロゼンには言ってもいいだろうか。
やっぱり、駄目。
お付き合いいただき、ありがとうございます。




