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令和のダンジョンを、昭和の魂(メロディ)でブチ抜く 〜MusicMasterの英雄譚〜  作者: 渡部安恵


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第12話 新鎌ヶ谷・突入

 マナ・マネキンの一団が蜘蛛の子を散らすように闇の奥へと消え去り、テナントエリアに束の間の静寂が戻った。

 だが、安堵している暇はない。りつは『Drop It』の残響が消えかける中、ボリュームノブを常用域の通常音量まで絞りつつも、カセットの再生は止めなかった。


「陣地を組むぞ! 動ける奴は生存者の捜索だ!」


 隼人はやとの怒号が響き、ベテラン探索者たちが即座に動き出す。

 律の腰元からは、救助活動の足元を固めるように、メドレーの次のトラック――重厚なベースラインと、小気味よいスネアが刻む緊迫感に満ちたファンク・ロックが流れ始めていた。


 配信のコメント欄に残された情報と、怯えきった生存者からの聞き込みによれば、この一層には突入時、プロと新人を含めて三十名がいたという。だが、発見された生存者はわずか十三名。重傷者が五名、軽傷者が八名。残りの十七名は――聞くまでもなかった。


「……クソッ、クソが……!」


 瓦礫の陰で、血塗れの拳で床を叩きつけている男がいた。さっき川千庵かわちあんで時給三倍とイキっていたC級ハンターの遠藤えんどうだ。

 彼は両腕を粉砕骨折し、内臓破裂の手前という凄惨な状態でありながらも、命に代えて数人の若いルーキーたちを背に庇い続けていた。温室育ちの傲慢なプロだと思っていたが、土壇場で下町育ちの意地と人情を捨てていなかったらしい。

 皮肉なことに、いつも彼とつるみ、効率的なクランを立ち上げたと豪語していた同僚の姿はそこにはなかった。一人で最新デバイスを抱えて出口へ逃げようとし、マネキンの群れに囲まれて物言わぬ肉塊に変貌していた。


「ポーションを回せ。重傷者からだ」


 律は手際よく荷物から内服用のポーションを取り出し、遠藤の口元へ運んだ。造血効果と強力な痛み止めが含まれた泥臭い魔法薬が、喉を鳴らして吸い込まれていく。

 陽葵ひまりや隼人たちも、各自が持ち寄ったエピペンタイプの高級な魔法治療薬を、躊躇なく負傷者たちの太ももへ突き刺していく。抗ウイルス効果と急速な細胞再生を促す薬液が注入され、現場に荒い呼吸の音が戻り始めた。


「……なんで、お前らが……」


 遠藤が、痛みに顔を歪めながら律を見上げた。仲間を守り切れず、自分たちの信じたデバイスにも裏切られた悔しさと絶望が、その瞳に滲んでいる。

 その遠藤の前に、重傷者一人分の手当てを終えた陽葵が無言で膝をついた。彼女は自身の『運動エネルギー変換』の闘気を微弱な治癒波動に回し、遠藤の裂傷を塞いでいく。


「なんか、言わないのかよ。温室って笑いに来たんだろ……」

「うるさい、傷が開く」


 遠藤の弱音を、陽葵は冷たく、だが確かな手付きで遮った。言葉こそぶっきらぼうだが、その瞳には真摯なハンターの光が宿っている。律はその背中を静かに見守りながら、次の段階への思考を巡らせていた。


 ざっとした手当てと聞き込みが終わるまで、そう時間はかからなかった。

 集約された情報によれば、二層には三つのチーム、計十五名が取り残されている。そして最深部である三層には、定時周回のボス狩りをしていた上位プロが三名。

 一層の惨状から推測するに、彼らの七割から八割はすでに絶望的だろう。だが、全滅と決まったわけではない。


「二層へ向かう。隼人さん、ついてきてくれ」

「応よ。俺たちのチームと、直ぐに動ける応援の二チーム、合わせて二十人。お前のスキルがあれば、これだけいれば十分戦線を維持できるな」


 隼人が大盾を叩いて頷く。地域密着型のベテランたちが、即座に武器を構え直した。


「待ってくれ……! 俺も、俺も連れて行ってくれ!」


 悲痛な声をあげたのは、ポーションでどうにか上体を起こした遠藤だった。


「足手まといだ。武器もないだろ」


 律の視線は冷徹だった。今の遠藤には戦う力も、ノイズの中で立ち回る術もない。実力不足と現実を突きつけられた遠藤は、悔しさに唇を噛み締め、床を見つめてうつむくしかなかった。


 その時だった。

 律のデッキから流れるファンクのグルーヴが劇的に展開し、世界で最も有名な、あの不敵で、しかし圧倒的な正義を孕んだサビのフレーズが、魔素を震わせて鳴り響いた。


 ――♪ Because we're brave, we're brave, come on……!

