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令和のダンジョンを、昭和の魂(メロディ)でブチ抜く 〜MusicMasterの英雄譚〜  作者: 渡部安恵


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2/17

プロローグ 針は進み、旋律は回る・後編

 まぶしい朝光が満ちる道路の先から、律の視界へと勢いよく飛び込んできたのは、ポニーテールを弾ませた少女――槇村陽葵まきむらひまりだ。


 最新鋭の軽量魔導ウェアに身を包んだ彼女の背中には、その小柄な体躯には不釣り合いな折り畳み式の大型ハンマー『ひまわり壱号』が背負われている。

 そしてその耳元には、配信の音声を確認するための小さなイヤモニ型同調機が揺れていた。


「ほらほら、リスナーのみんなも『りっちゃん遅い』って言ってるよ!」


 彼女の左手には最新型スマホを固定された自撮り棒が握られ、画面内では既に何百人もの視聴者が、期待のコメントを弾丸のように飛ばしていた。


「早いな陽葵。朝飯は食べたのか?」

「もちのろん! 食べたよ! あ、画面のみんなおはよー! 今日もガッツリ配信いくよー!」


 死語を堂々と言い放ちながら、陽葵はカメラへの営業スマイルを一瞬だけ「幼馴染の顔」に戻し、右手の竹皮の包みを律の左手へと滑り込ませた。ふわりと漂う醤油と出汁の香りが、まだ温かい。


「はいこれ、おにぎり。お父さんが『律に持っていけ』って。ほら行くよ! さっきも言ったけど、今日の江戸川の河川敷ダンジョンの湧き、とんでもないことになってるみたいだからさ!」


 そう言って一五五センチの少女が一八八センチの体を強引に引っ張る。律は苦笑しながら、左手におにぎりを持ったまま体を預けるように歩きだした。


 二人が店を出ると、柴又の商店街は既に朝の活気に満ちていた。隣の『お食事処まきむら』の暖簾越しに、陽葵の父・秀之ひでゆきが逞しい腕を組んで顔を出し、母・結衣ゆいが笑顔で手を振る。


「律くん、陽葵を頼んだわよ!」

「律! 陽葵がやらかしそうになったら頭一つひっぱたいて構わねえからな!」

「もー! お父さん、配信中! チャットに変なこと書かれるじゃん!」


 陽葵がスマホに向かって頬を膨らませる。画面内のチャット欄は、猛烈な勢いで流れていく。


『パパさん助かる』

『陽葵ちゃんの死語キタコレ。もちのろんてお前w』

『てか横のレトロニキ、今日も安定の骨董品スタイルで草』

『二人の身長差いつ見てもバグだろ、遠近感狂うわw』

『レトロニキ、今どきケミカルウォッシュのジージャン着こなせるの草』


 律はそれを見ても、ただ「文字が躍っているな」と思う程度だった。それよりも、秀之から渡された包みをほどき、まだ温かいおにぎりを大きな口でガブり、と放り込む。


『うわ、一口がでかいなレトロニキw』

『男らしくてヨシ!』


 液晶の光に照らされたチャットの熱狂よりも、彼にとっては手に触れることができるゼンマイの反発や、磁気テープの質感、そしてこの実体のあるおにぎりの温かさの方が、ずっと生々しい信頼に値した。


 ◆


 商店街を抜け、土手を越える。

 視界が開けた先、かつては穏やかな川面だった場所には、十五年前から現世を侵食し続ける異界――『水底の廃都(リバーサイド・メイズ)』が、歪な空間の裂け目として鎮座していた。その奥には、どこか見覚えのある古い鉄塔や錆びついた街灯の影が、水底のように暗く揺らめいている。


 周囲には、ミリタリー仕様のタクティカルギアに身を包んだ探索者たちが、タブレット片手に「効率的な時給」を議論している。


「今日の三層はボスがいるから魔素の溜まり方が最高だ。周囲の雑魚のポップ速度、通常の数倍は出てる」

「だな。ボスは絶対に生殺しだ。下手に倒してリポップ待ちになったら、今日のタイパ終わるわ」

「地上に魔素ノイズが漏れて、スカイツリー周辺の電波とか、下町の家電がイカれるらしいけど、まあ知ったこっちゃねえよな」


 彼らにとって、ダンジョンは稼ぐための「作業場」に過ぎない。

 だからこそ、画面の数字だけを信じる現代のハンターたちが、効率や数字を偏重し、ダンジョンを『金を生む工場』として有り難がる姿を見ても、律は微塵も羨ましいとは思わなかった。


