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夜の果てに  作者:
第三章
22/85

22.

 ロゼンはカルシィの行動や様子、表情などを注意深く見ていて、細やかに世話を焼く。

 嫌いな相手だったら、これほど気を配ったりはしない。

 ———と納得しようと思うのだけれど、カルシィも生身の生き物だった。

 最初こそは大人しく首を竦めていたけれど、次第に、「口うるさいなあ」とか、「いばりんぼうロゼン」とか感じた。

 心の中で呟かれるだけのぼやきだったが、「むかつく!」に至ったとき、カルシィはもう隠しているのを止めた。

「そりゃあね、飛びだしたわたしのこと、まだ許せないでいるのだろうけどね。ロゼンの態度、けっこう大人げないと思うよ」

「あん、なんだそれっ」

「だから、ロゼンの態度がよくないって事———」

「くだらねえこと喋っている暇あるんなら、さっさと喰えよ」

「むぅ・・・」

「口ん中、突っこんじまえばそんで、終わるだろうがっ」

「・・・もう、たべられないよ・・・」

「一口だ」

「・・・こんなの、・・・一口じゃないもん・・・」

「ぐちぐち言ってないで素直に喰え!」

小さな声で訴えたカルシィの反対で、ロゼンの声は大きかった。

背の高いロゼンの立ち姿勢から、地面に腰を下ろして座っているカルシィにまるで怒鳴りつけられるように降ってきて、カルシィの身体は一回り小さくなったように見えた。

これは、ただ昼ご飯の話だった。

けれど食事だった。

このところ、食事時が二人の喧嘩の時間というパターンになりつつある。

ロゼンには喧嘩などと言う感覚はないのかもしれないけれど、それ以外の時はだんまりな沈黙だった。ロゼンは不機嫌そうに口を閉ざしていて、眉間には深い皺が刻まれていたりもする。ロゼンの不機嫌は以前と変わらないものでもあったけれど変化したこともある。

それがロゼンのカルシィに対する世話焼きだった。

絶対、こうるさくなった!とカルシィは断言できるのだ。

カルシィが見惚れるほど大柄なのに、意外に細かい性格もしていることがわかってきて面白い発見だったが、いつも不機嫌で怒られっぱなしのようなお世話を受けていたら、まったくありがたくない。

余計なお世話だと言いたくなってしまう。

そんなカルシィは、頬を膨らませるとぷいっとそっぽを向いた。手の中で弄んでいた乾し肉を挟んだパンは地面の布の上に置かれてしまう。

あからさまな反抗的な態度にロゼンと言えば、外にも音が聞こえてきそうなほどの歯軋りをせずにはいられなかった。

「おまえ、なあ!いい加減にしろよ、その我が儘!」

「わ、我が儘なんて言ってないよっ」

「言ってんだろ、おまえが量が多いから半分に俺は譲歩してやったのに、また喰わねえ!」

「・・・だから、ね、・・・それは・・・」

等分に分けようとするロゼンの食事をやっと、半分にまで減らして貰ったのだけれどそれでもロゼンと違って小柄なカルシィにしてみると、まだ多いのだ。食べきれない。

特にこのところ、ガミガミ言うロゼンのためにカルシィは胃に重い石が詰まったような毎日を送っているので余計に食欲は湧かなかった。

「・・・ロゼンが、わたしにくれるのが多すぎるんだよぅ・・・」

「多くないって言ってんだろうっ!・・・ああっ、もういいさ、おまえの勝手にすればいいだろ!」

頭をガシガシと掻きむしる仕草はロゼンがブチ切れる寸前の仕草だ。こんな姿をカルシィはここ数日のうちに何度見たか。

けれど標準より短い堪忍袋の緒が容易く切られようとも激情はカルシィに向けられることはなかった。岩を蹴りつけたり、木の幹を両拳で激しく殴ったりしても、可哀想な岩や木に八つ当たりがぶつけられるだけなので、カルシィはロゼンから逃げることを考えなくてもいいのだ。

ロゼンのなかにも溜まるストレスを何とかかんとか押さえているのだろう。ロゼンの心境がカルシィにも伝わってきたが、食べきれないのだもの・・・。出来ることなら、自分が完食すればロゼンは自分の嬉しいことのように喜ぶと思うのだけれど、無理なものは無理でーーー。

これ以上無理して口に入れたら、折角、がんばって食べたものを出してしまうことになりかねないのだから。

カルシィも悲しいのだ。

うなだれていると、怒って離れていってしまったはずのロゼンが戻ってきていた。

そうして、長い脚を折ってカルシィの前に座った。

「おまえ、・・・んなことで泣くなよ?」

「・・・うん、泣かない・・・」

「・・・嘘つけ、泣いてんじゃねえか」

ロゼンは低くぼやいたが、カルシィへの声は幾分優しいものに変わっていた。

大きくため息を吐いた。

ロゼンはこれほど丁寧に食べろと言ったってカルシィは聞き入れなくて、埒はあかないので、ロゼンは諸悪の根源をやっつけることにした。

つまり、二人の間で揉め事の原因になっている一塊に手を伸ばしたロゼンはぱくっと一口で、カルシィに言った通り一口で食べて消し去ったのだ。



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