(――俺たちは命知らずだ、さあ来いよ。分かってんだろ)


 スピーカーの奥から、世界を震わせたあの鋭い「アォッ!」という裏声のシャウトが炸裂する。

 耳を劈くような爆音と共に放たれたその言葉は、ノイズに怯えるプロたちの耳に強烈な意味コード翻訳バフとなって突き刺さった。


 お前らはどうなんだ、と王者が問いかけてくるような強烈な音圧。

 その旋律の頂点サビの爆鳴りと完全に同期するように、踵を返しかけた陽葵が、遠藤の背中に向かってパッと声を張った。


「置いていくわけじゃないよ! 悔しいなら、生きて帰ってから文句を言いなさい! ――ここは、私たち『命知らず(brave)』が引き受けるから!」


 現代の若者なら気恥ずかしくて言えないようなド直球のセリフ。しかし、その言葉は絶望に沈んでいた遠藤の魂に、消えない火種を叩き込むかのように響いた。


 陽葵を先頭に、律は歩き出した。

 壊滅した一層のテナントエリアを抜け、さらに濃厚な魔素が渦巻く二層への階段へと、二十人のアナログな戦士たちが足を進める。

 背後では、りくの中継局と完全同期した配信ドローンが、彼らの無骨な背中と、再び沸き立ち始めたチャット欄の熱狂を、静かに、しかし克明に世界へと映し出し続けていた。


 ◆


 新鎌ヶ谷駅前ダンジョンの二層へ降りるなり、空気の冷え込みが一段と厳しくなった。


 眼前に広がっていたのは、外界の夕闇とリアルタイムでリンクした、薄暗い新鎌ヶ谷駅前のロータリーエリアだ。ただし、すべての配置が左右鏡写しに反転している。死に絶えた街灯と、不規則に明滅を繰り返す商業施設のネオンサイン。その紫や青の毒々しい光だけが、捜索対象となる不気味なコンクリートの街並みを照らし出していた。


 二層の入り口には、人の気配がまったくない。

 律は歩みを止めることなく、腰のホルダーに取り付けたカセットプレーヤーの早送りボタンを押し、カチカチと磁気テープの回転音を響かせる。狙いの位置で再生ボタンを押し込んだ瞬間、空間に脈打つ不気味な『心音』のSEが走り、次いで地を這うような重低音のベースが鳴り響いた。


 誰もが知るあのサスペンス・ファンクの緊迫感に満ちたトラック。


 ――♪ Target, are you ok? Are you ok, target?


「無事か、まだ生きているか」と、生存者の心音バイタルを執拗に追いかける弾丸のような英語の連呼が空間を支配する。


【出力180%:広域命査音界バイタル・スキャン――『Sleek Chaser』展開】


 曲の効果が発動した瞬間、一同の移動速度と身体のキレが爆発的に向上した。

 新鎌ヶ谷駅から西へと伸びる幹線道路沿い。本来なら大型ショッピングモールや立体駐車場が立ち並ぶ初富本町の商業エリアは、今や天井や鉄骨がなだれ込み、「割れたガラスと引き裂かれた鉄板の迷路」へと無残に変貌している。


 だが、律と陽葵、そしてベテラン探索者たちは、重力を無視するかのような滑らかな足運びで瓦礫の壁を次々と飛び越えていく。


 ガキィンッ!


 道中、前衛を務める隼人の大盾に、虚空から不自然な火花が散った。

「常在戦場」を地で行く下町のベテランたちは、目に見えない何かの打撃を受けたその刹那、一切の躊躇なくカウンターの剛腕を叩き込む。手応えと共に、固いものが砕ける音がして何かが床に転がったが、姿は見えない。

 道中で三回ほど遭遇したその「見えない強襲」を瞬時に粉砕しながら、律たちは一層と三層の中間地点にあたる大型ロードサイド店舗の崩落跡へと、あっという間に辿り着いた。


 そこに、縮こまるようにして身を寄せ合う一団がいた。

 二層に取り残されていたプロの三チーム、計十五名のうちの生き残り――十二名だ。すでに回復薬も魔力も底を突き、何より「どこにモンスターがいるか把握できない」という恐怖から、完全に身動きが取れなくなっていた。


「隼人さん、ポーションを! 陽葵はこっちだ!」


 律の指示で即座にトリアージが始まる。引き際を間違えたとはいえ、腐ってもC級のプロだ。全滅を免れていたのは幸いだったが、重傷者が三名いた。失血、骨折、重度の肺の損傷、そして昏睡状態の脳挫傷。残りの九名は激しい裂傷や骨折だ。


