39.
部屋を出て廊下を進んだ。
薄暗い長い廊下で、何度か角を曲がって歩いた。
木製の壁だったのに、いつのまにか石に変わっていると気がついたカルシィは、館から延びた渡り廊下が別館に繋がっているのだと思った。
ただし地下にある廊下で、自然の洞窟を利用していた。どんどん空気が冷たくなってゆき、部屋は遠かった。
普通じゃない気がした。
閉じ込められているのかと思った。レネドたちに。
それならば、自分はーーー。
カルシィは、自分ももう戻れないような気がして次第に、足が重くなってきた。
先頭をレネドが歩いている。次にロゼン。ロゼンに守られるようにカルシィが続いて、後ろにセランダータだった。
「おまえは来なくてもいい」とレネドに言われたセランダータが付いてきてくれたことは、心強かった。
スタイルは魅力的で美しい女性だったが、言葉使いや態度はカルシィが知る女の人とは違ってとても乱暴で、レネドに対しても媚びるようなところはない。男っぽいけれど、とても細やかな気遣いができる優しい人だった。
後ろからそっとのぞかれて、訊かれた。
「大丈夫?少し遠いけど・・・もう少しだけど、辛いなら背負うから?」
「そんな、大丈夫です」
「遠慮深い子ね。あなたは羽のように軽いだろうから気にすることないよ」
「本当に大丈夫です・・・それにわたしも男だから・・・」
セランダータに背負われるのは嫌だった。さんざん迷惑は掛けてきているのに、薄っぺらい誇りだと笑われても仕方ない状態だったけれど、女の人のセランダータにはされたくなかった。
「あら。でもそれはなんだかおかしいね。男も女も関係ない、子供も大人も。動ける者が弱った仲間を担いで歩く。そうして生きてゆくものでしょ?」
そういう話は最近嫌いだった。
「わたしは、いつも背負わせるだけで誰かを背負ってあげられることはないよ!」
思わず言い返してしまって、相手の驚きの表情にはっと我に返ってカルシィは俯いた。
「ごめんなさい・・・」
「う〜ん、たとえが悪かったかなあ」
ぼやいたセランダータは
「そうだね。きっとあなたに背負って貰うことはあんまり考えないだろうなあ。たぶんすぐ気がつくと思うけど、みんな———ここの奴らみんな、あなたを守りたくて仕方なくて、うずうずすると思うんだよね。かまいたくてかまいたくて、お世話したくて、もうやたらと世話焼かれるはずだから。・・・でも、それはあなたが弱っているとかの意味じゃない・・・」
「・・・じゃあ、なぜ?」
顔を上げたカルシィの潤んだ瞳に見つめられて、嬉しくなったセランダータは大きめの口ににぱっと笑顔になった。
「本能、とか習性!」
カルシィの顔が、からかわれたのだと曇ったので、慌てて首が横に振られた。
「違う違う、本当に、単純にそうなんだって。血の中に服従することが組み込まれている、あなたを見て、それしかないとはっきりした!」
両腕がカルシィの身体に伸びて、ぎゅっと抱きしめられた。
強い力。腕の感触はロゼンに慣れていても、頬に押しつけられる柔らかさが全然違うのだ。
白い肌が真っ赤になったことで、セランダータは歓声を上げた。
「だめ、可愛すぎるっ、私が側でずっとあなたに仕えるから。私と一緒に暮らそう!」
「・・・おいっ」
「・・・セラン、そのくらいにしろ、圧し潰したら可哀想だ・・・」
「羨ましいだろう、胸筋よりも柔らかな肉がお望みだ、おまえには無理だからな」
「・・・その説に寄れば、おまえではなく、世の一男子として柔らかい肉が好きーーーそれだけだがな」
ロゼンに腕の中から引っ張り出されて、カルシィはロゼンと一緒に、はあと溜息を吐いた。
レネドは楽しげにセランダータと巫山戯あっている。年齢的にも釣り合っていて、仲の良さそうな二人だった。
でもそれが不自然に長くて、なかなか歩き出そうとしないのでカルシィはふと、レネドの背後を見てみた。
廊下———通路は、すぐに行きどまっていた。
一枚の扉だった。飾り模様が施された重厚な扉がレネドの後ろに控えていた。
部屋に着いたのだ。
カルシィの視線に気がついた二人がおしゃべりをやめた。
「・・・じゃあ、いこうか・・・」
心なしか、レネドの声が少し震えたように聞こえたのは気のせいだろうか。




