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第60話 『若き英雄の誕生の裏で、僕らがこっそり厄介な風穴を塞いだ話』

グラスの中で静かに揺れるルビー色の液体を眺めていると、時折、自分の過去の行いがひょっこりと顔を出すことがある。大抵はろくでもない形でね。


「錆びた剣亭」の穏やかな午後。(ボク)の隣で、王都から派遣されてきたエリート魔導師君が、情けない顔で半泣きになっていた。


「フィスさん、頼みますよ……! あんたが以前、山脈にぶち抜いたあの巨大な風穴、あそこが完全に魔物の通り道になっちまってるんです! 麓の村に被害が出始めて、このままじゃ俺の監視任務の評価が最悪に……いや、俺の首が飛びます!」


随分と大げさな男だ。確かに以前、少しばかり魔力の出力調整を誤って山の斜面を吹き飛ばした記憶はあるけれど、自然界の風通しを良くしてあげただけじゃないか。

(ボク)が優雅にワインを啜りながら適当に聞き流していると、入り口の扉が勢いよく開き、ガンツの熱烈な信者である若手剣士ネイト君が飛び込んできた。


「ガンツさん! 俺、麓の村を脅かしている魔物の通り道を調査する依頼を受注しました! 今回こそ、俺の剣と筋肉の成果を見せてやりますよ!」

「おう! いい気合だぜ! 筋肉を信じて、巨大な魔物も真正面から叩き割ってこい!」


ガンツが立ち上がり、自分の巨大な胸板を叩いて若者を激励する。

その横で、隊長(たいちょー)が呆れたように深い溜息を吐き出した。


「見ていられませんな。無謀と勇気を履き違えるのは若者の特権とはいえ、実力に見合わぬ依頼はただの自殺行為です。ましてやあの穴は……」

「まあまあ、隊長(たいちょー)


(ボク)は立ち上がり、エリート君とネイト君を交互に見つめながら薄く笑った。


「若者が盤石な未来を築くためには、時として試練が必要さ。僕らも少し、夜の山歩きと洒落込もうじゃないか。過去のちょっとした失敗の埋め合わせも兼ねてね」


 ◇


月明かりに照らされた険しい山道。

前方を、意気揚々と進むネイト君と、怯えながら杖を構えるエリート君が歩いている。

そしてその後ろの暗がりを、僕たち三人の大人が音もなく尾行していた。いわゆる、尻拭い作戦というやつだ。


「しっ。右の茂みに『大牙猪』の群れがいます。私が誘導用の匂い袋を風上に投げますから、奴らが道を逸れるのを待ちなさい」


隊長(たいちょー)の的確な指示と罠の技術により、厄介な魔物の群れは次々とネイト君たちの進行ルートから外れていく。どうしても避けられない単体のはぐれ魔物だけを意図的に残し、彼らに「激戦をくぐり抜けている」という適度な達成感を与え続けていた。


「おい、左の崖上から『刃角鹿』が狙ってやがるぞ。俺が片付ける」


ガンツが音もなく跳躍し、巨大な盾と己の肉体をクッションにして、魔物の突進を完全に吸収した。そのまま一切の音を立てずに崖の下へと放り投げる。相変わらず、無駄に洗練された物理的暴力だ。


前方を歩くネイト君は、自分たちに危険が迫っていたことなど露知らず、「今日はなんだか調子がいい! 魔物の気配を完全に読めているぞ!」と勝手に開眼して喜んでいる。エリート君も「俺の結界魔法が効いている証拠だ」と胸を張っていた。

本当に、美しい勘違いだねぇ。


やがて彼らは、山脈の中腹にぽっかりと開いた巨大な大穴に辿り着いた。中からは、濃密な魔物の気配が溢れ出している。(ボク)が以前空けた風穴だ。


「よし、あの中の親玉を倒して……いや、この穴ごと崩落させてやる!」

ネイト君が剣を上段に構える。エリート君も慌てて攻撃魔法の詠唱を始めた。


「さて、そろそろ僕の出番だねぇ」


(ボク)は二人の悪友に向かってウインクをした。


「彼らの成長の足場を、僕ら大人がしっかりと固めてあげないとね」


ネイト君が気合いの咆哮と共に剣を振り下ろし、エリート君が杖を突き出したその瞬間。

(ボク)は暗がりの中で、パチンと指を鳴らした。


密かに練り上げていた魔力が、一気に解放される。

術式は至極単純、割れた食器や破れた服を直す、ありふれた生活魔法の<修復>さ。


ただし、(ボク)が編み上げ、極大出力で放つそれは、概念そのものが違うけれどねぇ。


ズゴゴゴォォォッ!という地鳴りと共に、山肌の岩盤が生き物のようにうねり、巨大な大穴を内側から完全に塞ぎ、分厚い岩の壁を作り上げた。魔物の気配は完全に断たれた。


「や、やったぞ! 俺の剣圧と、あんたの魔法が合わさって、山を崩したんだ!」

「お、おおお! 奇跡だ! 俺たち、とんでもない力を引き出しちまった!」


土煙の中で、二人の若者が抱き合って歓喜の声を上げている。

それを見届けた(ボク)たちは、誰にも気づかれることなく、静かに山を下りた。


 ◇


そして、いつもの「錆びた剣亭」のカウンター。


店内は、ネイト君とエリート君が語る「山を崩した奇跡の一撃」の武勇伝で持ちきりになっていた。周りの客たちも、若き英雄の誕生だと酒を奢って大騒ぎしている。


「へっ、あいつら、見事に自分たちの手柄だと信じ込んでやがる。まあ、筋肉が喜んでるならそれでいいさ」

ガンツが骨付き肉を齧りながら、満足そうに笑う。


「全く、とんだ茶番ですな。あの程度の岩盤操作、少し調べれば不自然な魔力の痕跡に気づくものを。調査報告書の辻褄を合わせる私の身にもなっていただきたいものです」

隊長(たいちょー)は小言を言いながらも、彼が飲む蒸留酒のペースはいつもより少しだけ早い。満更でもないのだろう。


(ボク)は、ガストンが静かに差し出してくれた極上の赤ワインのグラスを持ち上げた。

過去の不始末も綺麗に片付き、面白い玩具たちの成長も見られた。悪くない夜だ。


(ボク)は二人に向けてグラスを傾け、静かに微笑んだ。


「勘違いから生まれる若き英雄たちと、手柄を譲る大人たちの余裕に乾杯!」


最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

本話を持ちまして、第一部「辺境の乾杯」編を完結とさせていただきます。


実は本作が、私にとって人生で初めて「小説家になろう」に投稿した作品です。右も左も分からない中でのスタートでしたが、毎日この酒場に足を運んでくださる皆様の存在が、何よりの執筆の支えになりました。


完結記念に、もし少しでも「お疲れ様」「この酒場の雰囲気が好きだ」と思っていただけましたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけますと、新人作家としてこれ以上の喜びはありません。


今後の予定については、別途「活動報告」にて詳しくお伝えを予定しております。ぜひ覗いてみてください!

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