 ハンターたちは頭部の損傷者を除き、手際よく魔法薬を投与していく。だが、脳挫傷を負ったハンターの前に、陽葵が『ひまわり弐号』を置いて膝をついた。


「頭の怪我に下手にポーションを使うと、脳圧が上がって悪化するかもしれない! 私がやる!」


 陽葵は自身の『運動エネルギー変換』の闘気を精密にコントロールし、衝撃を吸い出すように微弱な治癒波動へと変えて男の頭部へと注ぎ込む。荒かった呼吸が、次第に穏やかな寝息へと変わっていった。


「……なぁ、お前ら。道中、あの『石像トランス・ガーゴイル』に襲われなかったか?」


 治療を受けながら、生き残ったC級プロのリーダーが怯えた声で尋ねてきた。

 彼らの話で、このエリアの絶望的な状況が浮き彫りになる。


 本来の新鎌ヶ谷二層にいる『トランス・ガーゴイル』は、見晴らしのいい場所に単体で佇むだけの、銃やハンマーの一撃で粉砕できるただの雑魚モンスターだった。しかし地脈のオーバーロードによって異変を起こした彼らは、完璧な「光学迷彩」を纏うステルス急襲者へと変異していたのだ。

 デバイスのレーダーがノイズで死に、目視もできない暗闇からの一撃。気がついた時には、先手を取られて致命傷を負わされる。


「三層の様子はわからない。誰も戻ってきてないし、ここから先は気配すらまるでないんだ……」


 プロの言葉に、隼人が眉をひそめる。

 モンスターの姿は見えない。しかし、気配がないということ自体が、この濃厚な魔素の霧の中では異常だった。


「姿が見えないなら、見せるまでだ」


 律の指先がカセットプレイヤーのボタンを弾くと、ガコンッと小気味良い音が響く。

 慣れた手つきでホルダーから「映画主題歌メドレー」のケースを取り出すと、素早くプレイヤーの中身をそれへと差し替える。役割を終えた洋楽メドレーをケースに収め、再びホルダーへと滑り込ませた。


【出力150%:広域可視音界ファントム・スキャン――『Phantom Hunters』展開】


 イントロの小気味良いカッティングギターと、一九八四年に世界を席巻した、あの陽気でファンキーなベースラインが、暗闇をライトアップするように鳴り響いた。


 ――♪ If there's something weird in your neighborhood...

(もし君の街に、おかしな何かが現れたら……)


 間髪入れず、スピーカーから「Who you gonna ring?(誰に呼びかける?)」と小気味良い男の声が響く。

 その問いかけに、下町の探索者たちが不敵に笑って叫び返した。


「――『Huntersハンターズ』!!」


『\( º∀º )/Hunters!!』

『\( º∀º )/Hunters!!』

『【悲報】レトロニキ、今度は映画の幽霊退治のテーマを流し始めるwww』

『絶望の現場が一瞬で80年代の映画館になってて草』


 音楽の波動が空間を駆け抜けた瞬間、周囲の景色が歪んだ。

 ベースの重低音が波紋となって広がるたび、何もないはずの空間に、ドロドロとした蛍光グリーンのエフェクトを纏ったガーゴイルたちの輪郭がびっしりと浮かび上がる。


「そこかぁぁぁッ!!」


 位置さえ分かれば、もはや敵ではない。帯同していたベテランチームの魔法使いや、遠距離デバイスを持つハンターたちが、正確無比な攻撃で緑の影を次々と撃ち抜いていく。

 その圧倒的な無双ぶりに、配信のチャット欄は置いてけぼりの若者とおじさん達の熱狂でカオスと化していた。


『てか何これ!? なんでみんな一斉に「ハンターズ」って叫べるの!?』

『おじさんたちだけ盛り上がるのやめてwww 元ネタガチで分からんwww』

『平成生まれの俺、完全に置いてけぼりで咽び泣く』

『効率だの時給だの言いたC級が全滅しかけた現場だぞここ……強すぎだろ下町勢!』


 さらに、前衛の近接メンバーはその処理の様子を見逃さなかった。


「おい、待て……エフェクトで浮かび上がる直前、大気がわずかに『熱を帯びたように揺らいでる』ぞ!」

「あそこだ! 律、一回曲を止めてくれ!」


 隼人の叫びに、律が一時停止ボタンをガチリと押し込んだ。


 あれほど空間を震わせていたファンキーな音楽がピタリと止まり、戦場に完全な「静寂」が訪れる。暗闇をLEDランタンが照らす中、ベテランたちはじっと目を凝らし、五感を研ぎ澄まして大気の僅かな歪みを見破った。


