41.
目が覚めたとき、自分が柔らかいベッドで眠っていることを知った。
でも自分の部屋ではなかった。知らない天井で、どこにいるのかわからなかった。
そろりと視線を動かすと、顔があった。
わかる。知っている顔だった。
「ロゼン・・・」
なんだかずっと会っていなかったように嬉しくなった。
嬉しかったけれどロゼンから目を離して、慌てて辺りをきょろきょろと見渡さずにいられなかった。
「この部屋には誰もいねえよ。おまえの世話は俺に任すって、あの女も出て行った。レネドは来てねえ。用があるなら呼びに行ってやる」
ベッドの脇の椅子に座って、眠るカルシィを見守っていたロゼンは、仏頂面に椅子を蹴って立ち上がった。そのままカルシィから離れて、部屋の隅の暗がりに見える扉の方にいってしまいそうになって、カルシィはロゼンの腕に飛びついた。しがみついたのだ。
「行かないでっ。誰もいなくていいのっ、ロゼンの他に誰もいなくて嬉しいのっ・・・」
ぽりぽりと頭を掻いたロゼンが椅子に戻った。機嫌はすっかり回復していた。
「・・・ロゼンにくっついてもいい?」
「・・・なんだそれ・・・。別にいいが・・・」
もそもそとベッドから這い出したカルシィが、ロゼンの膝の上に乗ろうとして、待てよ、と止めた。
ロゼンが立ち上がって、ベッドに座った。その方がカルシィにとって楽だろうと思ったからだ。
すぐにカルシィが、足の間に座って身体をロゼンの預けるように寄りかかった。
照れくさい。
餓鬼みてえだな、と言おうとしたがカルシィの表情を見て、軽口を引っ込めた。
もう泣いてはいなかったが、きゅっと細い眉根を寄せて目を閉じていた。
そして、よく見ると小さな身体は小刻みに震えていた。
「大丈夫かよ・・・」
「わからない・・・」
「どっか痛いとか、苦しいとか、薬がいるとかだったらーーー」
「いらない。ロゼンが側にいてくれればいい・・・」
きゅっとしがみついてくるカルシィに、ロゼンは少し悩んだが、そっとその背を撫でてやることにした。
「・・・なんか、びっくりだな・・・」
「・・・うん・・・」
静かにロゼンが言ったのはメルヴィアのことで間違いはなかっただろう。
「・・・なんていうかさ、おまえと似てる・・・」
「・・・うん・・・」
「・・・でも全然違う・・・」
「・・・うん・・・」
「・・・早く起きるといいな・・・」
カルシィはこれには答えなかった。
「・・・起きたらなにを話したらいいの?」
今度はロゼンが答えなかった。
「ちょっと動くぞ」
言うが早いかロゼンはカルシィを支えたまま、ごろんと横になった。
部屋には二つのベッドがちゃんとお置いてあったが、今さらだった。
それに今のロゼンに何かをする気はないから、なおさら一つのベッドでいい。
いつもこうしてくっついて眠っていたのだ。
ロゼンはカルシィの体温を感じて眠っていた。自分の方が体温が高く、カルシィの身体は少しひんやりと感じていた。
冷たくなって眠っていたというメルヴィアに、ロゼンは触れてはいなかったけれど、冷たいという言葉にはなんとなく納得したのだ。
メルヴィアが身を覚ましたら、どうなるのだろうとさっきからずっと考えていた。考えたって答えが出ることでもないのに。
レネドは、メルヴィアを目覚めさせたがっているのだと思った。
そのために、カルシィを連れてきたような気がしてならないのだ。
目を覚ましたらーーー。
腕の中に目を映すと、カルシィが目を開けていて、じっとロゼンを見ていた。
目の中にあるのは怯えの色だった。
自分もここに連れてこられたとき、こんな目をしていたのだろうか。
そして、その時以上に今、重くロゼンの中に広がっているものと同じだった。
あのときは、どうにでもなれと腹をくくったのだ。
でも、今、どうにでもなれと捨てっぱちになったら、大変なことになる気がする。
それがとても恐ろしいとは、自分の命よりも大事だって思っているということだろうか。
「疲れたな。もう寝ちまおうぜ・・・。ずっとこうしててやるからベッドから転がり落ちる心配はないから、安心して寝ろ」
「うん・・・。ねえ、ロゼン・・・ずっとね、ずっと一緒にいてね・・・」
「あたりまえだろ・・・」
「・・・おやすみ」
「・・・ああ」
カルシィは目を閉じた。でも、ほとんど眠れずに朝を迎えた。
ロゼンも、朝日が差すまでずっと暗い天井を見ていた。