 十五年の間に、この異界は律にとってロマンの場所ではなくなり、大切な日常と下町の仲間を脅かす「公害」と化していたからだ。


 そんな中、八十年代のヒーローが時代を超えて現れたかのような佇まいで、腰のホルダーにカセットプレイヤーとテープケースを下げた律の姿は、あまりにも異質だった。


「見てよあの装備。カセットプレーヤー? ネタ枠かよ。魔素で一発でバグるっしょ」

「効率悪そう……。AIの適性計算、絶対受けてないだろ。まあ、顔がいいから『映え』専用のイロモノかな。あの子のイヤモニも飾りだろ」


 すれ違いざまに投げかけられる、哀れみ混じりの嘲笑。だが、律はそれらを柳に風と受け流した。

 周囲が『飾り』と嗤うあの同調機イヤモニこそが、二人の戦闘スタイルを成立させる核心だということを、彼らは知らない。


 律が放つ『音響領域トラック・シンクロ』は、基本的にはその音が届く範囲すべてにバフを及ぼす。つまり、大音量で鳴らせば周囲のハンターにまでタダ乗りで強化を与えてしまうし、何より魔力の消費も激しい。


 だが、陽葵の同調機だけは別だ。

 律の魔力を直接中継して旋律を叩き込むその特製ガジェットは、たとえ律が音量を極限まで絞っていようが、どれだけ二人の距離が離れていようが、陽葵にだけは常に最高出力のバフを届け続ける。


 他人の相乗りを許さず、幼馴染だけを無敵にする。これこそが、このローテク兵器を引っ提げて二人で戦う律のスタイルだった。


「さあ、着いたよ! 今日の目標は、江戸川ダンジョンこと『水底の廃都(リバーサイド・メイズ)』の第三層ボス!」


 陽葵は自撮り棒を握る手に少しだけ力を込め、効率主義の探索者たちをギロリと睨みつけた。


「……相変わらずムカつく。地元の生活なんてこれっぽっちも考えてないじゃん」


 数字しか見えない連中への苛立ちを吐き捨てるように、陽葵は小さく息を吐いて律を振り返る。


「ま、いっか! りっちゃん、うちらはうちらのやり方でぶち上げていくよ!」


 陽葵はそう言って、自撮り棒からスマホを外す。


「じゃあみんな、いってきまーす!」


 画面の向こうへ手を振り、配信をバチッと切ると、電源を落としてポケットへと滑り込ませた。彼女の端末は最新鋭の魔素ノイズ対策が施された高級モデルだが、無事に通信を繋いでいられるのはこのダンジョンの前までが限界なのだ。


 やる気満々で一歩を踏み出す陽葵に対し、律は土手の上で一度だけ立ち止まった。


 彼は朝日に照らされる異界の廃都を、静かに見据えた。

 かつて胸を躍らせた汗と涙の「物語」を、自分の大切な日常を侵食する駆除すべき明確な害悪として。


「……陽葵。今日もお前向きのいい曲だぞ」


 律は陽葵の耳元の同調機へと視線を送り、そこに仕込まれた魔導回路の輝きが安定しているのを見届けると、ホルダーに並ぶ三本の中から一本カセットを引き抜く。


 パキ、とケースを開く乾いた音が響いた。


 ケースの隙間からのぞくインデックスカードには、黒いマジックで『冒険の旅程』と書かれていた。


 指先から伝わる、プラスチックの冷たさと、使い込まれたケースの微かな擦れ傷。この「物理的な実在」こそが、律の何よりの武器だった。


 壮大な旅の始まりを告げるファンファーレのようなトランペットのメロディが脳裏に蘇る。


 心躍る序曲に、律は静かに目を閉じた。

 五体満足に帰ることを誓って、カセットをプレーヤーに滑り込ませると、再生ボタンを押し込んだ。


 ガチャッ。


 プラスチックの筐体が重く、力強い駆動音を響かせた。

 物理駆動の確かな手応えとともに、内部で小さなリールが回りだす。

 磁気テープが走るのに合わせてボリュームノブをひねる。

 目盛りは『1』。

 周囲には微かにシャカシャカと漏れる程度の音量。


 その回転に呼応するように、陽葵の耳元の同調機が鮮やかなネオンカラーにパッと発光した。ジリ、と細かな火花を散らすような音を立てて、二人の魔力パスがカチリと直結する。


 周囲の誰にも聞こえない極小のノイズの裏で、中継を受けた陽葵の耳元にだけは、世界を塗り替える壮大なイントロがダイレクトに鳴り響いた。


 まだ誰も気づいていない、二人だけの静かなる宣戦布告。

 その熱を背負い、二人はゆっくりと異界への一歩を踏み出した。

だあああああああああ、矛盾発生で練り直しになりました!

当分は矛盾あるつもりで見ていてください::

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