「そこだオラァッ!!」


 隼人の大斧が虚空を真っ二つに叩き斬る。手応えと共に、姿なきガーゴイルが魔石コアへと砕け散った。

 最先端のレーダーや律のスキルに頼らずとも、職人じみた観察眼だけで「視えない敵」を捉え始めたのだ。下町のベテランたちの恐るべき経験値に、救助されたプロたちはただただ驚愕し、陸のハック通信で生きている配信のコメント欄は、未だかつてないお祭り騒ぎになっていた。


『おいプロが「目視できない」って絶望してた敵だぞ!?』

『最新デバイスのレーダーより、勘の方が精度高くて草』

『この人たち何者だよ!? スキルなしでステルス看破したぞ!』

『これだから下町のドブさらい(笑)のベテランは侮れねえ……!』


「よし、これなら俺たちだけでも十分持ちこたえられる!」


 一通りの敵を掃討し、隼人が律の肩に手を置いた。


「律、陽葵。俺たちはここで負傷者の体力回復を待つ間、安全圏の確保のために一時間ほど陣を敷く。……その間に、お前ら二人で三層の様子を見てきてくれないか?」


 隼人は少し申し訳なさそうに、だが二人への絶大な信頼を込めて言葉を続けた。


「さっきの『Sleek Chaser』を使えば、生存者の確認をして戻ってくるだけなら容易なはずだ。若いお前らに偵察を頼むのは心苦しいが、戦えないプロの負傷者を連れて全員で移動するより、お前ら二人だけの方が遥かに足が速い。――一時間後には、状況がどうあれこのルートで撤退を開始する。もしお前らが戻らなくても時間で動く。……それでも、行ってくれるか?」


 すまなそうにする隼人に、陽葵が『ひまわり弐号』を軽く回して不敵に笑う。


「任せてよ、隼人さん! さくっと生存者を見つけて、ついでにボスの顔も拝んでくるからね!」


 律は「了解。一時間以内に必ず戻る」と短く応じると、本体から響くファンクの残響の中、手際よくイヤホンプラグをデッキの送信ポートへとカチリと差し込んだ。

 引き抜いた端子を自身のデッキの側面にある送信ポートへとカチリと差し戻し、『映画主題歌メドレー』のテープを目当てのトラックまで早送りする。

 この魔改造デッキは、送信ポートへ接続しても外部への音響出力を遮断しない。高濃度ノイズを遮断して陽葵の脳へ純粋な信号を叩き込みつつ、周囲の空間へも同時に爆音を放射するための、二系統同時出力スプリット・アウト仕様だ。

 磁気テープの高速回転に呼応するかのように、一歩前に出ていた陽葵の耳元で同調機インイヤー・モニターがネオンカラーに発光し、二人の魔力パスが無線でカチリと直結した。

 通信機の外部集音機能をカットし、律のデッキから出力される純粋な音楽信号ソースだけをダイレクトに受容する、完全同期モードへの移行。


 狙うは、一九八六年に世界中の大空を焦がした、あの伝説の戦闘機映画のオープニングテーマ――その魔改造トラックだ。

 再生ボタンを叩き込むと同時に、ボリュームノブを一気に『九』へとひねり上げた。


【出力270%:極限突破音界リミット・オーバー――『Crisis Zone』展開】


 電子の悲鳴を置き去りにするような、激しいシンセサイザーの爆音とエレキギターのハイトーン。前世の記憶にある、命懸けの空中戦ドッグファイトに魂を焦がした男たちの熱狂が、律の魔力を介して限界を超えたリミッターへと化す。

 カセットから解き放たれた烈風が、二人の身体の重力を完全に振り切る。ひまわり弐号を構えた陽葵の防護服から、アフターバーナーのごとき真青な魔力光が火花を散らして噴射された。


「陽葵、ドローンを回収してくれ」

「らじゃー!」


 陽葵はすかさず、近くを浮遊していたドローンを左腕でガシッ小脇に抱え込んだ。二人の放つ青い魔力光の防護領域にドローンを巻き込み、機体をノイズと風圧から物理的に保護する。


「行くぞ、陽葵」

「おーっ!」


 まるでカタパルトから射出された戦闘機さながらに、二人の身体は青い光の尾を引き、一直線に西へ――三層へと続く階段へと消え去っていく。

 抱えられたドローンのカメラは、凄まじい速度で後ろへ流れていく景色を、ブレることなく世界中の視聴者の脳裏へと強烈に焼き付けながら配信し続けた。


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