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第52話 『虚仮威しの崩落音で悪党を追い払い、経費という名の美酒をせしめた話』

やれやれ。頭が痛くなりますな、あの熱血漢の喚き声を聞いていると。


「頼むよ、あんたらベテランの知恵を貸してくれ! 北の街道沿いの岩山に突然大穴が空いて、そこから魔物が溢れ出してきてるんだ!」


「錆びた剣亭」の静寂を破り、冒険者斡旋所長のバーン殿が涙目でカウンターに縋り付いてきました。

大穴、ですか。心当たりなら嫌というほどあります。以前、隣で涼しい顔をしてワインを飲んでいるエルフが、余計な魔法をぶっ放して空けた風穴に違いありませんからな。

私が横目で睨むと、当のフィス君は薄く笑うだけでした。


「困った話だねぇ、所長さん。でも、あまり固く考えない方がいいよ。僕らも地に足を着けて対処法を練るからさ。あんまり騒ぐと、所長さんの胃袋が先に崩落しちゃうよ?」


白々しいにも程があります。しかし、このまま放置すれば魔物が街に下りてきて、私の平穏な晩酌の時間が脅かされるのは明白でした。


「……相分かりました。私が少し、現場を調査してきましょう。なに、案ずることはありませんよ、所長殿」


私は飲みかけの酒を干し、重い腰を上げました。


 ◇


調査の基本は、足で稼ぐことと相場が決まっております。

私は裏通りの薄暗い路地で、二本髭商会のボークを壁に追い詰めていました。


「ひぃっ! ゴドの旦那、勘弁してくだせえ! 偽装取引の件はもう……!」

「その件ではありませんよ、今日は。北の岩山の穴について、何か知っているでしょう。吐きなさい、手首の関節を外される前に」


小悪党のボークは、震えながら有益な情報をこぼしました。なんでも、穴の向こう側に珍しい鉱石の脈があり、他所の街から流れてきた無法者たちが、無許可で採掘を行っているとのこと。

なるほど。無計画な発破や採掘の騒音で、本来は大人しい地中の魔物たちが驚き、逃げ出してきたというわけですか。

原因が分かれば、対処は容易いものです。


 ◇


現場に到着すると、案の定でした。

荒くれ者たちがツルハシを振るい、下品な笑い声を響かせております。彼らの足元では、住処を追われた『岩喰いモグラ』たちが右往左往していました。

筋肉殿(ガンツ)ならば真正面から斧を振り回すところでしょうが、野蛮な真似は私の性に合いません。無駄な労力です、戦闘などというものは。


私は元・衛兵隊の特務分隊で培った工兵の知識を動員しました。

岩盤の脆い部分を見極め、自作の特製発煙筒と、音を反響させるための共鳴筒を仕掛けます。そして、坑道を支える重要な木の柱の根元に、少しばかりの細工を施しました。

準備が整ったところで、導火線に火を放ちます。


ドォン! という低い爆発音と共に、仕掛けた柱がメシリと嫌な音を立てて傾きました。

同時に、共鳴筒が岩盤の軋む音を何倍にも増幅させ、坑道全体に響き渡らせます。濃密な煙が立ち込め、視界を奪いました。


「な、なんだ!? 崩れるぞ! 天井が落ちてくる!」


無法者たちは血相を変え、掘り出した鉱石も機材も放り出して、蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。

愚かなことです。ドワーフの計算し尽くされた建築力学によれば、あの程度の傾きで岩山が崩落することなどあり得ないのですがね。

私は悠然と煙の中から歩み出ると、彼らが残していった機材を使って、穴の入り口を土砂で完璧に塞いでやりました。これで魔物も出てこられないでしょう。


 ◇


「おお、ゴドさん! 流石はベテランだ、見事に魔物の流出が止まったよ!」


斡旋所の窓口で、バーン殿が私の手を握って感謝の言葉を述べております。

私は恭しく頭を下げ、一枚の羊皮紙を提出しました。


「ええ。ですが所長殿、事態は深刻です。岩山内部の地盤が致命的に緩んでおりましてな。あれは大規模な土木工事による補強と、長期的な調査が必要です。取り急ぎ、今回の初期調査費用と危険手当を請求させていただきますが……」


専門用語を並べ立てた私の報告書を見たバーン殿は、その請求額に青ざめながらも、震える手で金貨の入った袋を渡してくれました。

嘘はついておりませんよ。ただ、ほんの少し危険度を水増ししただけです。


その夜、「錆びた剣亭」の私の席には、ガストン殿の店で一番値の張る年代物の蒸留酒が置かれていました。琥珀色の液体からはほのかに甘い樽の香りが漂い、いくつもの原酒が見事に調和した芳醇なブレンドの妙を感じさせます。


「へっ、またお前は悪知恵を働かせたな、石頭(おやじ)。おこぼれに預かるから文句は言わねえがよ」

巨大な骨付き肉に齧り付きながら、筋肉殿(ガンツ)が上機嫌で笑います。


「人聞きの悪い。私は正当な労働の対価を受け取ったまでですよ」

「全くだ。君のおかげで、僕の魔法の痕跡も綺麗に消えたわけだからねぇ」


フィス君がワイングラスを傾けながら、相変わらず食えない笑みを浮かべています。こやつの尻拭いをしたというのに、なんという言い草でしょうか。あの時、妙に杖の先が岩のように硬く輝いていたのは気のせいではないはずです。


まあ良いでしょう。

私は極上の蒸留酒が入ったグラスを持ち上げ、静かに微笑みました。


「少しばかり罪の味がする、この美酒に乾杯!」


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