21.
死にたくない。
だって。
死ぬのは怖そうだから。
苦しくて、動けなくなって石のように動かなくなって、その先に楽しいことが待っているとはカルシィは思えなかったのだ。
もっと苦しいことが待っていそうだった。そうなったら耐えられない。
だったらこの世界に留まっていたい。この世界だったらまだ我慢できてやってゆけそう だから。
だけど、馬鹿をやってしまったと、後悔していた。
とっても馬鹿だ、笑えないほどの大馬鹿をしてしまった。
ロゼンに腹を立ててとびだして、道に迷ってしまった。
走って苦しくなって、少し休もうと膝を着いたらもう動けなかった。
カルシィはその場に崩れるように倒れ込んで横たわっている。
入り組んだ細い道を進んでいるなかで、見つけた古い物置のような小屋。入り口が開いていたから少し雨を避けて休ませて貰おうと入ったのだ。
埃と黴の嫌な匂いがする。
咳が出る、息が苦しい。
「・・・ロゼン・・・」
カルシィは声を出して呼んでみた。かすれて細かったけれど声はまだ出た。
小屋の外に漏れてもし運が良く小道を人が通ったとして、誰かに届くような大きな声は出せそうになかったけれど平気だった。叫んで聞こえるところにロゼンが居るはずがないとわかっているから。
だって、自分からロゼンがいる宿屋を離れたのだから。
我慢が、足りなかったと思った。
ロゼンはカルシィにとってかけがえのない存在で、見つけた希望の光だったのに。
動けなくなった今なら、今までよりもずっとよくわかった。
苦しい。
悲しい。
寂しい。
悔しい。
かなしかった。涙がとまらない。泣いてばかりなのにまだ涙は尽きることなく溢れてくる。まぶたは重くて開いていられなくなった。
でも願わずにいられなかった。
ねえ・・・ロゼンーーー。
わたしはここにいるの。
ここにいるよ、ロゼンーーー。
お願いだよ。
見つけてよ、ここにいるからーーー。
今度はもう、こんな馬鹿はしないからーーー。
カルシィは全霊で願った、ロゼンをーーー。
ああ、とカルシィの目が覚めた。
これは・・・しってる。
嬉しい気持ちになった。
知ってる。
これはロゼン。
ロゼンの匂い。ロゼンの体温———。
「・・・ロ、ゼン・・・?」
「クソ馬鹿野郎がっ・・・」
不思議だった。
目を開けたらロゼンがいた。
ロゼンがいて、カルシィを抱きしめてロゼンは泣いていた。
またロゼンは怒っている、ともちらりと感じたけれど、それよりも印象はこっちの方が強かった。
ロゼンが泣いている。
泣いていたのは自分のはずだったのに、カルシィはぼろぼろと涙を拭うことなく泣く黙々と泣き続ける男をとても不思議な心地で見つめていた。
思えば、鏡以外で誰かが泣く姿を見たことなどはじめてな気がした。
ロゼンも泣くのだ。泣くことがあるのだ。なんだかそれは嬉しい発見でもあった。
「・・・泣かないでよ・・・ロゼンは大きくて強いのに・・・黒豹、みたいに格好いいのに・・・」
「強くねえっ!ーーー」
それきり、ロゼンがあんまり泣くからカルシィの方は、心配で目が離せなくて、それどころではなく涙は乾いてしまったようだった。
もう泣けそうにいなかった。
ロゼンには聞きたいことがいっぱいあった。
カルシィにとって、ロゼンがここにいることもとても不思議で、泣いているわけも知りたいと思った。
だけど聞けそうにない。
だから一つだけ。
「ロゼン、・・・もう怒ってない・・・?・・・眠っても一緒にいてくれる・・・?」
「・・・怒ってねえよ。・・・怒ったあと、こんなのいちいち、・・・わりに合わねえよ・・・もう怒らねえよっ・・・」
疲れ切ったようにロゼンはカルシィに答えた。
涙は拭わなかった。拭う手はないからだ。
手を放したとき、理屈を越えてロゼンの手の中に戻ったカルシィが再び、理解を無視して消えて無くなったって誰にも文句が言えない気がしたからだ。
だから膝の上に抱いたまま離さないのだ。
返事を聞いて嬉しそうにしたあと目を閉じたカルシィから穏やかな寝息がロゼンに伝わってきていた。
途方に暮れて一度は、もう失ってしまったと覚悟したロゼンは、滅茶苦茶に暴れてやろうと思った。
けれど、見つけられた。
無事に見つけられた。
生きている。幻覚じゃない。やっと実感が感じられた。
ちゃんとロゼンの腕のなかにあるのだ。消えたりしない。
ロゼンもようやく平常心が戻っていた。
そうして思ったのだ。
見つけて、こんなに嬉しいものなどきっと、他にはないと。
第二章 完結です。
ただ今、三章書いている途中です。
ここまでおつき合いくださり、ありがとうございました。




