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**********


 白装束に身を包んだ双子は「意味がわからへん」という表情で同時に互いの顔を見合った。


「結界陣です! 教えて下さい! 私だって紙都の横で戦いたいんです!」


 頭を下げると、湯飲みから漂う湯気が顔に当たった。濃い目の緑茶の表面が微かに揺れている。


「いくらなんでも、姉さん」


「そうやね。無理や」


 沙夜子はガバッと顔を上げて真っ直ぐに楓の顔を見つめた。もちろん、断られるのはわかっていた。京極家の結界陣は、おそらく京極家にしか伝わっていない門外不出のわざ。それを容易く部外者に教えるわけがないのだ。


「理由はなんですか? 京極家の人間ではないから? それとも結界陣が京極家にしか使えないから?」


「両方や。今まで京極の人間以外が結界陣を使った記録も記憶もない。陣は、京極家の専売特許みたいなもんやから」


 答えたのは妹の柊の方だった。少し困ったように微苦笑が口元に浮かぶ。


「なぜ? 陣を使うには特別な能力や修行が必要なの? 何か京極家にしか備わっていない力が?」


 二人はまた同じタイミングで顔を見合わせる。それを見て、沙夜子は勘づいた。陣の修得に生得的な条件が必要なのかどうなのかは、おそらく明らかになっていない。


「結界陣は、人間が妖怪を編み出すために創られたものですよね。だったら、京極家以外に使える者がいてもおかしくはない。そうでしょ?」


 頭を捻りながら口を開いたのは楓だ。


「やけど、今まで京極家の人間しか結界陣を使える者はいなかったんや。それに陣を発動するには、きょうが必要。京極家の人間以外に境を感知できるとは思えーー」


「キョウってなんですか?」


「境とは、五感および心の働きにより認識できる対象のことです」


 後ろからの声に驚いて振り返ると、するすると襖が開いて梓の姿が現れた。


「梓!」


「御無礼失礼致します。ですが、気になることがありまして」


 お辞儀を一つすると、梓は沙夜子の横へ背筋を伸ばして座る。


「なんや?」


 2つの声が狭い室内に響く。


「沙夜子さんは、二回御言様から憑依型の妖から命を救われています。二回とも・・・・結界陣を用いて。そして、紙都さんと出会い、ここへ来た。私にはこれらが、どうしても偶然とは思えないのです」


「……つまり、御言はんの采配、ということなんか?」


「そうなのか、そうでないのかまではわかりません。ですが、御言様が必死に守ってきた結界が解かれた今、魑魅魍魎が跋扈する今、それを受け継ぐ者が必要かと」


「あ、梓さん!」


 思わず身を乗り出して止めてしまったのは、梓の言葉に驚いたからだけではない。現当主を批判するような、喧嘩を売るような言葉を放ってしまえば、梓の立場が悪くなるのではと危惧したからだ。


 案の定、二人は苛立たしそうに前髪を横に分けた。


「……それは、うちらでは御言はんの代わりにならないと言ってはるんか?」


 梓は、涼しい顔で楓と柊のプレッシャーを受け流した。


「いえ、とんでもありません。ただ、今の状況を考えたときに京の守りだけに集中する京極家だけでは南柳市へ赴き、陣を敷くのは難しいかと。地の利もある沙夜子さんが結界陣を使えるようになれば、大きな戦力になるのは間違いありません」


 二人の当主はまた顔を見合わせる。お互いの気持ちを確認するようにも、気持ちを落ち着かせるようにも見えた。頷き合うと四つの大きな瞳が梓に向けられる。


「無理や。どんな危機的な事態やとしても、外部の者に結界陣を教えるなんて前例はあらへん。そんな前例をつくってしまえば、京極家は京極家として纏まらんなくなってしまう。それに、他の者が理解を示すとも思えん」


「姉さんの言うとおりや。これは京極家が受け継いできた伝統なんや。あんたも知ってるやろ? 京極に産まれたもんの宿命と、そして苦しさと。御言はんやってちっさな頃からずっと悩んでたはずや。あんたはそれをずっと見てきたやろ? それなのに、そんな御言はんの苦しみを無視するような提案をするんか?」


 梓は目を瞑った。一秒か、はたまた一分か、長い長い沈黙が続く。沙夜子は眸を何度も左右に動かしフォローの手立てを考えたが、場に設けられたそれこそ結界のような緊張感のなかに何も言い出せないでいた。


「どうや?」


 痺れを切らしたその問いかけに応えて梓の目が開く。その目に丹念に磨かれた刃物のような光が宿ったのを、確かに沙夜子は見た。


「御言様は、苦しみだけを背負って、宿命を呪って生きてきたわけやありまへん。ここを出るとき、御言様は綺麗に笑ってはった。その顔が最期に私が見た御言様やったんです。御言様は、きっと先を見てはった。京極家という名に縛られない先を。やから、御言様は、沙夜子さんに真実を教えたんや」

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